その理由は単純だ。この小さな町「ウイリストン」には、大量の『仕事』が溢れているのだ。
慢性疾患のような失業率の高止まりに頭を抱えるアメリカにあって、このノースダコタ州の田舎町に限って、失業率は1%を切っている。
※全米平均の失業率8.1%に対して、ノースダコタ州の失業率は3.7%。
おまけに、その給料は『高額』だ。労働者レベルの平均年収は8万ドル(640万円)。重要な仕事となれば、年収は15万ドル(1,200万円)を超えていく。

その仕事とは?
シェール・オイルと呼ばれる、新しいタイプの『石油堀り』である。
かつて、この町(ウイリストン)は石油に沸いた時代があった。1951年に始まった掘削は、町に一大ブームを巻き起こしたことがあったのだ。
しかし、悲しいかな。年々、産油量は低下の一途をたどり、ついには「石油の墓場」とまで呼ばれるほど、意気消沈してしまっていた。
そこにフラリと現れた一人の男。
何やらセッセと調査を続けるうちに、その男の表情は喜色に満ちてくる。
彼の狙い通り、石油の墓場と言われて人々が見向きもしなくなっていたこの地に、大量のシェール・オイルが眠っていることを確信したのだ。
彼の調査を元にした報告書は1999年に公表された。
「2つの黒いシェール層には、これまでと違う石油が眠っており、その埋蔵量は世界で最も豊富である」
それからである。かつては廃れた石油の町が息を吹き返したのは。

「シェール」というのは「頁岩」という硬い硬い地層のことである。
この岩盤の中に大量の石油が閉じ込められていることは、昔から知られていた事実であったが、従来の技術では、その石油を取り出すことは不可能であった。
シェールは元々「泥」であったため、その粒子は大変に細かく、内部に無数の穴を生じさせているのだが、そこに閉じ込められた石油は、細かく細かく広範囲に散っている。
従来の石油掘削は、ひたすら垂直に掘り進み、鉱脈に当たれば抽出できるというものであり、シェールの内部に細かく散った石油を回収できるようなタイプではなかった。
その不可能を可能にしたのが、アメリカの技術力であった。
その新方式を使えば、地下3000メートルを『垂直』に掘り進み、シェール層に行き当たったら、今度はその層に対して『水平』にさらに3000メートル掘り進んでいくことができる。
ウイリストンにあるバッケン油田のシェール層は、2層になっており、その間には比較的柔らかい石灰岩や砂岩が挟まっていた。
たとえるならば、クリーム・ビスケットのように、上下に硬いシェール層、その間には柔らかい地層があったのだ。

クリームの中を掘り進むように、水平に3000メートルの横穴を開け終わったら、今度はその横穴に「特殊な混合液」を高圧力で流し込む。
すると、その高圧力に耐えきれなくなったシェール層は、無数のヒビ割れを起こすのだ(フラッキング)。
※頁岩(シェール)の「頁」はページという意味であり、圧力をかけられたシェール層は、本のページのようにペラペラと薄く剥がれていく。

あとは、そのヒビ割れから滲み出す石油を、ストローで吸うように吸い上げれば、広範囲に散ったシェール・オイルを効率よく回収することができる。
ちなみに、シェール層から採れる石油は比重が軽く、良質であることが多いようだ。
ウイリストン周辺の地層に「当たり外れ」はない。掘れば必ずシェール層に突き当たるのだ。
一本の穴を掘るのに1,000万ドル(8億円)必要だというのだが、「はずれ」がないのならば安心して掘れる。
しかも、縦ではなく、横に掘り進むために、従来の縦型であれば、30本(100mごとに一本)掘らなければならなかった範囲が、たった一本でカバーできてしまう。
「石油の墓場」と言われた頃のバッケン油田は、日量3,000バレルまで落ち込んで、枯渇寸前だったのだが、シェール層を掘れるようになった今、日量40万バレルにまで急拡大している。
しかも、倍々で掘削穴が増えており、「黒いゴールドラッシュ」と称えられ、もてはやされている。
シェール・オイルが呼び込むのは、職に飢えた労働者ばかりではない。欲に飢えた投資家たちのマネーも然り。
「15年以上もこの業界を見てきたが、これだけの活気は初めてだ。小さな石油会社に投資しても、一気に成長して何倍もの利益になるのだから」
これにはオバマ大統領も「大喜び」だ。
「最高の宝が、『裏庭』にあった」
ゆるやかな下り坂を滑り落ちそうな超大国・アメリカ。その復活のカギは「裏庭」にあったのだ。
シェール層から石油やガスを取り出す最新技術はアメリカ固有のノウハウであり、本国の資源埋蔵量もさることながら、そのノウハウを世界中に売ることが今後期待されているのだ。
シェール層を破砕する最大の秘密は、掘削した横穴に送り込む「混合液」にある。
何種類かの化学薬品にセラミックや砂が混ぜられているというその液体は「企業秘密」であり、「国家機密」でもある。
と、ここで問われるのは、その「謎の液体」の安全性である。
一部の掘削地域では、水道水にメタンガスが混入して、「水道水に火がつく」といって大騒ぎになった。

ある牧場主は、掘削地を提供したおかげで、毎月5,000ドル(40万円)の賃貸料を得られることになったが、牧場の一部に「塩」が吹き出した。
牧場主は底知れぬ不安を感じている。「いったい地下3,000mで、何が行われているのか?
自分で水質検査をしたいのだが、どんな薬品が使われているのか分からないから、すべての項目で検査せざるを得ない。そうすると、数千ドル(数十万円)もかかってしまう」
ある時、牧場主は「地震か?」と色めいた。
しかし、それは地震ではなく、シェール油田の「フラッキング(岩盤破砕)」であった。
「フラッキングをやる時は、一帯が通行止めになるから、すぐ分かるんだ」
「水質汚染」に「岩盤破壊」。
住民たちにとって、好ましからざる現象もシェール・ブームには付いて回るようである。

一つ残念なのは、アメリカで大量にシェール・オイルが採掘されても、「ガソリンは安くならない」。
なぜなら、その採掘コストが、従来方式の10倍以上もかかってしまうからだ(従来型が1バレル5ドルに対して、新型は70〜80ドル)。
つまり、石油の枯渇する恐怖からは開放されたものの、「安い石油」の時代は確実に終わりを迎えつつあるのである。
技術革新と環境問題は、背中とお腹のようなジレンマを抱えることがあるが、シェール問題もまさにそれと似た状況にある。
それでも、アメリカは「背に腹はかえられない」。シェールという「クモの糸」に是が非でもすがりたい。
活況に沸くウイリストンは、その縮図でもある。
一度は死んだ町が、シェールのおかげで再び水面に浮上できたのだ。
市長のワード・コーサー氏は、こうつぶやいた。「環境問題で介入されるのが、一番の懸念だ…」。
穴を掘りまくる人々は、がぜん強気である。
「原油高が続く限り、ドンドン掘っていく。
このチャンスを逃すわけにはいかないんだ。今年は70本、ここ5年で400本を掘る計画だ」
高額報酬にフトコロの温かい労働者たちは、こんな歌を口ずさんでいる。
♪つべこべ言わずに、掘ればいい〜
♪どんどん、どんどん掘ってくれ〜
♪俺たちの生きる場所は、他にないんだ〜
関連記事:
「火のつく水」は、シェールガス汚染の象徴。アメリカの飲料水を汚染する資源開発。
石油になり損ねた資源たち。二酸化炭素と生物による堂々巡りの物語。
不遇なカナダ原住民。タールサンド採掘の静かな悲劇。
出典:ドキュメンタリーWAVE
「シェールオイルを掘りおこせ〜新たな石油鉱床の衝撃」