2012年07月04日

目には見えない「うるう秒」の世界


「インターネットに大混乱を引き起こすには、ほんの『一秒』あれば十分だ」

ニュース記事に、こんな文句が踊っていた。ここで言う「一秒」というのは「うるう秒」のことである。今月(7月)1日、およそ4年振りに1秒が追加されたのだ(前回実施は2008年12月末日)。





◎ノドを詰まらせたJava


一般人にとって、1日の長さが1秒伸びようが縮もうが、さして問題はあるまい。なにせ1日は8万6400秒もあるのだから…。言われない限りは気付くわけがない。

ところが、コンピューターの世界となると、そんなアバウトなことは言っていられない。「たかが一秒、されど一秒」、この"うるう秒"一秒のせいで、インターネット上のシステムが各所でクラッシュしてしまったのだ。



コンピューター向けの時刻は、NTP(Network Time Protocol)によって提供されているのだが、一部のシステムは、1秒追加された場合の対処に「失敗」してしまった。より具体的には、Javaというプログラムがバグ(不具合)を起こしたのである。

障害を起こした「Mozilla(ブラウザFirefox)」はバグ・レポートの中で、「Javaがうるう秒でノドを詰まらせている」と報告している。Mozillaの他にも、au、mixi、Gawker、StumbleUpon、Yelp、foursquare、LinkedInなど、世界中の様々なネットサービスで障害が発生している。





◎世界に存在する「2つの時間」


ところで、うるう秒とは何を調整したのだろう?

じつは世界には2つの時計があり、うるう秒はその両者のズレを補正したのである。

2つのうちの一つは、太古の昔からある日時計のようなもので、お天道様の動きを見て時間が決まる。そしてもう一つは、20世紀に発明された原子の動きを元にした原子レベルの時計(原子時計)である。





◎揺らぐ地球


これら2つの時計に「差」が生じるのは、地球の動きと原子の動きにズレがあるためである。

より正確なのは原子の方で、高精度なものは「70億年に一秒」しか狂わない。ところが、地球の方はといえば「毎日」狂う。月に引っ張られたり、地震で揺らされたり…、地球の自転速度は一定ではないのである(月に引っ張られれば遅くなり、大地震で速くなる)。もっとも、それは1秒以下の狂いではあるが、何年も経つと何秒も狂ってくる。





長らく人類はこのわずかな「揺らぎ」に気付かなかったわけだが、地球と違って外部の影響を受けにくい原子の動きに照らし合わせてみたら、およそ2年に1秒くらいは地球が遅くなっていることに気付いたのである。

正式に原子時計が用いられるようになった1958年以降、今回のうるう秒を含めて25回、つまりこの55年間で25秒が追加されている。言い換えれば、ここ55年間で地球の自転は「25秒遅くなった」のである。



◎原子時計のセシウム


恐ろしいほどの精度を誇る原子時計、その心臓部には「セシウム」の原子が使われている。

お気づきの通り、セシウムといえば放射能汚染の代表格であるが、原子時計に用いられるセシウムとそれは同じであって同じでない「同位体」と呼ばれる関係である(セシウムにはなんと39もの同位体が存在する)。





放射能汚染のセシウムは「137」というタイプで、天然には全くといっていいほど存在しない。これは人間がウランを人為的に分裂させた時にのみ生み出される怪物である。

一方、原子時計に用いられるセシウムは「133」というタイプで、これは唯一にして生粋の天然物である。



セシウムを用いた原子時計は、その類マレな正確さを買われて、1968年以降、正式に「秒単位」の基準となった。

現在の1秒の定義は、セシウム133の超微細な動きを計測し、それを「91億9263万1770倍」したものである。意味不明な数字であるが、その精度が10桁以上であり、十億単位の正確さであろうことが何となくわかる。



さらに完全を期すために、世界中にある300台以上の原子時計の平均が、公式な国際原子時(TAI)となる。

なぜ平均を算出しなければならないかと言うと、セシウム133の動きがどれほど正確であろうとも、その動きを計測する環境にはごくわずかなブレが生じるためである。理想的な観測環境は「絶対零度、止まった原子、外部から電磁波などが全くない」という状況なのだが、それは事実上、現実にはありえないのである。





◎絶対的な時間と相対的な時間


超微細な原子時計が示す一秒は、ほぼ「絶対的」とも言える値であるのに対して、太陽と地球の関係から求められる一秒は、おおよそ「相対的」なものである。

原子時計はセシウム133という小さな小さな動きを何十億倍にも巨大化させたものであるのに対して、太陽による一秒は1日を12で割って(時)、60で割って(分)、また60で割って(秒)、どんどんと小さくしていったものである。

このように両者のアプローチはまったく逆方向なのであり、それは一つのトンネルを山の両端から掘り進めて、山の真ん中でピッタリ合わせようとするようなものである。当然、寸分違わず両者が出会うということは難しいこととなる。



◎理想と現実


「理想的な一秒」を示す原子時計と、厳しい現実にさらされた「現場の一秒」を示す太陽。その理想と現実のギャップを埋めるのが「うるう秒」なのである。

その差は、今まで「0.8秒」以上になったことはなく、地球がそれ以上にズレようとしたときに、すかさず「うるう秒」が巧みなフォローをみせてきたのである。



現実に生きる人間にとって、一秒の調整などわけがない。そもそも、そんな違いに気付きもしない。しかし、崇高な理想の元に構築されたコンピューターの世界では、このたった一秒の違いが命取りともなりうる(理想的に対処しなければ…)。

世界はグローバル化して拡大する一方で、原子単位にまで微細化もしている。たった一秒で世界が混乱をきたすのは、そのことを如実に示しているとも言えるだろう。



◎微細化する世界


昔々、日本の暦などもそうであるが、暦のズレは「月単位」であり、うるう月などが用いられていた。

「うるう」を漢字で書けば「閏」となり、この文字は「王が門の中に閉じこもっている様」を示す。というのも、うるう月の一ヶ月間、王の仕事はお休みになったからである。





時代が変わり、暦も変わった現在、「うるう月」に代わり、4年に一度のうるう年に1日(2月29日)だけ一年が伸びる。つまり、月単位の調整が「日単位」にまで短縮されたのである。

そして原子時計の登場以降、それまでは気付きもしなかった「秒単位」の調整までが求められるようになった。



かつての王は一ヶ月も養生できたのに対して、現在の王様は一秒も休めない。暦がズレている間、ノンキに休んでなどいたら、逆に大変なことになってしまうのだ。

お天道様を見ながら、その動きに合わせて大らかに暮らしていた時代は、遠い昔の話。今は目にも見えない原子の動きに合わせて生きなければならないほど窮屈なのだ。



◎もう、後戻りはできない


知れば知るほど、面倒くさくなっていくのもまた皮肉な話である。人間の体感できる時間単位は、それほど変わっていないにも関わらず…。

この面倒臭さに辟易した人々は、うるう秒の「廃止論」を叫ぶ。

しかし、現在の精密機器はもはや一秒の狂いも許容しない。その設計は誤差が一秒以内という前提の元になされているのである。そんなコンピューターに大きく寄りかかっている人類は、もう後戻りはできないのである。



ひょっとしたら、今の「秒単位の世界」はまだアバウトなのかもしれない。

もっともっと世界が微細化していけば、「コンマうるう秒」、「ナノうるう」などもお目見えするかも知れない。

いったいこの世界は今後どれほど「正確」になっていくのだろうか? 人間の正確さは「うるう月」の頃から何ら変わらぬままに…。幸か不幸か、今後の地球はますます遅くなり、来世紀にかけては年2回のうるう秒も珍しくなくなるのだとか…。






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posted by 四代目 at 08:26| Comment(0) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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