「日本はなぜ、法律法律と原則にこだわるのか…」
これは、ウラジオストクで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)における「韓国・李明博(イ・ミョンバク)大統領」の発言。
日韓両国に領土問題のある「竹島」への突然の上陸について、弁解に追われていた中から飛び出した言葉だった。
この発言で明確になったことの一つが、日本と韓国の「歴史認識」の愕然たる違いである。われわれ日本人にとっての歴史は、「事実」に基いて認識されるものである。これは欧米諸国も同様である。
しかし、韓国の歴史は「政治的利益」に基いて形づくられる感がある。これは「王朝の変転めまぐるしかった中国の伝統を引き継ぐものである」と、歴史学の大家・渡部昇一氏は語る。
「欧米でも日本でも、歴史は『事実』に基いて形成され、認識されるのが常識である。だが、コリアやシナはそうではない。『政治的利益』が歴史認識を形成するのだ」
◎事実に基づく歴史
事実に基づけば、竹島に「不明瞭なものは何一つない。すべては明晰である」と渡部昇一氏は言う。そもそも、「韓国側には竹島に関する資料は全くない」。
一方の日本は歴史上、竹島と深い関わりをもってきた。「竹島に関する資料は江戸時代から豊富にある。竹島周辺には江戸時代から山陰地方の漁民が出漁し、竹島を風除けや避難の場所として使っていた(渡部昇一)」。
そして明治38(1905)年、竹島は島根県に編入される。この時、当時の韓国、李氏朝鮮からは何の文句も出なかった。竹島は韓国側の漁場でもなければ、竹島に来る韓国人もいなかったのだ。
韓国が竹島に触手を伸ばし始めるのは、第二次世界大戦で日本が敗れてから。
韓国は戦勝国である連合国に対して、日本の「竹島放棄」を求めてきた。しかし、連合国側がその要求を認めることはなかった。「竹島は日本固有の領土」、それが常識としてあったからである。樺太や台湾などは、戦争の勝敗によって領有権が動いた場所であったが、竹島はその例ではなかったのだ。
◎独裁者・李承晩
それでは、いつから韓国は竹島を「実効支配」するようになったのか?
それは韓国の独裁者・李承晩が独断で決めたことである。
「時の韓国大統領・李承晩が突如、何もない海上に勝手に線引きをし、その線から韓国側は自国の領海だと主張した。『李ライン』である(1952)。竹島は李ラインの韓国側にあるから韓国領というわけである(渡部昇一)」
もちろん、こんな「勝手な言い分」が国際的に通用するわけがない。ほどなく李ラインは解消されることとなる。
ところが不思議なことに、竹島ばかりには韓国が居座り続けた。
そして、それが現在にまで至る。
◎トチ狂ったパフォーマンス
「一連の領土問題は、考えてみれば非常に奇妙である。不法占拠されて脅かされているのは日本なのである。日本が領土問題を騒ぎ立てるなら話は分かる。だが、不法占拠し実効支配している側が『トチ狂ったパフォーマンス』までやって騒ぎ立てるのは、どういうことなのか(渡部昇一)」
渡辺氏が「トチ狂ったパフォーマンス」というのは、他ならぬ韓国大統領・李明博による「竹島上陸」のことである。
「勢い余ってか、天皇は訪韓し『土下座して謝罪すべきだ』と暴言を吐き、挙句の果てに日本政府からの親書を突き返すという、外交上考えられない暴挙をやった(渡部昇一)」
李明博大統領が日本の天皇に謝罪要求したのは、「従軍慰安婦」の問題である。
そして、このことこそが「政治的利益に基づく『虚妄の歴史』」だと渡部昇一は言う。
◎従軍慰安婦
というのも、日韓間には日韓基本条約(1965)というのもがある。
この条約締結のため、日韓双方は「数多くの会議を行い、主張を洗いざらいブッつけ合い、議論し、歩み寄り、締結に漕ぎ着けた」。ここで不思議なことは、この喧々諤々の過程で「従軍慰安婦」なるものが、「議論の俎上にも上らなかった」ということである。
当時の韓国大統領・朴正熙(パク・チョンヒ)は、従軍慰安婦問題を知らなかったのか?
朴正熙氏は、日本の陸軍士官学校を出て満州国軍の将校も務めたという経歴を持つ。いわば、日本軍の内部にいた人であり、「普通の日本人以上に日本軍のことは知っていた」。その彼がなぜ、従軍慰安婦のことを知らなかったのか?
考えられる答えは2つ。そんな事実はなかったか、もしくは問題にならなかったかである。
ところが今の李明博大統領は、この従軍慰安婦問題を「日韓間最大の懸念」であるかのごとく持ち出し、天皇に謝罪まで要求している。
そこにはあるのは、「政治的利益に基づく『虚妄の歴史』」であろうか。
しかし残念ながら、この歴史には日本側も大きな一役を買っている。時の官房長官であった河野洋平氏が、日本軍による従軍慰安婦の強制連行を認め、公式に謝罪しているのである(河野談話・1997)。
従軍慰安婦問題において、日本が世界的に非難されるのは、この公式謝罪(河野談話)が大元となっている。
そして、李明博大統領が取る「揚げ足」ともなっている。
ちなみに、この河野談話による公式謝罪は「事実に基づく歴史認識」ではなく、「政治的利益」に基づくものであったと一般的には考えられている。
◎政治的利益
ところで、中国が作り上げた「政治的利益による歴史」とは何なのか?
それは中国の歴史を振り返れば、自ずと知れる。有数のシナ学者であるレジナルド・ジョンストン氏は、「チャイナにあるのは『王朝』だけだ」と明言した。つまり、中国という国は「巨大な容れ物」に過ぎないというのである。
確かに、中国の王朝というのは、漢民族ばかりではなく、周辺の異民族が打ち立てたものも少なくない。契丹族の王朝であったり、蒙古族の王朝であったり、満州族の王朝であったり…。もし、豊臣秀吉が明朝を征服でもしていたら、日本民族がその王朝を担うこともあり得たということだ。
王朝が変わると、前王朝の歴史は全否定、もしくは都合の良いように書き換えられることも珍しくはない。新しい王朝が善、倒れた王朝は悪として。
「こういう国では歴史はどのように捉えられ、書かれるか。もっぱら前の王朝に対して、今の王朝の正当性を主張することに筆が費やされる(渡部昇一)」
そのためには当然、「事実」をねじ曲げる必要も出てくる。それが「政治的利益」である。
つまり、この政治的利益は「軍事力次第」である。強き者こそが、その利益を享受できるのだ。
この観点から見た国境線というのは、「武力の及ぶ限り」ということになる。
「このやり方を規定する政治学の言葉がある。『帝国主義』である(渡部昇一)」
◎中国の軍事力
「この20年間、中国は20%増に次ぐ20%増の莫大な予算を注ぎ込み、軍拡に邁進してきた(渡部昇一)」
2000年以降、中国の国防費はおよそ4倍に増えている。一方の日本は「足踏み状態」、むしろ後退傾向。その結果、相対的に日本の軍事力は愕然と低下したことになった。
「その結果は逆転とまでは言わないが、彼我の国防力は『拮抗』、中国は通常戦闘能力でも拮抗以上のものを有していると自信を深めてきている(渡部昇一)」
中国が尖閣諸島を突っついてきたのは、明らかに軍事的背景を有してのことである。
さらに悪いことは、日本が最大同盟国であるアメリカとの関係に「ほころび」が見え始めていることである。それは民主党の政権交代に起因する米軍基地問題。自民党時代の合意は反故にされ、いまだ迷走中である。
こうした不和を中国が見逃すはずはない。それは韓国もロシアも同様。
この3カ国がほぼ同時に、領土問題を蒸し返してきたのは、「日本が舐められたからだ」と渡部昇一は言う。
「考えてもみるがいい。自民党政権下の日米同盟が緊密であった時期、このようなことが起こり得たであろうか? 各国はアメリカに配慮せざるを得なかったし、またアメリカの牽制も働いていた」
◎腹をくくる
中韓のセオリーに従えば、事実は歴史にならない。
事実は政治的利益によって、生み出されるものである。
「歴史を事実に沿って研究する人で、南京大虐殺の存在を認めている人はほとんどいない」といえども、それが中国の政治的利益に適えば、それは歴史となる。
従軍慰安婦が韓国の政治的利益に適えば、それが歴史となる。
そして、それらが後世の人々にとっての事実となるのである。
「日本はなぜ、法律法律と原則にこだわるのか」
そう言った李明博大統領にとっては、虚妄の歴史とて立派な事実である。
「日本は腹をくくらなければならない」
そう渡部昇一氏は言う。
「日本の周辺にあるのは、そういう帝国主義国家なのだと心得、腹をくくって付き合っていかなければならない」
隣人を変えることはできない、ということだ。
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出典:致知2012年11月号「歴史の教訓 渡部昇一」

