戦地アフガニスタン、ここでは研究者たちも「命懸け」だ。
ヘルメットをかぶり、重い防弾チョッキを着込んだ「地質学者」たち。戦闘ヘリから降りてくる彼らは、銃を持っていないだけで、護衛の兵士たちとの見分けがほとんどつかない。
「作戦」の行動時間は毎回一時間程度。長居は禁物だ。ここは南部のレッドゾーン(危険地区)の火中である。
◎命を賭ける価値
そこまで命を賭ける価値が、このアフガニスタンの大地にはある。
なぜなら、世界最大級のレアアース鉱床の存在がほぼ確実視されているからだ。すでに発見されている鉱床は、「中国の第一級の鉱床に匹敵する」とまで言われている(言わずもがな、中国といえば世界のレアアースの97%を牛耳る最大供給国である)。
この大鉱床が位置するのは、アフガニスタン南部のヘルマンド州。武装勢力タリバンの勢力下にあるこの地域は「非常に危険」かつ、アヘン(麻薬)の栽培・密売の活発な闇の世界でもある。
幸か不幸か、世界最大級のレアアース鉱床は、そんなところにあったのだ。しかもその量、世界のレアアース需要の10年分とも言われるほどである。もっと調査が進めば、その3倍は出てくるだろうという人もいる。
◎企業誘致と資金調達
鉱床の存在が確認された今、次に成すべきことは「採掘してくれる企業」、およびその「資金」を呼び込むことだ。
そのためには、投資する採算に見合うだけの「埋蔵量」があることを証明しなければならない。そのために、地質学者たちはヘルメットと防弾チョッキに身を固めて、危険の中に身を投じていたのである。
中国の大手鉱業会社はすぐに飛びついてきた。すでに約30億ドル(2,400億円)のツバをつけている。それでも、海外投資家が財布をどれくらい開いてくれるかは、いまだに不透明。やはり、この地に強固に巣食うタリバンの存在は物騒すぎる。
「言ってみれば、100万枚の1セント硬貨に紛れ込んだ、一枚の10セント硬貨を見つけ出すような作業だ」と地質学者は言う。
ただでさえ困難な資源調査。そして、その10セント硬貨は銃弾の飛び交う中で探さなければならないのだ。
◎危険の少ない北部
突破口となりそうなのは、タリバンの蠢(うごめ)く南部地域よりは、治安の安定しつつある北部地区。ここにも「鉄」や「銅」などの世界的な鉱床が確認されている(10兆円規模)。
「北部で銅などの採鉱が始まれば、ゴールドラッシュが生じるだろう」
すでに中国冶金科工集団公司やJPモルガン・キャピタル・マーケッツなどが食らいつき始めている。
しかし、たとえ北部といえども、「まともな鉄道もなければ、地方には電気も通っていない」。そもそも、アフガニスタンには重工業の歴史がほとんどない。
一部の鉱床は100年以上も前に発見されていながら、いまだ手付かずなのである。
1979年によるソ連のアフガン侵攻は、芽生えかけていた開発のビジョンを容赦なく踏み潰し、その後も数十年にわたり、アフガニスタンにおける戦乱の火は消えようとしなかった。
◎アメリカの国益
2001年には、9.11に憤慨したアメリカがアフガニスタンに侵攻することになるのだが、これはむしろ鉱床開発への扉を開いた。
かのアメリカと言えども、レアアースばかりは100%外国からの輸入に頼らざるを得ない状況下に置かれている。そして、その輸入の92%を中国に頼りきっているというのは、安全保障上、まことに好ましいことではない。
レアアースを渇望するアメリカは、アフガニスタンの眠れる資源に目をつけた。そして、米国地質研究所(USGS)がアフガニスタンの研究者たちを積極的に支援するようになったのだ。近年の相次ぐ世界的鉱床の発見はその成果である。
米国地質研究所(USGS)によるレアアース埋蔵量の推定値は、鉱床の厚み「わずか100m」しかないことを前提としている。
それは、調査のための航空機が爆撃される危険性が高すぎるために、十分な調査が行えていないからである(もし、鉱床の上を低空飛行できれば、最大で地下10kmまで岩盤の様子を3次元画像化する技術はあるというのだが…)。
◎恵まれた土地柄
ところで、なぜアフガニスタンに、それほどの資源が眠っているのだろうか?
それは、「プレートテクトニクス」という理論、つまり、ジグソーパズルのように分かれた地球表面の地殻が、移動したり衝突したりしているという理論で説明される。
その理論によると、アフガニスタンは「4つか5つの陸塊」が衝突して形成されたものであり、こうした境界部には、えてして世界有数の鉱床が形成されることが多いのだという。
◎懸念
アフガニスタンで資源の採鉱が本格化すれば、経済の活性化、アヘン依存からの脱却、ひいては国の安定化にも寄与する可能性があると言われている。
しかし、その一方では採鉱が「国民のため」になるかどうかを懸念する声も聞かれる。
大量の石油が50年前に発見されたナイジェリアは、今どうなっているのか?
莫大な利益を手にしたのは政府と石油企業ばかりではなかったか。ナイジェリア国民の多くは、いまだに一日一ドル未満の生活から脱することはできていない。
今まで世界各地で採掘された大規模な露天掘り鉱山は、今どうなっているのか?
数十年にわたる採掘で蓄積された汚染物質の除去に苦心しているのではなかったか。レアアースを抽出する過程では、ウランなどの放射性物質のチリも同時に廃棄されることになる。
◎不確定な未来
現代の社会経済において、資源ほど危険な「両刃の剣」はないだろう。
よほど体制の整った国でなければ、資源のもたらす大金は国を腐らせるだけである。
幸か不幸か、アフガニスタンのアメリカ軍は2年後(2014年末)の完全撤退に向けて、同国からの軍隊の引き揚げにかかっている。今秋には全体の3分の1にあたる3万3000人がアメリカに帰ってしまう。
「アメリカ軍の護衛がなくては、鉱床の現地調査をするのはほぼ不可能」と、アフガニスタンの地質学者たちは考えている。米国地質研究所(USGS)の予算とて無限ではない。
つまり、最悪の場合、鉱床開発が頓挫してしまう恐れもあるのである。こうした将来への不確定要素が、投資家たちの財布のヒモをそう簡単には緩ませない。
◎地中の希望
それでも幸いなのは、「鉱石はいつまでも待ってくれている」ということだ。それは人間などいない時から、そこにあり続けているのだから。
それを掘るも良し、掘らぬも良し。
むしろ、「希望」は地中に埋まっていてくれたほうが良いのかもしれない。それが人の手に渡った時、その「希望」が人々の期待に応えてくれるとは限らないのだから…。
「Ignorance is a bliss」
それは「知らぬが仏」という意味だ。
「そもそも、アフガニスタン人は自分の国の足元に、世界有数の鉱床が眠っていたことなど、知りもしなかった」
しかし、不幸にも世界はアフガニスタンにお宝が眠っていることを「もう知っている」。
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出典:日経サイエンス
「アフガンに眠るレアアース」