東日本大震災、まったく何も想定されていなかったかというと、じつはそうでもなかった。
東北沖は「地震の巣」。この地域においてマグニチュード7クラスの地震というのは過去に意外とたくさん起きている。しかも、おおむね規則正しい「周期」にのっとって。
たとえば、過去220年間を振り返ると、1793年以降、宮城県沖ではマグニチュード7以上の地震が6回起きている。その周期は25〜40年。単純に平均すれば37年というスパンである。
東日本大震災が起こる前、宮城県沖での最後のM7クラスの地震は、1978年6月12日のものであった。この地震のマグニチュードは7.4。仙台市などでは震度5を記録し、28名の方が亡くなっている。
さあ、次は?
もし、宮城県沖地震が周期的に起きるのであれば、最後に起きた1978年から25〜40年後が、次に予測される時期となっていた。それは2003〜2018年の間であった。
◎ワン・フェイク
地震の予知が単純な周期にのみ従うわけではないが、2003〜2018年にかけては、宮城県沖の「危険期間」となっており、その確率はじつに99%と発表されていた。
そして、2011年3月9日、「やはり、来た!」。マグニチュード7.3、最大震度は5弱。震源は予想通り、宮城県沖である。一時、津波注意報も出されたものの、間もなく解除。危惧されたほど大きな被害も出さずに、この地震は終息したかに見えた。
「3月9日の地震は単独で終わったように見えたので、安堵しました。思ったより被害も少なかったので、嬉しかったという部分もありました」
そう語るのは、東北沖の地震を20年以上研究してきた松澤暢教授(東北大学)。彼にとって、この地震は予知された想定内の地震であった。
しかし、後世のわれわれは、このわずか2日後に東日本大震災が起こったことを知っている。一難去って、また一難。しかも次の一難は特大級であったのだ。
3月9日の地震に比べれば、3月11日の大地震のエネルギーはおよそ360倍もの破壊力をもっていた(マグニチュード9)。
◎多すぎる余震
東日本大震災の2日前にマグニチュード7クラスの地震が起きたことで、地震学者たちは気を許していた側面があった一方で、気になる兆候に不気味さも感じていた。
「余震が多すぎるな…」
身体には感じない小さな地震も含めれば、3月9日から11日までの2日間で、なんと1,000回以上もの地震が宮城県沖を震源として起こっていた。
宮城県沖には東日本大震災が起こる半年前から、その海底にたくさんの「水圧計」が設置されていた。もし、プレート移動などによって海底が隆起すれば、それは水圧の変化となって現れる。つまり、水圧の変化を調べれば、地震の予知にも役立つことになるのである。
東日本大震災の2日前、3月9日のマグニチュード7.3の地震の際、震源地付近の海底は10cmほど上昇(隆起)していた。
一度地震が起こってプレートのひずみが開放されれば、その隆起は止まるはず。ところが奇妙なことに、マグニチュード7クラスの地震が起きたにも関わらず、その隆起はジワジワと小さく小さく継続していた。
多すぎる余震、そして隆起をやめない海底。
明らかに何か未知の事態が進行しつつあったのだ。
◎想定
それでも、大方の地震学者たちは、まさかマグニチュード9ほどの巨大地震が来るなどとは夢想もできなかった。
確かに、2004年にはスマトラ沖でM9クラスの地震が起きている。しかし、東北沖合の日本海溝沿いでは、「せいぜいマグニチュード8くらいだろう」というのが定説であった。
もちろん、震源域が「連動」して地震規模を巨大化させることも予想されていた。過去400年の記録を見ると、宮城県沖では2つのエリアが連動することは珍しいことではなかった。
しかし逆に、2つのエリアでしか連動した記録がなかったため、その連鎖は過小に見積もられていた部分もあった。「2つが連動しても、マグニチュード8.2くらいではないか」。
不幸にも、現実には4つも5つも連動してしまうわけだが…。
◎想定外
そして、運命の3月11日はやって来た。
午後2時46分、その出だしは小刻みな揺れだった。20秒後、揺れはドンと大きくなる。その衝撃は40秒ほど尾を引いた。「そろそろ終わるかな?」。
もし、ここで終わっていたら、それは想定内であった。ところが、その直後である。ドカン!と来たのは…! これが想定外の一発であったのだ!
その時、震源域の海底では、「起こるはずのなかった大連鎖」が起こってしまっていたのである。海底の水圧計によれば、なんと3mも一気に海底が持ち上げられていた(2日前のM7.3地震の30倍)。
東北沖では、継続的に海側のプレートが陸地のプレートの下に潜り込んできているために、慢性的に「ひずみ」がたまっていくことになる。そして、そのひずみが限界に達して開放されたときに地震となる。
海側のプレートの動きが継続的であるため、ひずみの開放(地震の発生)にはある程度の周期性が生まれることになる。これが宮城沖地震の周期性(25〜40年)にもつながるのである。
ところが、陸地のプレートとその下に入り込む海側のプレートの接する境界面は一様ではない。全部が全部、ベタッとくっついているわけではなく、ガッチリ固着しているところもあれば、スカスカに浮いているところもある。こうした「まばらさ」が、時として地震の周期を狂わせるのである。
◎アスペリティ
海と陸、2つのプレートがガッチリ密着している場所は「アスペリティ」と呼ばれる。そして、地震を起こす「ひずみ」は、このアスペリティに蓄積されている。
いうなれば、このアスペリティは上下のプレートを支える「柱」のようなものであり、この柱がひずみに耐えられなくなって折れてしまうと、その衝撃で地震が起こることになる。
ちなみに、東北沖合いには、およそ1,000以上ものアスペリティが確認されている。
普通の地震では、アスペリティが崩壊すると、支えを失ったプレートは一瞬で2mも3mも滑ってしまう。ところが今回、宮城沖ではもっと「静かな事態」が進行していた。
それは「ゆっくりすべり」と呼ばれるもので、一日で10cm程度しかプレートが動かない微細なものであった。このゆっくりすべりが始まったのは、東日本大震災のおよそ1ヶ月前、2月中旬頃から観測されていたのだという。
◎ゆっくりすべり
この「ゆっくりすべり」に伴って、小さな地震は頻発していた。いわば小さな柱がポキポキポキポキと折れ続けていたのである。そして、その震源は3月11日に向かってジワジワと動き続けていた。震源の移動は一日あたり2kmとか5Kmという牛歩のようなものであった。
しかし、この「ゆっくりすべり」は一旦止まる。それでも、これは終わりではなかった。止まったことによって、ひずみの力が蓄積されることになったのだ。まるでダムが大量の水をせき止めたかのように…。
最後まで粘っていたのは大震災の2日前の3月9日に地震を起こしたアスペリティであった。そして、このアスペリティが踏ん張りきれなくなった、まさにその時、「最後の引き金は引かれた」のである。
その場に十分すぎるほどに溜められていたパワーは、2日間に頻発した余震を伴いながら、ついには3.11大震災の震源となったアスペリティを直撃。ドミノ倒しのごとき「大連鎖」の始まりとなった。
◎隠れていた超巨大アスペリティ
じつは、東北沖のアスペリティはまだ全容が解明されていたわけではなかった。そして不幸にも、知られざる超巨大アスペリティが東日本大震災の主犯となったのだ。
3月11日の揺れは、2つの大きなピークをもっていた。1つ目が20秒後、2つ目が40秒後である。そして、より巨大で想定外だった2つ目のピークこそが、未知のアスペリティによって引き起こされた衝撃波だった。
ドミノの連鎖が致命的な破壊を招いた超巨大アスペリティ。これがズレ動いてしまったことで、過去400年間で見られることのなかった複数エリアの連動は起こってしまった。
まず、震源の北側のエリアが揺らされ、その衝撃が跳ね返ったかのように反対の南側のエリアも揺さぶられる。そしてそれはそのまま、福島沖、茨城沖へと波及し、その範囲はじつに南北200kmにも及ぶこととなった。
増幅につぐ増幅により、ついには未曾有のマグニチュード9までに達するのである。
◎灯台もと暗し
ところで、なぜそんな巨大なアスペリティの存在に気づかなかったのか。
それは「巨大すぎて」気づかなかった。まるで足下の島が巨大なクジラであることに気づかなかったかのように。
そもそも、アスペリティを特定するには過去に地震が起こったことが大前提となる。そのため、過去に地震のなかったエリアのアスペリティの存在は知りたくとも知ることができない。
過去に地震がなかったエリアには、まったく正反対の2つの解釈が成り立つ。1つはプレート間の固着がまるでなく、ズルズルズルズルとゆるゆるにプレートが移動している場合。この柔らかい場所に「ひずみ」がたまることはないため、地震を引き起こすことも考えられない。
もう1つは、プレートとプレートがあまりにも強固に密着している場合。ここにはとんでもない「ひずみ」が蓄積されているのだが、その踏ん張りの強さから、容易にはそのひずみを開放しないので、滅多なことでは地震を起こさない。いったん開放されるや、その一発は途方もなくデカいのだが…。
つまり、ひずみが全くない状態と、ひずみが極度に蓄積されている状態というのは、まったく正反対の性質をもちながらも、表面的には見分けがつかないのである。
東日本大震災の起因となった超巨大アスペリティは、過去に震源地となった記録がなかったために、アスペリティは存在しないという方に解釈されていたのである。
ところが、今回の大震災があって初めて、その巨大な黒幕はその存在を世にさらすことになったのであった。
◎知見の蓄積
「今回は残念でしたが、一方で貴重なデータも得られました」
水圧計の変化を見ると、東日本大震災により3mも隆起した海底は、その後8ヶ月をかけて40cmほど沈降している。
この潮が引くような沈降を調べることにより、知られざるアスペリティを新たに発見することもできる。なぜなら、もしアスペリティが隠れている場合、その場所が沈み込むことはないからだ。
東北沖のアスペリティは、こうした地道な活動によって1,000以上も特定さてきたのである。これは日本を取り囲む海域では、大変研究の進んでいるエリアである。
一方、西日本の南海トラフなどは、まだまだ未知の部分が多いという。
なぜなら、この地域ではマグニチュード8クラスの巨大地震は起きるのだが、それより小さい地震がほとんど起きない。そのため、アスペリティが顔を出してくれることがあまりないのである。
◎経験値
地震の根源となるアスペリティ。
しかし、その存在は地震が起こるか、もしくは起こった後の変化を見ることでしか明らかにすることはできない。いずれにせよ、動いてくれて、初めてその存在が判るのだ。
クジラも動いてくれなかったら、それを島と勘違いしてしまうかもしれない。
東日本大震災以降、東北沖に沈められた水圧計は、それまでの倍以上に増やされた。そして、その調査範囲は今までノーマークであったエリアにも拡大されている。
東日本大震災によって奪われたものも甚大であった反面、その教訓は確かに活かされつつもある。そして強化されつつもある。
地震の予知が困難なのは、実験室で地震を起こせないためでもある。ただただ実際の地震を詳しく観察して、経験を積んでいくしかないのである。
不幸な大震災の解析は、確実に後世のためとなる。
過去に想定外とされた巨大地震は、すでに未来の想定内となっている。
われわれの涙は必ず、のちの世代の笑顔となるはずである。われわれは確実に前へと進んでいるのだから…。
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出典:サイエンス・ゼロ
「最新報告! 明らかになった巨大地震の全貌」

