2012年10月30日

緩和か緊縮か? 政府の影響力ばかりが大きくなる世界


2年前、先進国は「世界的な景気後退は終わった」と考えていた。

そして、景気後退の刺激策に背を向けると、その結果として残されていた借金の処理に着手しはじめた。



ところが…、そのモンスターは死んではいなかった。

いやむしろ、早々に刺激策を引き揚げてしまったことで、その闇のモンスターはますます大きくなってしまっていた…。



◎緩和策と緊縮策


景気が悪くなった時の対処法として、現在、大きく2つの方法が考えられる。政府がカネを使って景気を盛り上げていくのか(緩和策)、それとも逆に、政府が節約をして嵐を凌いでいくのか(緊縮策)。

しかし残念ながら、今のところ、緩和策と緊縮策のどちらが有効なのかという問いに、確たる答えはない。「IMF(国際通貨基金)が『緊縮策は痛みを伴うが必要なことだ』と主張する一方で、一部の学者は『緊縮策は利益より害の方が大きくなるかもしれない』と反論する」。

ただ、この2つの作戦に共通する目標は、経済成長率(GDP)を上げること。そして、その根拠となる計算に用いられるのが「財政乗数」と呼ばれる変数である。



たとえば、政府が100万円使って、GDPが100万円分増えたなら、財政乗数は「1」。もし、GDPが200万円増えたらなら、それは「2」になる。つまり、財政乗数という数字は、政府のアクションにどれだけレバレッジ(テコの原理)がかかるかを示すものである。

この財政乗数は、節約した時の効果も同じように計ることができる。たとえば、政府が100万円節約して、GDPが100万円減るのなら、財政上数は「1」。もし、GDPが200万円減るのなら、それは「2」である。

なるほど、財政乗数という数字は、緩和策の時には大きければ大きいほど効果が大きいということになり、緊縮策の時には小さければ小さいほど害が少ないということになる。



◎財政乗数「1以下」


では、現実世界での財政乗数はどれほどの値となっているのであろうか?

じつは、財政乗数に関する試算は多岐にわたる。IMF(国際通貨基金)のエコノミストは2010年の分析では、財政乗数を「0.5」と計算した。この数字は、政府がGDP比1%の緊縮を行うと、GDPの成長率がその半分、0.5%縮小するというものである。

もし、緊縮策を行うときの財政上数が「1以下」なのであれば、政府が節約をしたとしても経済成長への害が少ないということになる。すなわち、積極的に節約することが問題解決への道となる。このIMFによる試算を信じたのかどうか、先進各国はこの数字が示された2年前、いっせいに緊縮策へと舵を切った。

しかしその結果はというと、「モンスターを殺しきる前に、敵に背を見せた」という皮肉なものであった。



◎財政乗数「1以上」


一方、ある論文(アラン・アウアーバック氏とユーリ・ゴロドニチェンコ氏)には、「景気後退の局面では、財政乗数が『2.5』まで上昇することもあり得る」ということが示されている。

財政乗数が「2.5」ということは、政府がGDP比で1%の緊縮を行うと、経済成長はその2.5倍、2.5%もマイナスになってしまうということだ。こうした状況下では、一部の学者が指摘するように「緊縮策は利益よりも害のほうが大きくなってしまう」。



たとえ政府が節約したとしても、経済がその節約分の2.5倍も縮小するのであれば、逆に政府の借金(GDP比)は増えてしまう。なぜなら、経済の縮小度合いのほうが、借金の減額ペースを上回ってしまうからだ。つまり、借金を減らすためにしたはずの節約が、自らのクビを締めることになる。

そしてそれは、「マイナス成長 → 借金比率の増大 → さらなる緊縮 → もっとマイナス成長」という負のスパイラルを形成し、アリ地獄のごとく救いようのないものとなっていく。まるで、今のユーロ圏諸国のように…。



◎失われた弾力性


エコノミスト誌が言うには、緊縮策が功を奏するのは「開かれた経済で、緊縮財政の打撃を他国に転嫁できる」という状況においてである。たとえ国内の経済が縮小しようとも、他国からの輸入を切り詰めれば、緊縮策の悪影響が相殺されるのだという。

ところが今回の危機においては「多くの国が一斉に緊縮策に走った」。そのため、「緊縮財政が成長に及ぼす悪影響を『ヨソにそらす』のが容易ではなくなった」。そのため、IMF(国際通貨基金)の試算した財政乗数は、結果的にあまりにも楽観的すぎる数字となった。

つまり、IMFは各国間の緊縮策が重なり合うという「負の相乗効果」を過小評価し過ぎてしまっていたのである。ある分析(世界経済見通し・WEO)によれば、2年前のIMFの予測は成長率を1%ほど過大評価していたことが明らかになっている。



ユーロ圏諸国がとりわけ打撃を受けたのは、「自らの通貨を切り下げられない」という弾力性のなさが自らを縛り付けてしまっていたからでもある。

また、自国通貨に弾力性(変動性)のある国家においても、中央銀行の金利が「ゼロに近づいている」ため、金融政策という弾力性が失われてしまっている(とくに先進国)。

さらに、民間の弾力性までが硬化してしまっていた。政府が支出削減のために開放するリソースは、通常であれば民間が買い取り、それが経済を活性化させることを期待されるのだが、民間の財布のヒモが予想以上に固くて開かなかった。それは各国の失業率の高さと無縁ではない。



◎以前も見た映画


なるほど、景気後退時の財政乗数というのは、各分野での弾力性が失われてしまった時に大きくなってしまうようだ。国境を越えた取り引きが縮小し、中央銀行が金利を下げても借り手が現れない。そして、民間も必要以上に警戒してしまう。ここでいう弾力性というのは、いわば「逃げ道」であり、今回窮してしまったのは、その逃げ道の多くが塞がれてしまったためであった。

こうした弾力性が失われた状況下にあって、行動の余地が狭まってしまうと、財政乗数が「3を超える」可能性もあることを示唆する研究もある(ローレンス・クリスティアーノ氏、マーティン・アイケンバウム氏、セルジオ・レベロ氏)。

財政乗数が「3以上」ということは、政府の緊縮の悪影響がちまたに3倍になって広がってしまうということであり、悪循環を3倍加速させるということでもある。



「今回の危機後の緊縮財政導入は、タイミングとしてこれ以上ないほど悪かった」とエコノミスト誌は記す。

それはまるで、闇のモンスターにエサを与えていたようなものである。逃げ道があらかじめ確保できていなかったため、モンスターは緊縮財政という一カ所に集まってきてしまっていたのである。

緊縮策に反対する人々は、「IMF(国際通貨基金)は、以前にもこの映画を見ているはずだ」と批判する。その映画は、倒したはずのモンスターがじつは死んでいなかったという「ありきたりの展開」である。



◎未来図


今回の各国政府による財政政策は、景気後退時において財政乗数が思ったよりも大きくなってしまう、つまり、悪影響が予想以上に拡大する可能性があることを教えてくれた。

クビの回らなくなったスペイン政府は今後、GDP比で10%近い緊縮策が数年に分けて実行されることになる。最近のIMF(国際通貨基金)は財政乗数を「0.9〜1.7」としているようだが、それをスペインに当てはめれば、今後数年でスペインのGDPが9〜17%も縮小する計算になる。

これほどの急激な減速のなか、スペインが借金を返せる当てはどこにあるのであろうか。経済規模が縮小すればするほど、相対的に借金の負担は重くなっていく。返せる当てが見えなければ、その金利は上がらざるを得ず、その利払いの負担までもが増えてゆく。オモリにぶら下がったオモリは重さを増していくばかり。



とどのつまり、他国へ投資するということは、その国の「未来を信じること」である。

未来を信じられる国の金利は低くなり、それが信じられなければ高くなる。未来が信じられる国ほど、借金の額は問題にならない。それはオモリではなく、経済を浮揚させるバルーンであると解釈されるのである。



借金はオモリにもなればバルーンにもなるということを考えれば、借金の返済能力というのは「分析概念」に過ぎないことに気がつく。

というのも、経済成長の予測にしろ、財政乗数の計算にしろ、「非現実なほど楽観的な想定」を行うことで、「どんな債務でも帳簿上は消し去ることができる」のだから。見せようによっては、オモリもバルーンに見せることもできるというわけだ。

つまり、魅力的な未来図をうまく示せる国家ほど、好循環の輪に加わることが許されることになる。



◎日本国債


ところで、わが日本は?

「ふと立ち止まって考えると、日本の政府債務はかなり恐ろしい」とフィナンシャル・タイムズ紙は記す。

日本の政府債務は1,000兆円を超え、国民一人当たりの負担額は約800万円にもなる。さらに悪いことには、GDP比235%に相当するその借金の残高は「増え続けている」。国家の収入(税収)よりも、借金の借入額が多いという異常な状況が毎年続いているのだ。



「日本の財政に当てられたスポットライトは、熱くて不快なものだ」

もし、今年度の赤字国債の入札で何かあれば、「昨年の地震と津波の影響の3倍も激しい打撃になる恐れがある」と野村證券は試算する。

いまだ通らぬ赤字国債発行法案。ようやく通った末に、一度に国債を大量発行することには危険が伴う。「大量発行で入札が失敗に終わるのではないかという不安」が不気味に渦巻いている。



幸いにも現在の日本国債の金利は世界最低水準、言い換えれば、それほど信用が高いということになる。

とはいえ、投資家たちは日本の未来を過大評価しているわけでもない。それは「将来の安定した経済と、おそらく安定した社会への期待からだ」と三菱東京UFJ銀行の頭取(平野信行氏)は言った。つまり、現在の「低くも安定した低空飛行」が続くことが前提だと言うのである。



現在、外国人投資家は日本国債の「ほぼ10分の1」を保有している。

彼らもやはり、日本の未来に賭けているというよりかは、土砂降りの欧州市場から一時的な雨宿りに来た「通行人」に過ぎない。西の空に光が差せば、ひょいと出て行ってしまうほどに彼らは身軽なのである。

彼らが日本に雨宿りに来るのは、日本国債の「ボラティリティ(変動率)」が低いから。未来は明るくないかもしれないが、いい意味で値が動かないため安心しているのだ。軒先は短いかもしれないが、それがそう簡単に伸びたり縮んだりはしないという安心感が今の日本にはあるということだ。



◎順逆を超える


財政乗数という数字が皮肉なのは、好景気の時にマイナスになる可能性があるということだ。

これが何を意味するかと言えば、「好景気の時ほど緊縮策が有効だ」ということである。好景気の時に財布のヒモを締めれば締めるほど成長が加速するというのだ。



ということは、各国政府の対応は完全な後手後手に回っている感を否めない。

好景気の時ほど借金を増やし、景気が悪くなってから財布のヒモをようやく締める。これでは、好ましからざるバブルを助長し、不調に陥った時のスランプをより深いものにしてしまう。おっと、これは日本のバブル発生から崩壊の軌跡が証明していることではなかったか。

そして、「日本のようにだけはなるまい」と心に思い定めていた欧米諸国が、分かっていながらも日本についてきてしまった道ではなかったか。まさに、「どこかで見た映画」の「ありきたりの展開」だ。



古来、日本の賢人たちは「順逆を超える」ということを語るのに、口を酸っぱくしてきた。

中江藤樹は、こう言っている。「順境にいても安んじ、逆境にいても安んじ、常に坦蕩々として、苦しめる処なし。これを真楽というなり」

好景気で順調なときも、不景気で逆境に陥ったときも、まったく動じないでそれを超えていく。それを「真楽」というのだそうだ。



理想を言えば、財政乗数はマイナスであることが望ましいのかもしれない。

好景気時に節約し、不景気時にカネをまく。その手綱さばきが先手先手と巧妙であれば、針が反対側に振れる前に、その針を元の位置に戻すことも理論上は可能である。

中国が景気後退する前に、自らの成長速度を落としたのは、そういうことなのであろう。ただ、その急激すぎた上振れは、国内に幾多の空洞を産んでしまっているようだが…。



◎小さな政府


理論上は順逆を抑えることが可能だといえども、現在の世界が体験しているのは、順逆を超えることの如何に難しいかということである。いまだ、財政乗数がマイナスになる世界はお目にかかったことがない。逆に、新しい未来予測の財政乗数は、従来の想定よりも大きくなるばかりだ。

財政乗数が大きくなるほどに、順逆のブレ幅は大きくなる。それは、政府の一挙手一投足が、大いに国民を翻弄してしまうことを意味する。

アメリカなどは政府の影響力が小さい「小さな政府」を理想とする人々が多いが、かの国の財政状況を鑑みれば、ただ政府のサイズを小さくするばかりでは、よけいにブレ幅が大きくなってしまう感も否めない。



なるほど、政府の影響力を限定するには、そのサイズよりもむしろ、後手に回らぬその先見性を問われることになるのである。

好況か不況かに大きく針が振れてしまった後では、緩和策にしろ緊縮策にしろ、それは政府の影響力を強めるばかり。そのどちらかを論じる前に、議論が終わって行動に移していなければ、どちらも後の祭りということだ。

アメリカは議論が終わらぬままに「財政の崖」へと突進を続けており、来年1月早々、アメリカ国民の命運をその巨大すぎる政府が左右することになっている。



ところで、土俵際でギリギリなのは日本も同様。

そのブレ幅(変動率)の少ない低空飛行は、ある意味、順逆のブレの少なさでもあるのかもしれない。しかし残念ながら、その低さを評価する人は誰もいない。

まるで、すぐにでもモンスターの手が届いてしまいそうではないか…。







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出典:
英国エコノミスト誌(The Economist)「財政再建と景気回復」

posted by 四代目 at 09:00| Comment(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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