2012年09月29日

尖閣は「力の理論」を超えられるのか?


世界史の戦争とは、領土問題による争いに他ならない。

今や世界は日本と中国の国境に存在する「尖閣諸島」をよく知るようになった。日本が領有(実効支配)している事実もよく知っているし、中国がそれを主張していることもまた、よく知っている。それゆえ、日本が繰り返し唱えている「尖閣に領有権問題は存在しない」というお題目は、まったく虚しく響くばかり…。

「アメリカ政府もイギリス政府も、尖閣諸島は『領土問題の係争地』と定義しています」



◎係争地


「当たり前です。どういう方向から解釈しても、今の尖閣は係争地としか思えません」とイギリス人記者は語る。

中立を国是とするスイス人も、尖閣諸島が日本固有の領土であるかどうかには首をかしげる。「日中両国の歴史学者たちが数百年前までさかのぼって尖閣の領有権を主張していますが、両者とも説得力に欠けます。どうしてでしょうか? それは文献を読んだだけでは、どちらが『先占の要件』を満たしているのか分からないからです」



「先占の要件」とは?

文字通り、先に占拠したのがどちらかという問題である。

このほかにも、領土問題には「固有の領土」という考え方もある。



しかし残念ながら、過去の領土紛争において、「先占の要件」「固有の領土」という考え方が考慮された試しは一度もない。

たとえば、アルゼンチンとイギリスが争った「フォークランド」。この地で「先占の要件」を満たしていたのはスペインだ。しかしスペインは領有権を主張しなかった。「固有の領土」という観点ではアルゼンチンに軍配が上がるはずだった。

しかし実際はどうか? イギリス軍の「力の理論」が勝ったのである。イギリス軍を前に、アルゼンチンは白旗を揚げざるを得なかった。



◎実効支配


つまり、過去の領土問題においては、「戦争に勝った国が思うように国境を決定してきた」というが厳然とした事実が横たわっているのである。これを「実効支配」と呼ぶ。

韓国の竹島支配もそうであり、ロシアの北方領土支配もそうである。また、日本の尖閣諸島もそうである。

それゆえ中国は、尖閣を「日本が盗んだ」と言うのである。



たとえば、フランスとドイツの国境、アルザス・ロレーヌは、ドイツ人に言わせれば「フランスが盗んだ」土地である。しかもかなり暴力的に。

アルザス・ロレーヌは「固有の領土」としてはドイツかもしれない。もともとドイツ語系の人たちが住んでいた土地だったとのことだ。しかし、第二次世界大戦でドイツがフランスに敗れてフランス領になって以来、「ずっとそのまま」。北方領土や竹島と同じように…。




それでもドイツ国内ではアルザス・ロレーヌを取り返せという機運は日本ほどには高くない。なぜなら、この地を巡って、どれほど多くの血が流されてきたかを知っているからである。過去400年間、ドイツとフランスはアルザス・ロレーヌの占領を何回も繰り返し、何回も戦争をしてきたのだから。

「今は過去から少し学んで、争わなくなりました」

第二次世界大戦後、日本の領土問題は幸いにも、アルザス・ロレーヌほどの血は流れていない。しかし逆に考えれば、だからこそ不幸にも争おうとしているのかもしれない。



◎ナショナリズム


ノーベル経済学賞をとったトーマス・シェリング氏は、著書「紛争の戦略」の中で、こう述べている。

「完全に対立し合う純粋な紛争など、滅多にあるものではない」

つまり、その争いは国民みんなの利益になるとは限らない、ということだ。たとえ、力で領土を奪ったとしても、その過程で失われるものが、その後の利益を上回ってしまうかもしれない。





しかしそれでも、領土紛争の当事国は一歩もあとに引けなくなる。

「純粋に知的な詳察の末であれば、日中両国の学者の何割かは『この島は我が国のものではない』と述べる方が自然である」

ところが、そんな学者は極めて少数であり、ましてや公の場になど現れない。



それは、オリンピックで日本人選手を応援しない日本人がまずいないのと一緒である、と堀田氏は言う。たとえその選手の名前も顔もよく知らなくても、我々は日の丸を背負った選手を一生懸命に応援するのである。

もし、何かの決勝戦で、日本人選手と中国人選手が対戦したら? 当然、我々は力の限り日の丸を応援する。それがナショナリズムというものだ。

でももし、その中国人選手が自分の友だちだったら? 日本人の前では声を出さないかもしれないが、心の中では、中国人選手を応援するかもしれない。



幸か不幸か、われわれは尖閣諸島を知らない。行ったこともなければ、問題になるまで存在も知らなかった。

それと同様、われわれは中国人もほとんど知らない。それゆえ、中国人によほどの縁がない限りは、同胞である日本人の肩を持ちたいと思うのは当然である。



◎歴史


それでも、われわれは領土紛争の歴史を知っている。

実際に血を見たことはなくとも、その歴史だけは知っている。

他国ではアルザス・ロレーヌ、フォークランド…。自国では北方領土、竹島、尖閣…。これらの地に、明るい歴史を見つけ出すことはまずできない。



そして今、とりあえずの答えが尖閣に迫られている。

かつての「田中角栄・周恩来」のように「棚上げ」にするのか?

それとも、歴史に前例のない「先占の要件」や「固有の領土」という争いのない解決法を試みるのか?



もし、尖閣に平和的な解決がもたらされるのならば、それは両国の歴史、いや世界史にとっても偉大なる第一歩を記すことにつながる。前向きにとらえるならば、尖閣問題はそのチャンスでもある。

かつて中国のケ小平は、それが尖閣でできないと悟って、その決断を「より賢いであろう後世の人々」に譲っている。



◎欲しいもの


期せずして今、「負けて勝つ」という吉田茂のドラマが放映されているが、彼は日本国憲法を他国に委ねるという苦汁を飲んでまで、天皇陛下の存命、そして日本国の独立という大勝利を勝ち取った。

ある食糧庫でのワン・シーンは、そんな吉田茂の想いを強く語っている。



「小麦か?」と芦田均は聞いた。「トウモロコシです」と答える吉田の秘書。

芦田はそのトウモロコシの粉をペロリ。「うっ、まずいな」と顔をしかめる。

吉田の秘書は語り出す。「アメリカのトウモロコシには2つの種類があります。一つは人の食糧、もう一つは家畜のエサです。今回、我々が輸入したのは、家畜のエサです」



その言葉を聞いた途端に激怒する芦田、「日本人はアメリカの家畜かっ!!」。トウモロコシの粉を床にぶちまける。

すると、吉田茂はトウモロコシ粉の散らばった床に這いつくばり、愛おしそうにそれを両手で集め始める。「上等、上等、家畜で上等だ…」とつぶやきながら。

そんな卑屈な吉田の様を見て、ますます激昂する芦田。「あんたは…、政治家失格だ!」

そして吉田、「オレは政治家じゃない。外交屋だ…。10のうち9を譲っても、欲しいもの一つを手に入れる。それが外交屋だ。ブタだって、牛にだってなってやる」





はたして、今の日本が欲するものとは?

われわれはかつてのケ小平が期待したように、賢くなっているのだろうか。

平和を希求する国民は、いかにして知恵の道を見出すのであろう?



吉田茂は決して誇りを失ったわけではあるまい。

われわれはまだ、そこまで追い込まれているわけでもない。

尖閣諸島にはまだ、領土問題解決の金字塔を建てる”のりしろ”も残されているはずである。







関連記事:
独裁者・李承晩により「竹島」が韓国領とされた歴史を振り返る。

ロシアが日本を襲った「露寇事件」。この事件が幕末の動乱、引いては北方領土問題の禍根となっていた。

チベットに想う、「国」の姿。



出典:
JBpress「世界の人たちから見た尖閣諸島問題(堀田佳男)」
NHK土曜ドラマ「負けて勝つ 戦後をつくった男、吉田茂」

posted by 四代目 at 06:55| Comment(0) | 領土問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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