2012年06月16日

世界の「農地」は奪い合うしかないのだろうか。


ヨーロッパとロシアの狭間に位置する「ウクライナ」という国家は、ポーランド王国の支配下に置かれた16世紀以来、「ヨーロッパの穀倉地帯」とされてきた。

ウクライナの国土のほとんどは、平原や草原、高原といった比較的ゆるやかな地形であり、山脈というほどの山脈は少ない(最高峰ですら2000m程度)。

また、国土のほぼ中央を両断して黒海へと注ぐドニエプル川、ルーマニアの国境ともなっているドナウ川のデルタ地帯など、肥沃な大地の生まれる条件が十分にそろっている。



しかしながら、ウクライナが1922年にソビエト連邦の一員となってからは、不幸な出来事が相次いだ。

まずは、ソ連による稚拙な「農業の集団化」政策が、ウクライナに2度の大飢饉を引き起こし、400万から1000万もの人々が亡くなっている(1932年の大飢饉は、ジェノサイドであると正式認定された)。



肥沃な大地を有しているはずのウクライナではあったが、ソ連邦時代の農民たちは収穫の大部分を搾取され続け、1970年代までは社会保障すら受けられずにいたのである。

そして、悪名高きチェルノブイリの原発事故(1986)。30年以上たってなお、この傷跡は未だ癒えることがないのは周知のことであろう。



ウクライナを襲った悲劇は、「人為」による悲しい歴史である。

しかし、それでもその大地が肥沃であることに変わりはなかった。黒土と呼ばれる芳醇な農地の生産力は極めて高く、今なおウクライナは世界有数の穀倉地帯であり続けているのである。

小麦やトウモロコシの畑がどこまでも続くウクライナの大地、さらに未開発の土地もまだまだ豊富にあるのだという。

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歴史上、数々の争奪戦を引き起こしたウクライナの黒土。

21世紀に入ってなお、その争奪戦は手を変え品を変え、盛んに繰り広げられている。

かつてはヤリや戦車で奪い合ったその肥沃な大地であるが、今では「お金」さえ払えば、ウクライナの人々は喜んでその土地を提供してくれる。



スウェーデン企業のアルプコットアグロ社は、ある村の村長に「村ごと農地を借り上げたいのだが…」と申し入れた。

すると村長、「それは大歓迎だ。お金さえ十分に払ってくれれば、いくらでも農地を貸しますよ。農場主たちは、金融危機のあと、不況で困っているのですから」



セルビア企業のアグロインベスト・ウクライン社も同様に、ウクライナでトウモロコシの大量生産を開始している。

「わが社はあと一年で、さらに10万ヘクタールの土地を手に入れます」

※10万ヘクタールといえば、日本の県庁所在地の面積トップ3に入るほど広大である。



そんな外国人の入り乱れるウクライナの農地。

そこに一人、日本人の姿もあった。青森県で日本最大の農場を経営していたという「木村慎一」氏は、5年前、世界規模の農業にチャレンジするため、ウクライナの土地にやって来ていた。

「ウクライナは天国のようなところです。われわれ日本人からみれば、もの凄く広く、土地が大変肥沃です」

若き日の木村氏が青森で開拓した「黄金崎農場」は、本人が地獄とも呼ぶほどに条件の悪い耕作放棄地ばかりだったのだ。それでも彼は30年かけて、その農場を450ヘクタールという日本最大規模に育て上げたのだった。

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現在、木村氏はウクライナに50ヘクタールの農地を借りて、大豆を栽培している。

ちなみに、日本の農家一戸あたりの農地面積は「2ヘクタール」にすぎない。それに対して、木村氏の経営する50ヘクタールという面積は、日本平均の25倍である。しかしそれでも、欧州各国では平均的な広さなのである(ドイツ45ha、フランス55ha、イギリス59ha)。



木村氏は農地をさらに20倍に増やそうと考えていた。現在土地を借りているウラジーミル氏から、今の20倍の1000ヘクタールの土地を貸そうと持ちかけられていたのである。

是非ともそうしたい、しかし資金の問題が…。個人の規模を越えるには、それなりのバックアップも必要となってっくるのである。



ウラジーミル氏は、木村さんを急かす。

「種まきの時が迫っています。木村さんが借りないのなら、すぐにロシアやフランス、オランダが来ますよ」



いまや、世界は国家をあげた農地争奪戦の様相を呈している。

世界各国は食糧の確保を、軍事やエネルギーと同等の「国家の安全保障」の柱と捉えて、長期的な戦略を練って、世界の国々へと歩を進めているのである。

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その明らかなキッカケとなったのは、2008年の世界食糧危機。

干ばつなどの自然災害により世界の穀物生産は激減し、そこに原油価格の上昇が拍車をかけた。その結果、食料価格は暴騰(2006年比で、米217%、小麦136%、トウモロコシ125%上昇)。

時はリーマンショックによる金融危機の渦中でもあり、先進各国の政府は量的緩和という名の下に大量に紙幣を増刷。それが途上国の物価上昇の炎を煽り上げ、アラブ世界では「アラブの春」を呼び込む革命にまで発展することにつながった。



現在70億人の世界人口は、今世紀半ばの2050年までには、90億人に達すると推測されている。

地球上の全人口を食わせるためには、現在の1.5倍程度の食糧増産が不可欠とされているが、そのためにはどう考えても25%の不足が生じるとも言われている。

すなわち、現在の延長線上にあるのは、明らかな食糧不足であり、その確保は国家の急務なのでもある。

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そうした将来への不安は、ウクライナの黒土(チェルノーゼム)をより黒々と魅力的に見せることになる。

国家は長期的な安全保障のために、企業はビジネス・チャンスのために、せわしなくウクライナを行き来して農地の獲得を図っているのである。




ウクライナがロシアの西の端であるとすれば、その東の端の「ロシア沿海地方」も、農地ハンターたちにとっては格好の狩り場である。シベリア鉄道の沿線に広がる大地は、いまや垂涎の的である。

先見の明のあった実業家「マーチン・テート」氏は人に先んじて、この地にツバをつけて回っていた。マーチン氏は一軒一軒の農家の戸を丹念に叩いて回り、800人を超える農家から8000ヘクタールを超える農地を買い集めていたのである。

実業家である彼の目的は明白である。買い集めた土地の権利を外国企業に売却して、儲けを出すのである。

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マーチン氏のぶら下げたエサに真っ先に食いついたのは、意外にも日本であった(日露戦争以来宿縁のこの地は、日本人を魅了してやまぬのであろうか)。

日本の商社や農業関係者は、ロシア沿海地方で大豆を生産して味噌や醤油にしようと計画していたのだという(2009)。



ところが、ここに強力なライバルが出現する。それはお隣り「韓国」の大財閥。

世界最大の造船会社である「現代重工業」は、食糧危機をチャンスと捉えて、その舳先を海外農業へと向けていたのである。



結果は、あっさり韓国に軍配が上がった。

現代重工業がこのプロジェクトに投資した金額は6億円。マーチン氏がその足で集めたエサは、思わぬ大魚を釣り上げたことになる。



企業だけの強さを比べるのであれば、日本の商社も韓国に引けをとるものではない。しかし、韓国企業の強さは、その背中が国家に押されていることにある。

韓国の国家戦略は明確である。「2030年までに穀物の4分の1を海外農場で確保する」。そして、最終的には韓国国内と同じ広さの農地を海外に保有する計画である。



2008年の世界食糧危機の際、韓国が受けたダメージは日本の比ではなかった。小麦や大豆の価格は2倍にも3倍にも跳ね上がったのだ。

この苦い教訓があって、韓国が食糧確保へ抱く危機感は、日本よりもはるかに強い。2008年の食糧危機の最中、韓国の李明博大統領は専用機の中から、緊急に国家戦略を発表したのである。

「海外の農地獲得を、国が後押しする」という国家戦略を。



日本よりも国土の狭い韓国は、食料生産のバッファゾーンが狭い。「韓国国内では、すでに農地を広げるのが難しいのです」

ロシア沿海地方に進出する韓国企業は、現代重工業を筆頭に他7社。携帯電話の部品メーカーという異業種からも参戦している企業もある。そのアロ社は、破綻したロシア企業の広大な農地を従業員ごと買い上げている。

それは、海外の農地獲得のために、韓国政府が低金利で毎年16億円の予算を割いてくれているからでもあり、韓国・ロシア両首脳間の合意があるからでもある。



日本とて韓国同様、食糧自給率は30%程度であるが、食糧確保に本腰を入れているとは言い難い。国家戦略は不明瞭なままであり、予算もまったく不十分な状態である。

「官民一体」という言葉を韓国が吐くと実に力強く響くが、それが日本の政治家の口から出ると、綿菓子のようにフワフワと儚く消えてしまう。



ウクライナでの食料生産に孤軍奮闘する木村氏は、資金確保のために日本に一時帰国し、外務省と農水省が中心となって発足させた食糧安全保障チームの会議に参加した。

その席で、木村氏は力説する。

「日本も国を挙げて進出を急がないと、手遅れになってしまいます。

食糧自給率が100%のインドでさえも、将来の食糧不足に備えてウクライナに進出して来ているのです。日本でも、我もやりたい、我も続きたいと思わせるような仕組みを考えていただきたいのです。」

外国勢による農地の争奪戦の渦中にある木村氏は、その現実をイヤというほど肌身に感じていたのである。



日本では予算による政府の裏付けがないために、大手商社も農業の海外進出には消極的である。

農業の収穫は天候に大きく左右されるリスクもあれば、途上国には現地の腐敗体質というリスクもある。それらのリスクを政府がフォローする枠組みなしには、あまり動きたくないのである。




日本政府が本腰を入れられないのは、農業の海外進出に対して、国内の反対意見が根強いからでもある。

「まずは国内生産による自給率の向上が先決である」との声が大きく、海外進出は将来的に国内農業の衰退を招くと懸念している人々が多いのである。



結局、木村氏は失意だけを胸にウクライナへ戻ることとなった。政府の支援も企業の援助も得られたかったのだ。

期待して待っていたウクライナの農家の人々は、とんだ肩すかしを食らった形だ。「日本に農地を貸せば、ひと儲けできると思ったのに…」。彼らの失意は怒りにも変わった。「今すぐサインできるんだぞ!1500kmも遠くから来たのにガッカリだ…」

結局、その広大な農地はセルビアの企業に売られていくこととなった…。




日本の海外進出はかくも穏やかであり、韓国のそれはかくも猛烈である。日韓両国の行動はかくも両極端なのである。

どちらかといえば、世界の国々は韓国のように貪欲であり、日本のようにお行儀が良いわけではない。



中東の産油国などは、原油価格の高い今のうちに、オイルマネーの力で世界の限られた農地を手に入れようとしている。時には武装した傭兵で、農地を守らなければならない。

そのため、世界を舞台に繰り広げられる無闇な国盗り合戦は、途上国に新たな問題を巻き起こす結果ともなっている。



アフリカでは、言うなれば毎日が食糧危機である。

飢餓に苦しむ人々は3億人(全人口の3割)とも言われいるのに、なぜたまに食糧危機と騒ぐ他国に農地をやらねばならぬのか?




アフリカでも貧しい国の一つ、タンザニアでは、すべての土地が「国有地」である。そのため、土地の売買契約は政府のサジ加減で決まってしまう。当然、土地売買を巡る袖の下はふくらむ一方だ。

ある村は、地元政府の独断により、村の土地1万ヘクタールが外国企業に貸し出されてしまった。



それまでそこに暮らしていた村人たちには寝耳に水。突然、立ち退き通知が送りつけられ、家も土地も畑の作物までも、すべて引き渡すように命じられたのだ。

途方に暮れる村人たち。その数1万人。彼らにはどこにも行く当てがない…。

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こうした火の粉は、それまで平穏であった国をも猛火に包み込む。

まことに穏やかであったマダガスカルの国が、暴動により政権交代が起こったのは、韓国による農地獲得が原因だった。

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その韓国企業の計画によれば、マダガスカルの農地全体のおよそ半分もの広大な農地を、99年間借り受けるという途方もないものであったのだ。

マダガスカルの国民の激怒によって、幸いにも時の政権は倒れ、韓国企業の計画は頓挫した。しかし、今度はインド企業の触手が…。



こうした土地売買を巡る汚職、現地住民の強制退去は、農地争奪戦に引きも切らない。

お金のある企業が、力のある国家が、波のように打ち寄せてくるのであるから。



そんな魑魅魍魎のうごめく世界にあって、ウクライナの木村氏は孤立無援である。

2008年の食糧危機の際には、木村氏の育てた大豆に日本から取り次ぎが相次いだというのに、食糧が余りぎみになった今、「喉元すぎれば熱さ忘れる」。

企業からも国からも見放された木村氏は嘆息する。「日本の悪いクセです…」。




一方、ロシア沿海地方を首尾良くおさえた猛烈な韓国企業は、フィリピンでもモンゴルでも農地を獲得。次はアフリカである。

ゴールド・ラッシュならぬ、ランド(土地)・ラッシュは、世界の新たな争いの形態であり、その火の粉は土地の農家を潤すこともあれば、故なく悲しませることもある。

戦争という形態よりはマシなのかもしれないが、その「奪い合い」という本質はなんら変わるところがない。



不足したら、奪い合うしかないのだろうか?

この世界には、シェアすることにより、1足す1が2以上になるということはないのだろうか。

「奪い合えば足りず、分かち合えば余る」という相田みつを氏の言葉は、言葉だけの世界なのであろうか…。





ランドラッシュ
―激化する世界農地争奪戦




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出典:NHKスペシャル「ランドラッシュ〜世界農地争奪戦〜」
posted by 四代目 at 13:10| Comment(0) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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