2012年10月11日

「ゾッとするほど楽しみな未来予測」。先見のフアン・エンリケス


「寿命はおそらく2倍になるでしょうね。この100年間のうちに。」

フアン・エンリケスはそう切り出した。「ガンによる死亡率は年に1%ずつ下がるようになります。そして、その1%がずっと積み重なっていけば、大きな違いとなるのです」。

彼に言わせれば、後の世ではガンが決定的な死因ではなくなるのだという。「階段や床に散らばったオモチャ、自動車通りを横断することのほうが主な死因になるはずです」。



◎サイエンスの革新


エンリケスによれば、「サイエンス」の革新(イノベーション)によって人間は格段の進化を遂げるというのである。

「人間の皮膚から肝臓をつくることが、すでに出来ています。理論的には一つの細胞から、歯や耳、気管といったものを作り出すことが可能なのです。」

先日、ノーベル賞の受賞が決定した山中伸弥氏によるiPS細胞というのが、その理論であり技術である。その先には、人間の手足を再生する世界すら待っているのかもしれない。



また、科学的な機器、たとえば補聴器などの進化も見逃せない。

「聴覚障害で人口耳を付けている人は、現時点のものでも騒々しいレストランの中で会話の70%が聞こえます。」

人口耳が進化してゆけば、いずれ「私たちの耳以上に聞こえるようになる」とエンリケスは言う。つまり、普通の人間には聞こえない音も聞こえるようになると言うのである。

「同じことが、視覚、人口手足、そして可能性としては内蔵にも適用できるのです」。

もはや、銀河鉄道999の世界である。



◎ホモ・エボリュティス


手足を自分の細胞から再生し、足りない部分は人工的な機械で補う。そして、医学の進歩により寿命は2倍になる…。

このような「進化」がここ100年で現実化するとエンリケスは語る。その進化を経た人間は、もはや「ホモ・サピエンス(現生人類)」と呼ぶには進化しすぎているので、彼はその新種を「ホモ・エボリュティス(homo evolutis)」と名付けている。

その「ホモ・エボリュティス」を意訳すれば「超人」、まさにスーパーマンである。彼らは人間の見えないものまで見ることができ、聞こえない音まで聞こえてしまうのだから。



人間がこうした進化をすることに、エンリケスは絶対的な確信を持っている。「時間と科学が、ホモ・エボリュティス説が正しいことを証明してくれるだろう」と彼は言う。

「今でも、昔は死んでいたであろう人が生き続け、生を授かることもできなかったであろう赤ん坊もこの世に招き入れられるようになっています。妊娠する方法は少なくとも17種類あり、100年後にだって赤ちゃんをつくれるのです。」

「進化は突如として起こり、気づかぬうちに世界は変わっている」とエンリケスは言う。そして、その進化はすでに起こり始めているというのである。我々が気づかぬだけで…。






◎異色の出自


彼は世界的な専門誌「サイエンス誌」にも記事を発表し、世界中のセレブや識者たちが集う「TED」の場でも伝説的な公演を行なっている。ある雑誌では「ミスター遺伝子」とも呼ばれるほどだ。

しかし、エンリケスがサイエンスにのめり込むようになったのは意外なほど遅い。彼はもともと政治家であったのだ。生国のメキシコでは副国務長官まで務めている。



そもそも、子供時代の彼は「あまり勉強しなかった」という。しかしその後に「死ぬほど勉強して」、ハーヴァード大学にまで進学することになる。そのビジネス・スクールの博士課程まで学んだあと、エンリケスはメキシコ都市開発機構の理事となる。

その頃の彼は、「メキシコに貢献する以外のことを考えたことがなかった」というほどの忠臣であった。彼自身、生まれた国のメキシコに「大いなる希望」を感じていたのである。



確かにエンリケスが信じた通り、メキシコは経済的に発展した。しかし、「政治」に足を引っ張られていることも痛感させられた。

そこで、メキシコの政治を変えようとしたエンリケスは「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」などに論説を発表し、その影響力を高め、ついにはメキシコ副国務長官の就任を要請されることとなるのである。



◎国の英雄


その地位に就任してすぐ、メキシコでは「チアパスの反乱(1994)」が勃発。これは先住民族マヤ族の武装蜂起であり、メキシコへの宣戦布告であった。メキシコ政府は武力で反乱軍を圧倒して、ジャングルまで追い込むことに成功するが、世論は紛糾。停戦交渉の必要性が訴えられた。

そこで白羽の矢が立ったのがエンリケス。彼は期待通りに交渉を成功させ、今日まで続く協定を結ぶと、反乱は収束した。



この偉業により、エンリケスは「メキシコの英雄」になるはずだった。ところが、メキシコの政治は思ったよりも腐っていた。彼の功績を快く思わない面々が、英雄の抹殺を企てていたのだ。

最初はエンリケスの「汚職」をでっち上げて刑務所送りにしようとしたというのだが、いくら調べても「賄賂の証拠」が見つけられない。「そこで連中は私たちに対して114の会計監査を行いました。いまじゃ監査仲間の笑い話になっていますよ」。

気が触れたように怒り狂ったという安全保障大臣。結局、「奴を殺そう」ということになった。



「幸いなことに、その席にいた一人が私に教えてくれたんです。『明日の朝の航空券を用意しておくように』ってね。」

こうして、エンリケスはメキシコを逃れることになる。



◎サイエンスとの出会い


アメリカに渡ったエンリケスは、古巣のハーヴァードで教鞭をとることとなった。

そのとある会合にて、識者や名士たちが集うその席上、エンリケスはある科学者と運命的に出会うことになる。「誰にも相手にされない一人ぼっちの奴」がその科学者、クレイグ・ヴェンダーであった。

ヴェンダーはインフルエンザ種の遺伝子コードの配列を特定した人物であり、その話を聞くうちに「エンリケスの知性がうずき出した」。



経済人でもあり政治家でもあったエンリケスは、サイエンスの話を無意識に「何が国を浮き沈みさせるのか」という問題に結びつけていた。

「寿命が2倍になったら、社会はどうなる?」

科学者ヴェンダーにとっても、エンリケスの発想は爽快だった。「エンリケスのレンズを通すと、すべてが違って見えるんです」。



こうして、エンリケスは「フリーランスのゲノム(遺伝子)・マニア」となっていったのであった。

「ゲノム学を応用することで、かつては食糧や飼料が作られていた土地で、植物から薬が作られることになるでしょう。海の微生物はフリーエネルギーを生み出すために使われることになるでしょう。」

エンリケスに言わせれば、「人間の条件」を変えることで、政治・経済・教育…、その全てが変わる可能性があるのだという。彼のいう人間の条件とは、冒頭でご紹介した「ホモ・エボリュティス(超人)」のことも含まれる。



◎世界に求められる


サイエンスと政治経済を融合したエンリケスの書が、「As The Future Catches You(未来があなたをつかむ時)」である。

この書の一説には、こうある。「見たり触ったりできるものをつくることにこだわっている国々は、日ごとに貧しくなっていくだろう」と。



この一文に「やられた」というのが、コスタリカのロベルト・サッソ。同国でシンクタンクを運営している人物である。

サッソは「エンリケスほど聴衆の心をつかめる人は見たことがありません。しかもスペイン語でそれができるんですから」とエンリケスを褒め称える。

エンリケスはコスタリカの前大統領と親しかったこともあり、コスタリカは熱心にエンリケスの助言を求めている。



こうした「聞く耳」を持っている政府は世界に数多い。オーストラリア、ブルネイ、ボツワナ、タイ、メキシコ、チリ、エクアドル、ペルー、スリランカ…。

「10日で3大陸なんていうのは、ごく普通のことです」とエンリケスの助手は言う。

「世界中の多くの政府がエンリケスのアドヴァイスを求めています」とTEDのクリス・アンダーソンは語る。有識者の講演会であるTEDにおいて、エンリケスは2人しかいないゲスト・キュレーターの1人である。ちなみに、もう一人はMicrosoftのビル・ゲイツである。

クリスはこう続ける。「もっと多くの国がそうすべきです」。






◎永遠の学生


52歳となったエンリケスは、明らかに次の世界で必要とされている人物の一人である。それでも彼の心の中では「すべてがようやく始まったばかり」なのだという。

「学ぶべきことが、あまりにたくさんありすぎます」というエンリケスは、「永遠の学生」のように世界と向き合い続けている。



世界を旅するエンリケスは、観光客の行くようなことろは避けて、その代わりに「その国でトップの大学を訪れ、彼は決まって大学のまわりの10ブロック半径内を歩き、新しい企業の数を調べる」のだそうだ。

「これをやると、これからの10年で経済がどんな方向に進んでいくのかかが、よくわかるのです」とエンリケス。



たとえば、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の3km以内には、最低200の生命科学企業が本社を置いている。

「この場所は、市場価値でいうと、地球上13番目に値する経済圏なのです」とエンリケスは言う。

彼の目には「進歩」しか見えていないかのようである。



◎変わりゆく世界


「私たちはデジタルライフの変わり目にいるのだと思います」と言うエンリケス。しかし、時代はすでに新たな方向へと進み始めているとも言う。

「デュポン社の収益は40%が生命科学から上げていますが、GE(ゼネラル・エレクトリック)はわずか14%です。時代が変わり始めているのが分かるでしょう。」



エンリケスの推す生命科学は薬学、バイオテクノロジー、医学の領域から、「違った領域」へ。いまや遺伝子コードを扱える分野は増え続けている。

エクソン・モービルという石油業界の大家が「藻類から液体輸送燃料をつくる」ために、6億ドル(480億円)を投資することになった交渉の席にいたのもエンリケスだった。



大手と限らずとも、「楽しい小企業」は世界に数多い。

エンリケスが「ヘンテコで小さなオタクショップ」と呼ぶ自身の会社(Excel Medical Fund)は、そういう「とっても面白い小さな企業」に投資することを何よりの楽しみとしている。

「こういう賭けが大好きなんです。早くに目をつけて、成長を見守る。赤ん坊の中にはとてつもなく大きくなるものもあるのです。」

エンリケスが目をつけた企業には、世界で初めて完全な人工生物を生み出したSynthetic Genomicsなども含まれる。



◎生命のコード


未来を楽しみにしているエンリケスであるが、じつは人一倍「用心深い」。

「エンリケスはまったくもって疑い深い人です。彼は多くの経験から、一生懸命努力するだけではダメだということが分かっているのでしょう」と、エンリケスをよく知る人物は語る。

すなわち、エンリケスの口から飛び出てくる言葉は、荒唐無稽であるようでいて、じつは彼なりの深い考察に裏打ちされたものなのだ。手足を交換できるだの、寿命が2倍になるだのと言っていても…。



「かつては一国の経済を発展させるのに、何世紀もかかっていました」

エンリケスはサイエンスが確実に経済活動を促進すると考えている。

「それが今では、何とも短期間に、小さなオフィスでそれができてしまうのです」



思えば、これまでの100年間で人類は飛行機やコンピューターなどをつくり、宇宙にもその手を伸ばしてきた。もし、そのスピードがもっと加速するのであれば、次の100年後の世界は空想も追いつかないものとなるのかもしれない。

コンピューターは、「0」と「1」を組合わせた単純なコードにより動いている。一方、生命体は、「A」「G」「T」「C」という4文字のコード(遺伝子)で動いている。

エンリケスが考える未来は、「0/1」というコンピューターのコードから、「A/G/T/C」という生命のコードに変わった世界だ。その時に、「新たな革命が引き起こされる」というのである。



デジタルライフへの移行はほぼ完了した今、本当の意味での革新(イノベーション)がもたらされるのは、世界が「生命のコード」で動くようになった時である、とエンリケスは考える。

そして、その変化の種はすでに芽吹いている。そして、われわれが気づかぬうちに「世界は変わっていることになる」のだろう。

エンリケスの予言する経済や政治のトレンドは「ゾッとするほど正確だ」との定評がある…。







関連記事:
iPS細胞への紆余曲折。山中伸弥

人間の「遺伝子」が完全に解析されてほぼ10年。治療法への道はまだ遠く…。

遺伝子はどこにある? タンパク質に囚われていた科学者たちの蒙昧をといた「オズワルド・エイブリー」。



出典:WIRED (ワイアード) VOL.4 (GQ JAPAN2012年6月号増刊)
「生命コードと新・世界秩序 フアン・エンリケス(Juan Enriquez)」

posted by 四代目 at 07:13| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: