2012年10月10日

死地に見た「ラ・ラ・ランド」。脳科学者の体験した右脳の世界


その日の朝、彼女の脳を襲ったのはアイスクリームを食べた時のような「鋭い痛み」だった。

その痛みはしばらくすると和らぎ、そしてまた、鋭く襲ってきた。この繰り返しである。



この時、彼女の左脳の血管が破裂しており、脳の中では大出血が起こっていた。いわゆる「脳卒中」である。

彼女の名前は「ジル・テイラー」。脳科学者であったジルは自分が脳卒中になったことによって、期せずして「自分の脳を内側から調べる機会」を与えられたのであった。



◎奇妙な感覚


だが、左脳が出血を起こしたことに彼女はしばらく気づかなかった。アイスクリームを食べた時のような鋭い痛みが和らぐのを見計らって、彼女は朝の活動を開始した。

ベッドから起き上がってまず向かったのが、ボート漕ぎの運動をするエクササイズ・マシン。でも、いつものように一生懸命漕いでいるのだが、何かがおかしい。自分がマシンの上にいるようには感じられず、どこか遠いところからボートを漕ぐ自分を眺めているようにしか感じられないのだ。



また頭痛がひどくなってきたので、彼女はそのマシンを降りて、シャワー・ルームへと向かう。

なぜだろう、一歩一歩がぎこちない。意識しないと足が前へ出てこない。一つ一つの筋肉に「そこ、縮んで。そっちは緩めて」と意識させないと、まともに歩けないのである。



思わずバランスを崩して壁にもたれかかった時、また奇妙な感覚が彼女を襲った。壁についた自分の腕が、まるで壁と「一体化」しているように感じられるではないか!

自分の身体の境界線が消えてしまったかのように、家の壁との境が分からない。「自分の身体がどこから始まり、どこで終わるのか」が全く分からないのだ。

感じられるのは、腕の原子と壁の原子が混じり合ったような一体化したエネルギーばかりであった。



◎右と左の脳


ジルが出血を起こしていたのは「左脳」。この左脳は物事を一列に並べて、情報を一つ一つ処理していくことに長けた脳である。自分と他者を隔てて考えるのも、この左脳の役割。

その左脳の機能が損傷してしまっていたジルは、物事の「境」が分からなくなってしまっていた。



一方、健全な方の「右脳」は、すべての物事をすべて同時に処理する能力をもつ脳。昨日と今日を区別することもなければ、アッチとコッチを区別することもない。すべてが同時に処理されるため、右脳が感じられるのは「今」と「ココ」だけだ。

当然、自分と他人の区別もない。家の壁との区別もつかないのである。右脳が感じるのは全てが一体化した「一つのエネルギー」だけであった。



◎ラ・ラ・ランド


「私、どうしちゃったの? 何が起きているの?」

そう自問した時、突然、左脳が完全に停止した。その瞬間、まるでテレビのリモコンのミュート(消音)ボタンを押したように、世界が「まったくの静寂」になってしまった。

最初はその感覚に驚いたジルであったが、その感覚はじつに心地良いものであった。外界と身体との境界線はまったく感じられず、ただただ自分のエネルギーが大きく広がり、すべてのエネルギーと一体になっていく…。そして、その感覚はジルをすっかり魅了してしまった…。



「おい! トラブルだ! 大変だ! 助けを呼べ!」

いきなり復帰した左脳。恍惚としていたジルを叩き起こす。

「あ、そうか、トラブルだったんだ」と一瞬、我に帰ったジル。しかし、すぐにまたさっきの恍惚とした世界へと引き戻されてしまう。



「ラ・ラ・ランド(陶酔の世界)」。彼女はのちに、左脳から切り離された「右脳だけの世界」をこう呼んでいる。

この「ラ・ラ・ランド」の中では、仕事のストレスなどはきれいに消え去り、その心は平安で満ち足りている。身体は飛んでいけるかのように軽く感じられるのだ。

「37年間の重荷から一気に解放された気分! ああ、なんという幸福!」



◎脳卒中


「おい! しっかりしろ! 助けを呼べ! 集中しろ!」

また突然、左脳が警告を発する。その左脳の声に起こされたジルは、「あ、仕事行かなきゃ」とトッサに考えていた。「でも、運転できるかしら?」。

ハンドルを握る真似をしようとした時、ジルは自分の右腕が完全に麻痺していることに気がついた。そしてここで、「信じられない! 私、脳卒中を起こしたんだわ!」と思うに至る。



脳科学者としての彼女は、その状況をどこかで喜んでいた。「わぁ、すごい! 自分の脳を内側から調べるチャンスに恵まれるなんて!」

「あっ、でも私は仕事ですごく忙しかったんだ。脳卒中になっているヒマなんかないわ! 1〜2週間で脳卒中を治さないと…。取りあえず、職場に電話、電話。」



電話をかけようと思って、名刺の山から職場の電話番号を探そうとしたジル。でも、名刺に何が書いてあるのか、サッパリわからない。文字を認識しない右脳に写るのは、ただの画素(ピクセル)のみ。それは意味をなさない点々に過ぎなかった。

それでも、左脳の認識が波のように戻ってきて、現実と結びつけるようになった時だけに、名刺の電話番号を認識できた。しかし、左脳の出血はだいぶ広がってしまっているようで、数字どころか、電話機すらも認識できなくなってしまうことも…。



◎狭間


現実世界(左脳)と「ラ・ラ・ランド(右脳)」の狭間で、ジルは45分を費やし、なんとか職場へ電話することに成功した。

ところが、電話をとった同僚の声が「ワン、ワン、ワン、ワン」としか聞こえない。まるで、ゴールデン・レトリバー(犬)みたいだ。

それでもジルは懸命に訴える。「ジルよ! 助けが必要なの!」。彼女はハッキリとそう言ったつもりだったが、相手に届いたのは「ワン、ワン、ワン、ワン」という、やはり意味のない鳴き声のようなものだった。



幸い、カンの良かった同僚は助けを手配してくれた。

病院へ向かう救急車の中、ジルは胎児のように丸まっていた。「ほんの少し空気の残っていた風船から、最後の空気が抜けていくようでした」。

救急車の中の彼女は、現実世界に魂がとどまるのを諦め、「ラ・ラ・ランド」へと歩を進めていた…。



◎別世界


「まだ生きている…」

病院のベッドで目を覚ました時、生きていることにジルは驚いた。



現実世界と「ラ・ラ・ランド」という2つの世界で宙吊りにされていたジルは、確かに「ラ・ラ・ランド」を選んだはずだった。「ラ・ラ・ランド」では、自分の魂が「ランプから解放されたばかりの精霊」のように自由で、「大きなクジラのように、幸福の海を進んでいた」。そして、ついに「天国」を見つけていたのだ。

ところが目を覚ますと、クジラのように大きかった自分はそこにはなく、「ふたたび小さな身体の中に押し込められていた」のである。



それでも、「ラ・ラ・ランド」を一度体験したジルは、別人のようになって現実世界へと戻ってきていた。

ジルはもう確信していたのだ。「ラ・ラ・ランド」はどこか遠いところにあるのではなく、自分の右脳の中にいつもあるのだ、と。そして、望みさえすればいつでも、あの幸福感を味わうことができるのだ、と。



◎選ぶ力


大出血から2週間後、ジルの左脳を圧迫していたゴルフボール大の血栓は取り除かれた。しかし、彼女が完全に回復するまでには8年という長い月日が必要であった。

そして今、2つの世界を知った彼女は問いかける。

「さて、私たちはいったい何者なんでしょう?」

「この世界の中で、どんな人間でいたいのか、どのようにありたいのか?」



それを「選ぶ力」が誰しもに備わっている、と彼女は断言する。

右脳の世界(ラ・ラ・ランド)は広大無辺であり、そこには何の境界線も存在しない。一方、左脳の世界(現実世界)は「自分」という狭い一本道である。その一本道は外界と完全に遮断されており、他者とは別個の存在である。

「この全く異なる2者が、私たちの中に存在しているのです。みなさんが選ぶのはどちらですか? いつ、それを選びますか?」



右脳にいつでも存在しているという「ラ・ラ・ランド」。

深い平静と安定があった「ラ・ラ・ランド」。

ある人はそれを「ニルヴァーナ(涅槃)」とも呼ぶ。






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出典:TED「奇跡の体験 ジル・テイラー」
posted by 四代目 at 06:35| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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