2012年09月22日

株は公開すべきか否か。Facebookを襲った洗礼。


「悪魔との取引」

ロイターで金融ブログを担当するフェリックス・サーモン氏は、新興企業による「株式公開・上場(IPO)」を、そんな風に表現した。

というのも、「一瞬のうちに炎上して消え果てていく新興企業」を、彼は無数に目にしてきたからだ。



「上場は『投資家のため』にはなっても、多くの場合、企業自身のためにはならない。それは『短期的な株価の変動』に気をとられて、長期的な成長を犠牲にするように仕向けられていくからだ(フェリックス・サーモン)」

上場へと突き進んだ若い企業は、時として「持続不可能な成長という死のスパイラル」に陥ってしまう。

はて? 若き新興企業に金を出す投資家たちは、「エンジェル投資家」とも呼ばれるが、彼らは天使ではなく、悪魔だったのか?



◎長者番付


先日、経済誌・フォーブスは恒例の「長者番付」を発表した。そのトップは19年連続でMicrosoftのビル・ゲイツ氏。これはもはやニュースになるようなネタではない。飽き飽きするほどの「お決まり」である。

それよりもむしろ注目されたのが、前年の14位から36位へと大きく後退した「マーク・ザッカーバーグ氏」のほうだ。彼は言わずと知れた「Facebook」の創設者である。

ザッカーバーグ氏の推定資産は、前年の175億ドル(約1兆3,600億円)から今年は94億ドル(約7,300億円)へと「ほぼ半減」。万年トップのビル・ゲイツ氏が1年で70億ドル資産を増加させているのに対して、ザッカーバーグ氏は逆に、それを15%上回る81億ドルも資産を減らしてしまっている。

いったい、この一年で彼に何が起きたのか?



◎上場


去年のザッカーバーグ氏にとって、最大のビッグイベントとなったのは、「Facebookの株式公開・上場(NASDAQ)」。サーモン氏の言う「悪魔との取引」である。

FacebookのIPO(新規株式公開)による資金調達額は約1兆2,700億円。これはクレジットカード大手Visa(2008)に次ぐ、アメリカ企業としては2番目の巨大規模。時価総額は最大8兆円以上、Google上場時(2004)の4倍以上の大型上場(過去最高)となる見込みであった。



ところが…、世界を大騒ぎさせたFacebook株は、2日目にして10%以上の急落。その後もさしたる反発もなしに、コロコロと下り坂を降りながら、最安値では一時17ドルをつけた。公開価格が38ドルであったから、この最安値はおよそ「56%減」の悲惨な数字である。

こうして、天使は泣き、悪魔は笑った。株価の急落とともに、ザッカーバーグ氏が長者番付を大きく後退させたのも無理はない。



◎不本意な新郎


そもそも、Facebookが株式を公開して上場する意味はなかった。公開前年度の経常利益は10億ドル(780億円)もあったのだから、上場の最大の目的となる「資金調達」は不要であったのだ。

それでも上場せざるを得なかったのは、ただ単に証券取引所のルールに従わざるを得なかったためである。そのルールによれば、株主が500人を超えると、その企業は株式を公開しなければならなくなるのである。



ザッカーバーグ氏の笑顔は「不本意な新郎のように、ひきつっていた」。

彼は株式公開の悪影響を最小限にとどめるべく、全精力を傾けて奮闘した結果、何とか自分自身の持ち株比率を50%以上に保つことには成功した。

もし、ザッカーバーグ氏の株が50%を下回っていれば、彼は単独で役員を決めることもできなければ、後継者も指名することができなくなるところであった。彼はギリギリで、Facebookを「私企業」のように経営できるラインだけは確保したのである。



しかし、公開された株ばかりは、完全に彼の手から離れた。公開市場で取引される株は、企業の管理下を離れて勝手に取り引きされるのだ。最近「高速化」する株取引は、そのアルゴリズムによって一日何千回と売買されることも珍しくない。

当然、コンピューターが取り仕切るアルゴリズムは、「その企業が何をやっているかなど分かりもしないし、気にもかけない」。企業の「独自性」は蚊帳の外である。



上場後、初の決算となった4〜6月期におけるFacebookの業績は、1億5,700万ドル(約122億円)の「赤字」。

上場関連の費用がかさむことは分かっていたが、投資家らは驚きを隠せなかった。こうして、Facebook上場前に異様に高ぶっていた「ソーシャル熱」は、一気に冷めた。

Facebookの広告収入は前年比32%増、アクティブ・ユーザー数は、前年比で約30%もの伸びを見せていたのだが…。蚊帳の中では、その実績とはまったく別の事態が進行してしまっていたのだ。





◎矛盾


「1933年から1988年くらいまでの65年間、新規公開株はアメリカ資本主義の原動力となってきた(フィリップス・サーモン)」

その重要な資金調達源だったIPO(新規株式公開)は、いまやおかしなジレンマにはまりこんでしまっている。それは、「上場が可能になる頃にはもはや、外部の資金は必要としていない」という矛盾である。



たとえば、Googleは2004年に株を公開する3年前から「黒字」だった。結局
Googleは「そこで調達した資金を一度も使っていない」。

そもそも、多くの起業家たちは以前ほどに資金を必要としなくなっているという現実もある。ITやクラウドの発達によって、企業を立ち上げるコストが飛躍的に下がっているからである。

そのため、若い企業は上場を急がなくなっている。1985年頃までは創業4年以内に株を公開する企業が多かったが、近年では創業10年を超える企業ばかりである。



◎無慈悲な天使たち


「安く買って、高く売れ」

エンジェルと名前がつく投資家たちも、この「ありきたりな打算」からは逃れられない。

「5年、長くてせいぜい10年で全ての持ち分を手放す。あとは『野となれ山となれ』。その企業が数年で潰れようが、100年続こうがお構いナシ。願わくは、投資した額が何倍にもなることを」

天使たちの息は、そう長くはないのである。シリコン・バレーという谷底には、天使に手を離されてしまったベンチャー企業たちが無数、永眠している。



ベンチャー投資家は、ただ見ているばかりではない。時には、「もっと大きくなれ」とツンツンせっつく。そして、「不相応のリスク」を強いるのである。

たとえば、クーポン・サイトの先駆け「グルーポン」。2010年までは、まことに健全な収益率を上げていたのだが、その翌年、突然、収入が1,300%以上の急上昇。

それに反して、その陰では1億4,600万ドル(114億円)もの巨額損失が計上されていた。マーケティングに大量の予算を投下した結果、1,300%も増えた莫大な収益を使い切ってしまっていたのだ。



この異様な様を、「成長のための『生け贄』として、収益を差し出した」とサーモン氏は批評する。

天使たちに危ない橋を渡ることを強いられたグルーポン。それは危険な賭けであった。しかし幸いにも、彼らは見事にこの橋を渡りきる。その結果、グルーポンの時価総額は130億ドル(1兆円)を超え、創業者、CEOともに億万長者になった。



◎落ちた人々


しかし、誰もが彼らのようにうまく橋を渡れるとは限らない。大方はその危ない橋から落ちて、シリコン・バレーの谷底行きとなるのだから。

たとえば、通話サービス会社のAmp'd Mobileは落ちた。不相応の成長を強いられ、支払い能力のない契約者までをも無闇に増やし続けた結果、倒産。

「Amp'dは倒産せずともよかった会社だ。あのような『無謀なペース』で拡大さえしなければ、適正な収益を上げ続けることができたはずだった」と、サーモン氏は苦言を呈する。



あるいは、アパレル関連の通販サイト・ザッポス(Zappos)。ベンチャー投資家たちに圧力をかけ続けられたCEOトニー・シェイ。「経営状態が良くならなければ、『利益の最大化しか頭にないCEO』にすげ替えられるところだった」と振り返る。

追い詰められたシェイの苦渋の決断は、「Amazonへの身売り」であった。彼は「投資家だらけの役員会よりはマシだ」と考えたのである。

Amazonへの売却の結果、シェイは役員会に会社を乗っ取られることは避けられた。しかし、「自身の力で会社を動かしていくこと」はもう諦めなければならなかった。



「巨獣の腹の中にいったん収まってしまうと、買収された企業はほぼ間違いなく、自身のアイデンティティや使命を諦めてしまう」

それはザッポスしかり、フリッカー(Flickr)しかりである。フリッカーはYahooに買収されたことによって、「取って付けたような写真共有サービスへと堕してしまった」





◎蛮勇


1967年のツール・ド・フランス。イギリスのトム・シンプソンは、「酷暑のレースを控えて、ブランデー(酒)とアンフェタミン(覚醒剤)を一緒に飲んだ」。

そのおかげで、彼は限界を超えて走り続けることができた。しかしその快走も「モン・ヴァントゥの坂で『昏睡死』するまでのことだった」。



ひとたび上場してしまうと、投資家たちからは「絶え間ない成長への要求」が加速する。「悪魔との取引」のスタートである。

「問題は、企業が四半期(3ヶ月)ごとの投資家の期待に応えようと、『蛮勇』を重ねることにあります。それが『身の丈に合わない』と知りながらも(リズ・バイヤー、IPOコンサルタント)」



「最善の策」が3ヶ月ごとの成長にあるとは限らない。ときには「長期戦に勝つために、力を温存する必要もでてくる」。

それでも鼻息の荒い投資家たちは、ブランデーとアンフェタミンを一緒に飲ませたがる。そしてそれは、若い企業たちへの無理強いばかりとも限らない。

たとえば、ヒューレット・パッカード(HP)は、「経費削減しか頭にない経営陣」と「株価ばかりを気にして、企業にとっての最善などには目もくれない役員会」によって、呼吸困難に陥っている。

Yahooはいったい何回、「利益の最大化しか頭にない新しいCEO」を迎え入れたことだろう。



◎代替策


「わずかの勝者を見つけるために、多くの敗者に資金を提供する」

ベンチャー投資家にとって、上場する前に企業が潰れるのは「必要経費」にすぎない。シリコン・バレーの谷底を埋める屍たちは、ベンチャー投資家たちに「王家のような富」を与えた”なれの果て”の姿なのだ。



だから、最近の企業は上場したがらない。そんな時、ベンチャー投資家はこう考える。「上場させられなければ、売却すればいい」。

2011年、ベンチャー投資家に支援された企業429社が大手に買収されている。その一方、上場は52社にとどまる。



「もし、あなたがヤル気にあふれる若い起業家で、『上場』も『買収』もイヤだとしたら?」

いま注目を集めるその代替策は「民間市場への参入」だ。



◎民間市場


民間市場(SecondMarketやSharePostなど)では、公開の審査なく株が取り引きされる。そして、公開市場とは違い、誰が株を買い、誰が内密情報にアクセスできるかを企業側がコントロールできる。つまり、「好まざるヨソ者に力を与えずに済む」のである。

投資家にとっての自由は逆に少ない。まず、好きなときに株を売ることができない。売買するには定められたオークションを待たなければならないのである。たとえオークションまでに株価が急降下していたとしても、途中下車は許されない。

また、売買の取引回数も「制限」されている。間違っても、コンピューターの限界にチャレンジするかのように、一日に何千回も売買されることは決してないのである。



システムが企業優先であるため、逆に投資家にはリスキーな賭けとなる。実際、「ほぼ間違いなく、多くの投資家は相当の金を失うことになる」。

あららら、公開市場とはまったく逆ではないか。シリコンバレーの谷底に落ちるのは投資家たちの方なのだ。それでも心配はない。そんなリスキーな賭けができるのは、「名のある裕福な投資家ばかり」。彼らは本当の天使たちなのであるから。

その結果、企業は3ヶ月の呪縛から解き放たれ、公開市場では軽んじられる「企業の独自性」を追求することができるのだ。



◎上場という選択


Googleは、こう言った。「短期的な成長を逃したとしても、長い目で見れば、世界に善をもたらす企業に私たちはなれると信じている。邪悪であってはならない」。

Facebookは、こう言った。「簡単に言おう。金を儲けるためにサービスがあるのではない。良いサービスを提供するために金を儲けるのだ」。



日本でも上場企業は減少傾向にあり、逆に、自らの意志(経営陣による買収)で「上場廃止」を選択する企業が後を絶たない。

IPO(新規株式公開)というシステムで日本に流れ込んできた「アメリカ流資本主義」は、実質的に崩壊しかかっている。IPOという「錬金術」の魔法は解けつつあるかのように…。



◎新たな潮流


そうは言えども、IPO(新規株式公開)を志向する企業はまだまだ多い。ただそれは、以前のような「資金調達」という目的よりも、「世間の注目を集めること」や「優秀な人材を集める」ことのほうに重きが置かれる傾向にあるという。

投資家として生き残っている人種には、じつは保守的な人々が多く、古くからのIPOを目指す企業を贔屓(ひいき)にするという傾向は否めない。



それでも、Inc.誌が掲載する急成長企業を見ると、新しい潮流は明らかである。

1997〜2007年までの10年間、ベンチャー投資家により支援されていた企業は900社。これは急成長企業全体のわずか16%にすぎない。

つまり、ここ10年で急成長した企業の圧倒的多数は、「ベンチャー投資家の金」を必要としなかったということである。



◎不屈


Facebook株の予想をはるかに下回る低迷は、時代の転換点を表しているのかもしれない。同社が被った好ましからざるルール、500人の株主という枠は今、1,000人にまで拡大されようとしている。

アップルの共同創業者、ウォズニアック氏はFacebook上場前に警告を発していた。「株主たちに翻弄されることになるだろう」と。そして、「創造性よりも、日々の収支に追われることになるだろう」と。



「アップルで最も幸せだったのは、『上場する前』だった」とウォズニアック氏は回想する。上場するや、「突然、株主たちが会社に対して『命令』を始めたんだ。自分たちが望んだように事が進まないといって腹を立ててきたんだ」。

スティーブ・ジョブズ氏とともに、ウォズニアック氏は「最高の製品を創造したい」という想いを持っていた。「株主を喜ばせようとしていたわけじゃないんだ」と彼は語る。



幸いにも、アップルはそんな不本意な時代をすっかり過去のものとしてしまっている。

「最高の製品」を送り出し続けているアップル社は先日、その株価が700ドルを超え、史上最高値を更新している。同社の時価総額はいまや「世界一」である。





一方のFacebook、今はIPO(新規株式公開)の洗礼にされされ、低空飛行を余儀なくされている。

願わくは、アップルのごとき不屈の企業とならんことを。

Facebookの歴史は、まだまだ緒についたばかりだ。






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出典:WIRED (ワイアード) VOL.4 (GQ JAPAN2012年6月号増刊) [雑誌]
「さらば愛しき『IPO』」



posted by 四代目 at 08:41| Comment(0) | 企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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