2012年01月28日

なぜ、人間はこれほどまでにお節介なのか? 20万年を生き抜いた人類の知恵。

もし、目の前に1,000円札10枚(一万円)を置かれて、「好きなだけ取っていいですよ」と言われたら?

ただし、ここに一つの条件も示される。「お互い見ず知らずの相手がもう一人います。その相手にはいくらあげますか?」というのである。

もちろん、その知らない相手には一円もあげなくてもよく、自分で全部持って行ってしまっても、誰にもその結果は分からないことになっている。



世界中で行われたこの大実験。大都市から農村、先進国から途上国まで、考えられうるあらゆる状況下の人々を対象に行われた。

この実験結果は、実に興味深い。全く異なる生活環境下に置かれた世界中の人々が、「似たような行動」を取ったのだから…。



中には全額を自分の財布に入れてしまった人もいれば、全額を相手にあげてしまうという人もいた。それでも、平均化すれば少なくとも20%以上(1万円のうちの2千円以上)は、相手にあげるという結果が出た(見ず知らずの相手だというのに!)。

ちなみに、日本人は56%(5,600円)を自分のものとし、残りの44%(4,400円)を相手にあげるという行動を取った(平均値)。また、ニューヨーク(アメリカ)では47%を相手に差し出した。



この実験結果の示すところは、人間に「分かち合うという本能」が秘められている、ということである。

「分かち合う」という行動は、道義的なものというよりも「生存に不可欠な要素」であると考える研究者もいる。なぜなら、か弱き動物の一匹であった人間がここまで発展できたのは、「分かち合う」という行動が生命をつないできたからだと彼らは考えているからである。



協力し合って生命をつなぐのは、人間ばかりではない。チンパンジーだってそうだ。チンパンジーの協力を示した松沢哲郎博士(京大)の実験には、世界中の注目が集まった。

その実験では、別々の檻に入れられた2匹のチンパンジーが登場する。片方のチンパンジー(プチ)の檻の外には美味しそうな「ジュース」が置かれている。でも、手が届きそうで届かない。

もう一方のチンパンジー(マリ)の檻の中には「棒」がある。そのマリの棒を使えば、プチは檻の外にあるジュースを引き寄せることができる。

当然、マリの棒が欲しいプチは、「その棒くれよ」と手を伸ばす。マリは親切にも棒を手渡す。棒をもらえたプチは、その棒を使ってジュースを引き寄せ、めでたくジュースにありつけた。そして、プチは一人でゴクゴクとジュースを飲んでしまう(棒をくれたマリには、ジュースをあげなかった)。

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さて、問題はここからだ。

プチはマリの棒を使ってジュースを手に入れた。でも、マリにお返しはしなかった。では、次にプチがマリに棒を要求した時、マリは素直に棒を渡すのか?

意外にもマリはあっさり棒を手渡した。お返しがもらえないのを分かっているにも関わらず。



ただ、ここで注目すべきは、「要求されない限り、マリは棒を渡さない」ということだ。「くれよ」と言われれば渡すが、そう要求されない限りは、一向に「知らんぷり」なのだ。

この実験結果から見えてくるのは、チンパンジーの協力が積極的(自発的)なものではなく、消極的(受動的)であるということである。

対する人間は、時として「おせっかい」なほどに相手への協力を惜しまない動物であったりもする。



今度は、より「原始的な生物」の協力を見てみよう。

ここで登場するのは「粘菌」。粘菌とは腐った樹木などに生育するネバネバの菌であり、単純な細胞だけの生物である。当然、人間やチンパンジーのような脳ミソはない。

それでも、彼らは協力する。ただし、よほどに追い詰められない限りは協力しない。周辺にエサがなくなって、死にそうになった時にはじめて協力行動を起こすのだ。



エサがなくなり餓死寸前になると、個々バラバラだった粘菌はワラワラと集合し始め、巨大な一つの塊となる。

そして、その塊から塔のような構造物を上へ上へ次々と伸ばしていき、その先端に「胞子」を作る。その胞子を遠くへ飛ばして、新たなエサ場を求めようというのである。

普段はバラバラ、勝手気ままに行動する粘菌も、いざとなれば一致団結、自らの身を犠牲にしてまで、次世代の胞子(種)に期待を託すのだ。個体は異なれど、同じ「遺伝子」を残すためには協力を惜しまないのである。



単純な生物ほど、遺伝子の存続が重要な行動原理となる。

実際、異なる遺伝子を持つ粘菌2種類を混ぜて置いても、遺伝子が違う粘菌同士は一切協力しないのである。

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粘菌、チンパンジー、そして人間の協力行動を比べてみると、その度合いが明確に違うことに気づかされる。

最も原始的なのは粘菌の行動である。彼らは極限(死)まで追い詰められなければ協力し合わず、協力するのは同じ遺伝子同士に限られる。

チンパンジーの場合は、それほど追い詰められなくとも協力するものの、相手の気持ちを思いやって、先回りしてまで協力しようとは考えない。ただ、求められれば、遺伝子が異なろうとも協力的になったりする。

人間はよほどに特殊である。独り占めできるお金でさえ、見ず知らずの人に分け与えたり、相手が嫌がるほどお節介な協力を見せたりもする。当然、遺伝子の違いなどは全く問題にもならない。



人間は「協力する動物」だったから、生き残れたのだろうか?

人間ほど肉体的に軟弱な動物は、自然界では淘汰されて然るべき存在だったに違いない。しかし、それでも繁栄することができた。それは、お互いに助け合ったからなのだろうか?



古人類学者のカレン・ローゼンバーグ博士は、人間の「骨盤」の形状の変化が、人間たちに協力を余儀なくさせたと考えている。

チンパンジーなどと違って、人間の骨盤は「狭い」。それは、立ち上がって2足歩行を始めたために、骨盤の形状が変形し、小さくなってしまったのだという。



骨盤が狭くなった人間は「難産」になった。

赤ちゃんは骨盤の間を通って生まれてくるわけだが、骨盤の間が狭いために、人間の赤ちゃんは自分一人では出てこれない。生まれ出てくるのに、他者の協力が不可欠となってしまったのである。

さらに、狭い骨盤を通り抜けるために、小さく生まれるようにもなった。出産を協力してもらっても、頭が骨盤の隙間を通れなければ、生まれてくることはできないのだ。そのため、頭が大きく成長しすぎる前に生まれるようになった。

一説では、もう1ヶ月くらいは母親の胎内で育ってから生まれたほうが自然であるともいう。しかし、そこまでお腹の中で待ってしまうと、頭が大きく育ち過ぎて、狭い骨盤を通れなくなってしまうのだ。

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そんな理由からか、人間の赤ちゃんは早めに生まれるようになった。生育が十分でないまま生まれ出る人間の赤ちゃんは、か弱すぎて、放っておけば、すぐにでも死んでしまう。

こうして、人間は生まれながらにして、「助けてもらうこと」が宿命づけられたのである。



ある程度育ってからも気が抜けない。親たちは子供たちの行動を先回りして手を貸してやらなければならないこともシバシバである。

その結果が積み重なり、段々と人間の親たちは「おせっかい」にもなっていった。

時として必要以上に他者に協力的な人間は、こうして出来上がった。カレン・ローゼンバーク博士はそう考えている。



人間は2本の脚で立ち上がったが故に、自らの子供を弱くしてしまったというのは興味深い。

しかし、弱い子供がいたお陰で、助け合うという行為も自然に行われるようになり、その行為が巡り巡って、人類という種を繁栄させることにもつながったとも考えられる。

人類の弱い子供たちは、逆に種全体の総合力を高める結果にもなったのである。



人類が地球上に登場したのは20万年前と言われているが、7万年前ほどには「絶滅の危機」があったとも考えられている。

当時の人類はアフリカの大地に暮らしており、人口は2万人程度だったという。しかし、地球規模の気候変動により、数千人にまで激減してしまったというのだ。



その気候変動は、スマトラ島(インドネシア)のトバ火山の大噴火に端を発する。巨大噴火による凄まじい噴煙は、わずか10日間で地球上空を覆い尽くし、すっかり太陽の光を遮ってしまった。

光を失った地球は急速に寒冷化し、噴火の1〜2年後には平均気温が12℃も低下してしまったという。

もし、現在の気温が12℃も下がったら? 先日、東京で平年より3℃ほど低い氷点下1℃まで気温が低下して大混乱となっていたが、それが12℃も下がっていたら…?



アフリカで少しづつ数を増やしていた7万年前の人類は、寒冷化によりバタバタと死んでいったのだろう。そして、住む場所をも変えざるを得なくなった者も多かっただろう。

生死がかかれば単細胞の粘菌ですら協力を始める。いわんや、人間をや…。

2足歩行により積極的(自発的)な協力要素を育んでいた人類は、絶滅の淵に立たされ、さらにその要素を強化していったであろうことは想像に難くない。もし、減少する食物を巡って争うのみであったのならば、現在の我々は存在し得なかっただろう。



アフリカ大陸で地域をまたいだ交流が大噴火の後に起こったであろう痕跡は、「黒曜石」の分布となって現れている。

当時の黒曜石は、石器の材料ともなる貴重な資源であり、その成分を分析することで、その産地を特定することが可能となる。

大噴火「前」には10km四方でしか広がりを確認できなかったソナチ産の黒曜石は、大噴火「後」、70km四方(7倍)に拡散していることが明らかにされている。



広く移動した人類は、新たな土地で新たな人類とも顔を合わせたことだろう。そして、そこには縄張り争いも起こったかもしれない。

それでも、お互いが死滅するまで争うほど愚かではなかったのだろう。必ずどこかで、共存へと舵を切ったはずだ。



人間には「相手の気持ちを読む」という特異な能力もある。

生後間もない赤ちゃんですら、人間の表情というのは特別敏感に認識できる。単なる野菜の絵であっても、それが人間の顔っぽく見えれば、特別な反応を示すのだ。

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眼球から入る映像は、脳の視覚野で処理されるのだが、人間の表情の情報だけは「扁桃体」と呼ばれる部分へ送られて、特別な経路で処理されることも分かっている(視覚野が損傷して失明状態となっても、人間の表情だけは感じ取れたという実例もある)。



扁桃体というのは、感情を感じとる部位でもあり、とりわけ恐怖には敏感に反応する。

相手の表情が険しければ、扁桃体は過剰に反応して人間を警戒態勢に入らせる。一方、相手の笑顔を見れば、その警戒態勢は解除される。

脳の視覚野が失われて映像が認知できなくなっても、眼球が機能している限り、扁桃体が相手の表情を感じることができるのである(ブラインドサイト)。

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扁桃体の働きを考えれば、「笑顔」というのは人間にとって有用なツールともなり得る。

その実例が、イラクに侵攻したアメリカ軍に見られた。



その軍隊は戦闘行為のためではなく、「話し合い」のためにイラクの宗教指導者を訪れていた。

しかし、イラクの民衆たちは、そう考えなかった。武装したアメリカ軍を目にした民衆たちは一斉に戦慄し半狂乱。棒やら何やらを手にして、アメリカ軍に襲いかからんとする。「我々の指導者を奪われてなるものかっ!」と。

イラクの民衆とアメリカ軍は言葉も通じない。武装した異国の軍勢に立ち向かわんとするのは、イラクの民衆にとって本能的な行為でもあったであろう。



恐怖を感じたのは、逆にアメリカ軍の方だ。相手はパニック状態にあり、多勢に無勢でもある。

そこで下されたアメリカ軍司令官の命令とは…、「Everybody, Smile!(みんな、笑顔になれ!)」。

きっと、命令されたアメリカ軍の笑顔はそれほど気持ちの良いものではなかったはずである。歪んだ笑顔や苦笑であったかもしれない。それでも、その気持ちはイラクの民衆に伝わり、場の雰囲気は次第に和んでいった。こうして一触即発の状況が一変。ようやく話し合いという流れに持っていくことができたのだという。

「笑顔になれ」という的確な命令を出したその司令官は、89もの国々で従軍した経歴を持ち、言葉が通じなくとも、「笑顔は通じる」ということを肌で知っていた人物でもあった。

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2足歩行や笑顔といった人間に特徴的な行動や行為は、じつにうまく機能しているようだ。

2足歩行を選んだがゆえに、人間の子供は弱くなった。しかし、その弱さゆえに助け合うという道が拓けた。また、笑顔という簡単な合図により、お互いが協力し合えるのか否かを判定できるようにもなった。

笑顔を敏感に感じとる「扁桃体」という器官は、他者を助けるという行為とも密接に関連している。扁桃体を損傷したサルは、子育てを放棄し、攻撃的にまでなってしまうのだ。



もし、遺伝子を守るためだけに、または個体の死を回避するためだけにしか助け合えなかったとしたら、人間は人間たり得なかったかもしれない。

人間が人間たり得なかったのならば、このか弱き動物は何か大きな力の前にアッサリと屈していたに違いない。間違っても20万年もの長い歴史は築けなかったであろう。



そう思えば、頭が良いから人間が生き残れたと考えるのは早計にも感じる。

現代の人間社会においては、確かに頭が良い方が一人で生きて行けるのかもしれない。しかし、どんなに頭が良くても、裸のまま荒野や雪原の中を生き抜くことはできないであろう。

もはや人間はお互い様を頼らなければ、生存は不可能なのである。



戦後にアメリカで示された論文(1952)も興味深い。

その調査は、「親のいない幼児」を育てる施設で行われたもので、91人の赤ちゃんを調べたところ、3人に1人以上(37%)が2歳まで生きることができなかったという。

なぜ、それほど多くの赤ちゃんが生命を落としたのか?栄養と衛生環境は完璧であった。それでは、何が欠けていたのか?

ここで結論づけられたのは「lack of all connect(つながり感の欠如)」である。その施設では、幼児に対する「話しかけ」がほとんど行われておらず、幼児はいつも「一人ぼっち」だったのである。



人間たり得た人間が生きるのに必須のものは、もはや「パンや米」だけではないのだろう。

人間たり得る精神は、「ひとり」となることには耐え切れないのである。それは、一人ぼっちになった人間が生き抜くことができなかった人類の歴史が、人間をそうさせてしまったのかもしれない。

「無縁」という思いは、予想以上に人間を損ねてしまうものでもあったのだ。



もし、人間が人間たり得る精神を育む根源が、「弱い子供たちを育てる」ということにあるのだとしたら、我々の子育てに対する認識も変わらざるを得ない。それは、子供のみならず、人類全体の力を高めることにつながるのである。

拡大解釈すれば、弱き者たちは何も子供たちばかりに限らない。現代社会には無数の弱者がいるではないか。肉体的な弱者もいれば、精神的な弱者もいる。そして、経済的な弱者も存在する。



はたして、強き者のみが生き残る自由というのは、本当の自由と呼べるのであろうか?

弱き者たちを無下に切り捨ててゆくことは、自らの首を締めることにもつながりはしまいか?



どうやら、人間が助け合うという行為は、美徳のみにとどまらないようである。

「人間とは?」という問いは、最初にして最後の問いであるのかもしれない。




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出典:NHKスペシャル
ヒューマン なぜ人間になれたのか
 第1集 旅はアフリカからはじまった




posted by 四代目 at 07:31| Comment(0) | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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