2012年10月14日

どこに消えた? ニューヨークの犯罪者


「ニューヨークは、如何にして『犯罪』を減らしたのか?」

「犯罪の巣」、ニューヨークから重大犯罪が減った。ここ20年あまりで劇的に。

この喜ばしい事実は、その反面、従来の犯罪学者たちに頭を抱えさせることにもなった。なぜなら、ニューヨークで起こったことは、「従来の犯罪学の常識」を覆すことばかりであったからだ。

それでも幸いにも、常識は良い方向へと覆された。そして、それは「過去100年間の犯罪学研究で、もっとも希望に満ちた洞察」を与えてくれることとなった。



◎従来の常識


まず、従来の犯罪学の常識とは、いかなるものであったのか?

たとえば、「貧困と失業を減らすこと」、「薬物使用の抑制」、「より多くの人を刑務所に入れること」…、などが犯罪を減らすと考えられていた。



アメリカには「犯罪の供給サイド理論」というのが長らく犯罪学の主流を占めてきた。その理論によれば、「罪を犯すリスクが高い若者は、どんな対策を打っても犯罪者になり、一度犯罪を犯した者たちは刑務所に閉じ込めて置かない限り、犯罪を犯し続ける」ということになる。

つまり、犯罪の根本的な原因は「人」にあると考えられていたのである。最も逮捕されることの多い年齢層は、15〜29歳の若年層。社会的には、貧しい人々、失業している人々。人種的には、黒人やヒスパニック系もリスクが高いと考えられてきた。



この理論の不幸な点は、そういう犯罪リスクの高い人たちは「どんな対策を打っても、変わらない」と決めつけられていた点であり、「刑務所に閉じ込めて置かなければならない」と考えられていた点でもある。

その不幸な結果が、無分別な民族的差別であったり、刑務所が足りなくなるほどの犯罪者の激増であった(1972年以来、7倍)。



◎「???」


では、1990年以来、ここ20年ほどで犯罪を激減させたというニューヨークは果たして、「犯罪を犯しそうな人々」を排除することに成功したのであろうか?

その答えは明らかに「否」である。だからこそ、犯罪学者たちが面食らったのである。



この20年間でニューヨークは「貧困率」「失業率」を下げたのか? 「否、ほぼ横バイ」

では、少数民族を街から追い出すことに成功したのか? 「否、人種や民族構成は大きく変わっていない」

それなら、麻薬を撲滅できたのだろう。 「否、麻薬は相変わらず」

じゃあ、よほどに刑務所の収監人数が増えたはずだ。 「否、むしろ逆に30%近く減っている」



「???」

それでも、ニューヨークでは6つの重大犯罪(殺人・強姦・暴行・車の窃盗・不法侵入盗・強盗)が「80%以上」も減っている。殺人事件の発生率は1961年以来、50年ぶりの最低水準。車の盗難などは90%以上も減少している。

「いったい、ニューヨークの犯罪者は、どこへ消えたんだ?」



◎全米5大都市


今から20年ほど前の1990年代、アメリカのほとんどの州では一般犯罪が大きく減った(40%減)。それは「警察力の強化」などの賜物であった。しかし、その代償として刑務所の収監率は65%も増大。つまり、犯罪の減少は根本的な解決が成されたわけではなく、ただ単に今までよりも多くの犯罪者を刑務所に閉じ込めただけだった。

この傾向は、アメリカの5大都市のうちの4つの都市(ヒューストン・フィラデルフィア・シカゴ・ロサンゼルス)で共通して見られたものである。しかし、その5大都市唯一の「例外」がニューヨークであった。

1990年代以降、全米の収監率が65%も上昇したのに対して、ニューヨークのそれは28%も「下回った」のである。つまり、ニューヨークばかりは犯罪者を刑務所に閉じ込めただけではなく、何らかの根本的な解決が成されていたのであった。



◎場所


1990年、ニューヨークは「制服警官を新規に7,000人以上増やし、取り締まりを強化。犯罪多発地域を重点的にパトロールした」。

これが犯罪学の常識をひっくり返したニューヨークの秘密である。なんと呆気ないほどのシンプルさであろう。決して、犯罪者を改心させる聖者が現れたわけでも何でもなかったのだ。



ただ、その発想が根本的に異なっていた。従来は「人(人種・生活環境・社会的地位)」に責任があるとされた犯罪を、「場所(都市環境)」が真犯人だと見立てたのである。

その結果、ニューヨークでは、2000年以降に警官増員分の半数以上(4,000人)が削減されたにも関わらず、その後10年に渡って犯罪が減り続け、最終的には他5大都市の2倍以上となる80%もの減少を成し遂げたのであった。



◎ホットスポット


都市環境を改善するには、大きく2つの方法が考えらる。一つは街全域に渡って小さな違反も見逃さない警戒網を張り巡らせること。もう一つは、「ホットスポット」と呼ばれる犯罪多発地域を重点的に取り締まるもの。

前者は「割れ窓」作戦とも呼ばれるもの。都市に割れた窓がなければ、新たに窓を割るのには、大きな勇気が必要となるため、その結果、犯罪が抑制されるというもの。確かに、ゴミ一つない床に新たなゴミは捨てにくいものである。





しかし、この作戦の欠点は、作戦範囲があまりにも広範に渡るため、ポイントごとの効果が薄まり易いこと。ニューヨークには「たいして危険でもない地域」がたくさんある。

そのため、人員と予算に限りのあったニューヨークでは、後者の作戦、「ホットスポット(犯罪重点地域)」のみに的を絞った。2009年、ニューヨーク市警がホットスポットで行った職務質問は50万回、軽犯罪の逮捕は25万回にも及ぶという徹底ぶりだった。



ここに一つの疑問があった。

「ホットスポットばかりを取り締まっても、どこか別の場所で同じ犯罪をするようになるのではないか?」

ところがニューヨークでは、そうはならなかった。「ある日ホットスポットで未然に防がれた犯罪は、後に別のどこかで実行されるとは限らなかった」。

どうやら、犯罪というのは想像していた以上に、「場所」に依存するものであったのだ。





◎凡事徹底


ニューヨークで最も危険な地域といえば、「ブルックリン」と「ブロンクス」。これら地域は住民の「経済格差」も大きければ、その人種もまた「多様」だ。

しかし、その経済格差と人種の多様性は、犯罪の根本的な原因ではなかった。というのも、ブルックリンとブロンクスでは、ここ20年間で格差がより広がり、人種も増えたにも関わらず、犯罪が減少したのだ。その減少率は「より浄化された高級住宅地」が多いマンハッタンに引けをとるものではなかったのである。

これでますます、少数民族や貧困者たちへの疑いの眼差しは弱まっていった。



たとえば、不法侵入盗や強盗、自動車泥棒などは「ある通り」で起こることが多く、その侵入路にさえ警官が目を光らせていれば、それらの犯罪は大きく減った。

ニューヨークには「コンプスタット」という管理システムがあり、重大犯罪の発生位置などのデータが蓄積されている。このシステムのおかげで、中央司令室に居ながら、犯罪集中地域(ホットスポット)を特定できるのだ。そうした的を絞った街頭パトロールが、ニューヨークでは大きな成果を上げたのだ。

もう一度強調しておくが、ニューヨーク市警は、決して黒人やヒスパニックなどの人種に的を絞ったわけではなかった。



◎再犯率の減少


ところで、ここで不思議なことが一つある。

なぜか、ニューヨークで刑務所に送られた犯罪者は、出所後、「法を犯すのをやめてしまった」。具体的には、出所後3年以内に重大な再犯を犯す人々が64%も減っているのだ。

ニューヨーク市警は相も変わらず犯罪者を逮捕し続けており、検察官と裁判官も犯罪者と刑務所に送り続けている。それでも、再犯の割合いが下がったことにより、結果的には刑務所の収監率も改善されてしまったのだ。

なぜ、再犯率が下がったのかの詳細は不明だが、おそらくは、犯罪の場所を奪われた彼らに、「その気が薄れてしまった」からなのかもしれない。



こうしたニューヨークでの実例は、明らかに従来の「供給サイド理論」への反証である。

「人」に全責任を押し付けて満足していた供給サイド理論は、ただ単にある種の人々をスケープゴートにしていただけだったのである。それゆえに、何十年間も問題を根本的に解決できず、刑務所ばかりがたくさん必要になっていたのである。



◎アリ地獄の中の希望


過去30年、犯罪が増え続けているアメリカでは、警察力に関して疑問の声が上がっていた。しかし、ニューヨークでの成功は警察官たちを力づけることとなった。ニューヨークでは、警察官の「睨み」が確かに効いたのだ。

また、有色人種の若者たちに着せられていた「あらぬ疑い」をも晴らすこととなった。むしろ、肌の色の濃い青少年たちは警察に守られることとなり、暴力による死亡率は低下した。



ニューヨークの示した希望は、こういうことだ。

「生まれながらの犯罪者」などいない。「場所」が犯罪を生むのだ。

これが過去100年間の犯罪学に対する、ニューヨークの答えである。



従来の常識に従ったままでは、犯罪者を「排除」することしかできなかった。そのため、人は人を疑うようになり、他者を受け入れることを拒み、ますます偏狭な心にならざるを得なかった。

その結果、刑務所や青少年更生施設への巨額な新規投資ばかりが必要となり、良民たちの血税はそこに流れ込むだけ。肝心の都市環境の改善は後手に回るといった悪循環であった。



幸いにも、ニューヨークはそのアリ地獄から逃れる術があることを教えてくれた。

この実例を受け入れられるかどうか、それこそが「人」の責任なのかもしれない…。







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出典:日経 サイエンス 2012年 01月号
「ニューヨークはいかに犯罪を減らしたか」

posted by 四代目 at 08:29| Comment(1) | 司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「割れ窓」作戦って日本の「世間の目」に似てますね。色んな名前がついてまるで外国発のように見えているけど、本質的な解は日本の日常生活にもともと存在していたのかも。日本のあり方を世界に応用できる例はいくらでもありそうですね。
Posted by y at 2012年10月20日 13:32
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