「風レンズ」というのは、未来の「風力発電」なのだという。
「風レンズ」とは、プロペラの周りを覆う「輪っか」のこと。その様は、扇風機のごとし。

この「輪っか(風レンズ)」があるとないとでは、大違い。
輪っか(風レンズ)のある方が、発電力が「3倍」になるのだという。
というのも、この輪っかが風速を最大1.5倍にまでアップさせるからである(発電量は風速の3乗に比例する)。
なぜ、風力がアップするのか?
それは、「入口が狭く、出口が広い」輪っかを風が通り抜ける際、風が出口で「渦(うず)」を巻くからである。
渦(うず)が流れを加速させるのは、お風呂の水を抜いた時、水が渦を巻いて勢いよく引きこまれていく様を思い浮かべれば、容易に想像できる。
風の渦でよく知られるのは、「台風」であろう。台風というのは、風が渦を巻いて「気圧が下がった状態」である。
それと同様に、風が輪っか(風レンズ)を吹き抜けた後にできる多数の渦は、風下の気圧を下げる。そして、その結果できる低気圧が、風上の風を強烈に吸い込むのである。

じつは、「風の渦」は建造物にとっては「厄介者」だった。
風が渦を巻けば、その風力が増すために、想定以上の負荷が建造物にかかってしまうからである。
そのため、「いかに、風の渦を作らないように設計するか」というのが重要な課題であり、それは「渦との戦い」なのである。
ところが、未来の風力発電ともいわれる「風レンズ」は、敵であった風の渦をスッカリ「味方」に変えてしまった。
従来とは全く逆の発想で、「いかに、風の渦を作るか」が大きな焦点となったのである。
試行錯誤の末、風上を狭く、風下を広く、そして、風下側には「つば」が取り付けられた。その成果が、風力を1.5倍に増幅させるという「風レンズ」なのである。
この風レンズは風力をアップさせると同時に、様々な好ましい波及効果をも生んだ。
何よりも「音が静かになった」。
従来の風力発電はといえば、耳障りな「風切り音」が周辺住民を悩ませていた。この風切り音の正体は、プロペラの先端部分にできる「風の渦」である(この渦は敵)。
ところが、プロペラの周囲に風レンズを取り付けたら、プロペラの先端にできるはずの渦がキレイに消えてしまったのだ。
その結果、風レンズで覆われたプロペラの騒音(風切り音)は極端に静かになった(むしろ自動車の騒音のほうが大きく聞こえるぐらいである)。
また、鳥たちにも優しくなった。
従来の「むき出しのプロペラ」は、空を飛ぶ鳥たちにとっては殺人(殺鳥)マシーンであった(これまで如何ほどの命が奪われてきたことか…)。
風レンズの取り付けられたプロペラは、視認性が高い。そのお陰で、鳥たちが誤ってプロペラに突っ込んだという不幸な例(バード・ストライク)は、まだ報告されていないという。
風レンズ風車は鳥を殺すものではなく、むしろ止まり木として、「休息の場」を与えているのである。
鳥たちだけではなく、人間たちにも風レンズは安心感を与えてくれる。
輪っかで覆われたプロペラは、どことなく安全な感じがするので、子供の遊ぶ公園などに設置されていたとしても、いらぬ不安を抱くことがない。
静か、そして安全。さらに小型化も可能ということで、住宅街への設置事例も増えているのだという。
風レンズ風車の高さは13m程度であるため、建築基準法の「適用外」であり、その低さから強風時の被害も受けにくいとされている。
肝心の発電能力はどうだろう?
プロペラが回り出す風速は「3m/秒」から。風速3mという風は「軟風(Gentle Breeze)」と呼ばれる風で、木ノ葉や小枝が揺れ動く程度の風である。
その軟風でさえ、風レンズ風車一基あたり年間1,260kWの発電量が見込める。
ちなみに、1世帯あたりの年間電力使用量(平均)は、およそ3,400kW。弱い風であれ、風レンズ風車が3基もあれば賄える計算になる。
風レンズ風車は家庭用の独立電源として期待される一方、日本全土の発電を一手に担えるほどの可能性をも秘めている。
海に浮かぶ島である日本列島は「風の宝庫」であり、もし日本上空の全ての風を電力に変えることができれば、その発電量は19億kWとも言われている。
現在の日本が発電している発電量が2.8億kWということを考えれば、日本の風の6分の1を電力に変えるだけで、日本全土の電力を風力で賄うということが可能となる。
特に期待されているのは「海の風」である。
陸から離れて少し沖合いに出れば、その風は1〜2mは強くなる。この1〜2mの差は、年間を通すと、発電量に倍ほどの違いをもたらすとのことだ。
洋上に浮かべられた風レンズ風車は、現在着々とデータを蓄積しており、今後の大規模な実用化へ向けた地歩を固めつつある。
六角形をした風レンズ風車の土台は、お互いに連結が可能であり、大規模化・大量生産に最も適した形なのだという(三国志風に言えば、連環の計といったところか)。

海上での計画を進めることには、大きな意味がある。
なぜなら、日本は世界第6位という巨大な海(排他的経済水域・EEZ)を持つのである。
日本の海(排他的経済水域)の面積は447万平方kmもあり、国土(陸地)の12倍もの広大さだ(海の面積だけならば、大国・中国の5倍以上)。
現在の日本は、尖閣諸島や竹島、北方領土などで、周辺諸国との国境問題を抱えているわけだが、かつての日本は、今以上に「したたか」であった。
アジア諸国でいち早く文明開化を迎えた日本は、周辺諸国が国際法に暗かった時代に、「無人島を探しては、自国の旗を立てていった」のである。
西は台湾のすぐ横、南はフィリピンの目前、東は太平洋の遥か沖合までといった具合だ。
最東端の「南鳥島」の面積は、「大きめのサッカー競技場」ほどしかないにも関わらず、その小島を中心とした排他的経済水域は膨大である。
この島は東京から1,800kmも離れていながらも「東京都」であり、南鳥島は日本の首都とされているほどに重要視されているのである。
最南端の「沖ノ鳥島」は、「ダブルベッド」ほどの面積しかなく、海上に顔を出す部分はわずか15cm程度。「岩」となれば領土と認められないが、日本は断固、「島」であると頑なである。
日本がそう頑迷になるのは、やはり、沖ノ鳥島の抱える排他的経済水域(EEZ)が異常に広いからに他ならない(沖ノ鳥島のEEZは40万平方kmであり、これだけで日本の国土面積を上回る)。
この岩のような島が水没せぬように、300億円の防波堤とチタニウムの金網が頑強に守りを固めているのである(やはり、この島も東京都)。
明治以降、日本はこうした海がらみの領土争いを完全に制したとも考えられる(現在残されている領土問題は、過去の大勝利から比べれば、さほどの大きさではないとも言える)。
日本にとっての海とは、他国がヨダレを垂らすほどに羨ましいものであり、彼らは皮肉を込めて、日本を「海の大富豪」と呼ぶのである。
そして、その大富豪が小さな小島(尖閣や竹島)にこだわることを猛烈に非難するのである。
話がそれたが、海を活用することは、日本の最大の長所を活かすことにもつながる。
そして、その一端を担うと期待されているのが、洋上の風レンズ風車による大規模発電構想なのである。

日本は資源を持たない国家とされているが、それは鉱物資源などの話である。
日本を取り巻く大自然に目を向ければ、その状況は一変。日本は「見えない自然エネルギー」の宝庫なのである。
日本がその膨大な「見えないエネルギー」を実用化していく時、名実ともに世界の大国とも成り得るのであろうし、化石燃料を中心とした世界の権力構造に大きな脅威を与えることになるのでもあろう。
出典:サイエンスZERO
「海の風を集めろ!実用化目指す新型風車」