2012年10月18日

迫るアメリカ大統領選挙。経済界の静かなオバマ離れ


「信じられない数字だ(Unbelievable jobs numbers)」

GE(ジェネラル・エレクトリック)の元大物経営者、ジャック・ウェルチ氏は、今月初めに発表された「アメリカの失業率」の数字を頭から疑ってかかった。その数字が信じられないほど好転し、8%を割り込んだからだった(8.1% → 7.8%)。

「あのシカゴの連中(オバマ陣営)は何でもする(do anything)」とツイッターに書き込んだウェルチ氏。オバマ大統領たちが来月(11月6日)の大統領選挙で不利にならぬように、「統計データをごまかした(change numbers)」とまで非難した。





◎経済界の不満


こうした疑心暗鬼によるジャブの応酬は、選挙戦に付き物。むしろ今回の大統領選挙に関しては、極めて少ないのだという。

ここで問題になるのは、経済界の大物が公にオバマ大統領を非難したことである。言い換えれば、ウェルチ氏の発言は、オバマ大統領に対する経済界全体の不満を「代弁」していたということである。

大企業の重役で「オバマ大統領の経済界に対する姿勢を褒めそやす人物を、たった一人でも見つけるのは至難の業だ」と、エコノミスト誌は記す。



「私はオバマ大統領が掲げた『チェンジ』に賭けた。しかし今は、まるで愛する人に裏切られた気分だ」と、映画業界のある企業経営者は打ち明け、その苛立ちをあらわにする。ここで実名を挙げられないのは、こうした発言を公にすることが憚られるからであり(その理由は後述)、ウェルチ氏のように公言する人物は極めて異例だ。

多くの企業トップは、オバマ大統領に期待していた。しかし今、そう考えている人の数は少なくなっているのだという。かつてはオバマ・ファンだったというある大物実業家は、「我々の話をじっくり聞くよりも、一緒に写真を撮ることに熱心だった」と不満を述べる。つまり、ポーズだけで中身が伴っていなかったというのである。

同じような不満はベライゾンの元CEOの口からも漏れた。「ホワイトハウスに招かれてスーパーボールを観戦したものの、大統領と過ごす時間をわずか15秒しか与えられなかった」。



◎優秀なセールスマンだったが…


「オバマ大統領はセールスマンとしては優秀だが、カスタマー・サービスはおざなりだ」と、ある企業経営者は言う。つまり、売り込むことばかりに長けていて、売った後はほったらかしだったと言うのである。

具体的には、オバマ大統領がこの4年間の任期中に「アメリカの財政問題を放置した」と多くの企業経営者たちは考えている。そして、ビジネスに対して「細かい規制をあまりにも多く導入しすぎた」とも非を鳴らす。ある企業トップは「新しいルールはあまりにも煩雑だ」と不満を述べる。こうした煩雑さにより、実際、そのためのコストが急増しているのだという。

また、オバマ大統領が富裕層への増税にも言及しているため、ある人は「金持ちを剥製にして、勝利の証として壁に飾る」ことを恐れているとまで言う。



結果として、経済界にはオバマ大統領に背を向ける人々が増えてきている。

DLAパイパー法律事務所の調査によると、来月の大統領選挙でオバマ大統領の勝利が望ましいと答えた経営者は、わずか41%。対抗馬であるロムニー氏は、オバマ大統領を圧倒する64%もの支持を集めている。



◎匿名の献金


実際、経済界からのオバマ大統領への献金は減っている。ここ数年で多額の政治献金を行なった企業25社のうち、3分の1以上がオバマ大統領へと支援をやめている(センター・フォー・レスポンシブ・ボリティクス調べ)。

先の映画界の大物に加え、ゴールドマン・サックスの役員や従業員など、4年前にオバマ大統領におびただしい資金を提供していた人々も、「今はキッパリとロムニー氏を後押ししている」。

献金者は「スーパーPAC」という新しいルールを通じて、「匿名」で献金を行うことができるようになっている。そのため、今までの民主党(オバマ大統領)支持者が、「退路を断つことなく(without burning their bridges)、ロムニー氏を支援することも可能」となっている。



ところでなぜ、経済界の人たちは「匿名」でロムニー氏の支持に回るのか?

それはロムニー氏が「99%」のアメリカ国民に、あまり心良く思われていないというのが、その大きな理由だ。もし、ロムニー氏がアメリカの大統領となれば、「ロムニー政権は1%による1%のための政府になるだろう」とも言われている。

ここで言う99%というのは「一般的なアメリカ国民」のことであり、1%というのは「一握りの超富裕層」のことである。



◎苛烈なロムニー氏


ロムニー氏というのは、自身、大企業のトップとして何億円も稼ぎ上げてきた辣腕実業家である。

それゆえ弱者には容赦のないところがある。たとえば、彼は47%のアメリカ国民を「役に立たない社会の寄生虫(useless parasites)」とバッサリ切り捨てる発言をしている。47%の国民が所得税を国に払っていないというのが、その理由である。





一般的に寛容な民主党(オバマ大統領)に対して、ロムニー氏の属する共和党は、より狭量だ。

たとえば、中国を許さない。ロムニー氏は大袈裟な反中国的な言動を得意とし、大統領になった暁には「中国に為替操作国(currency manipulator)の烙印を押してやる」と息巻いている。この狭量さには、企業経営者たちも眉をひそめる。最大の貿易相手国である中国との貿易戦争は、ビジネスにとって全く望ましいものではない。

また、同性愛者を許さないロムニー氏の姿勢も、経営者たちにとっては大きな問題だ。なぜなら、彼らの企業は同性愛者の顧客や従業員を多数抱えているからだ。



幸いにも、ロムニー氏は共和党の中では「穏健派(moderate)」と言われている。この穏健派という言葉は、共和党内では「侮辱」であるが、企業経営者たちにとっては、もっけ中の幸いだ。



◎はばかられる名


はたして、オバマ大統領の財政手腕はそれほど悪いものだったのであろうか?

彼がブッシュ前大統領から政権を受け取ったのは、かのリーマン・ショックによる金融危機の真っ最中。肯定的に考えれば、この4年間でオバマ大統領はアメリカ経済をそこそこ安定させ、「アメリカの経済界が記録的な利益を上げるまでにアメリカ経済を成長させている」。

それでも経済化に不人気なのは、ひょっとすると、経済界の「欲」は深すぎたのかもしれない。



ところで、この4年間で不遇だったのは経済界の大物たちではなく、名もない庶民たちの方ではなかったか。失業率が高止まりし、働きたくとも働けない状況がアメリカでは依然として続いている。

弱者を切り捨てようとするロムニー氏に対して、オバマ大統領はお節介なほど、その面倒を見ようともしている。しかし、それが逆に1%の大金持ちたち(fat cats)には大いに不満なのである。



もし、ロムニー氏が勝利すれば、「アメリカは急激に方向を転換することになるだろう」とも言われている。おそらく、その転換はより強い者たちへ向けられたものだ。それゆえ、非白人の5人に4人はロムニー氏に投票したくないと言っているのである。

こうした状況を鑑みて、企業経営者たちも「ロムニー氏の名を語ることを、はばかっている(the love that dare not speak its name)」のである。これが企業経営者たちの公の場で沈黙を守る理由である。



◎いよいよ決戦


ちなみに、オバマ大統領は経営者たちが批判するように、金持ちたちを「剥製」にはしていない。前大統領のブッシュ氏(共和党)のほうがよほど多くの「剥製」をこしらえている。

念のために記すが、アメリカ大統領選挙の行方は、依然、オバマ氏優勢で進行している。その再選の可能性は62%と、イートレード・ドット・コムのオッズは示している。



泣いても笑っても、投票日まであと3週間を切っている。

今もっとも注目されているのが、両候補による「テレビ討論会」。第一回目はオバマ大統領の「まさかのヘマ」により、その支持率の数%をロムニー氏に譲ってしまっている。

そして迎えた先日の第二回目。両者はわずか数十センチの距離に接近する「批判と反論」の応酬。大声で主張し、大声で応戦する。オバマ大統領は「最初の数回の発言の応酬で、眠気を誘った第一回討論会の90分すべてで費やしたよりも多くの情熱とエネルギーを披露」し、おおむね良好な評価を獲得したとされている。残念ながら、最も上品さに欠けていたようではあるが…。



一般有権者による投票は11月6日、大統領選挙人による投票は12月17日、そして新たな大統領が正式に決定するのは来年(2013年1月6日)とのことである。

はたして、これからオクトーバー・サプライズ(投票一ヶ月前の10月に何が起こるかわからない)というのは、起こりうるのであろうか?







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出典:
Schumpeter: The silence of the suits | The Economist

posted by 四代目 at 06:31| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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