2012年01月18日

健全に育てられる「イベリコ豚」。広大な土地と良質なエサが約束された珍しい家畜。


その豚は「ドングリ」を食べて育つ。

スペインの位置するイベリア半島の名を冠する「イベリコ豚」である。

ドングリに含まれる「良質な脂(オレイン酸)」が、その美味の秘密である。




「オレイン酸」というのは「不飽和脂肪酸」と呼ばれる脂肪で、「溶け易い」という性質を持つ。

脂肪は「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」に二分できるのだが、飽和脂肪酸の分子は「規則的」な形状をしているため、隙間なく積み重なる。その結果、その脂肪は固く、溶けにくくなる。

一方、不飽和脂肪酸(イベリコ豚のオレイン酸)の場合、その分子は「変則的な形状(への字)」であるため、うまく積み重ならない。その結果、分子間は隙間だらけとなり、脂肪が固まりにくく、そのために溶け易くなる。

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上等な脂身は舌の上で消えるように一瞬でトロけてしまうが、不飽和脂肪酸であるオレイン酸も、そうした極上の口当たりを演出するのである。

イベリコ豚の生ハムは、指でつまんだだけで脂が溶け始めるほどである。さらに、イベリコ豚の脂身は霜降りのようにオレイン酸が入るので、余計に口溶けが良くなるのだそうだ。「甘みがある」とは、誰もが表現するイベリコ豚の特徴の一つである。

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オレイン酸と言えば、オリーブに多く含まれる脂であるが(75%)、イベリア半島(スペイン)に自生するドングリの木(トキワガシ)にも多量に含まれている(60%)。

そして、オレイン酸の豊富なドングリを食べて育つイベリコ豚の脂にも、当然オレイン酸が多く含まれることになる。一般的な西洋ブタが40数%のオレイン酸しか含まないのに対して、イベリコ豚のオレイン酸は50%を超える(54〜56%)。

ウソかマコトか、「ドングリの風味を感じる」と言う人もいるほどだ。ちなみに、日本のドングリには、スペインのドングリの半分ほどしかオレイン酸は含まれていない(30%)。




イベリコ豚を、「自由を知っている味である」と表現するシェフがいる。

というのは、イベリコ豚は圧倒的に広大な放牧地で飼育されるからだ。最高級のイベリコ豚ともなると、1ヘクタール(100m × 100m)の土地に2頭ほどしか放されていないほどである。

普通のブタたちが豚舎でギュウギュウ詰めに飼育されていることを思えば、イベリコ豚はまさに「自由を知っている」ということにもなるのだろう。



元はと言えば、イベリコ豚は遊牧民によって飼われていたのである。

北アフリカからスペインに渡った遊牧民は、スペインでもアフリカと同じような放牧スタイルを続けたのだという。ただ、豚たちの食べるエサは変わった。のちに美味しさの秘密ともなるドングリを食するようになったのである。

その時代の名残りからか、イベリコ豚と公認されるには、「ドングリをエサとすること(出荷3ヶ月前から)」、そして「1ヘクタール(100m × 100m)、2〜15頭」と国法で定められている。

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イベリコ豚は幸運であった。

広大な土地と良質のエサが与えられたのだから。

たいていの家畜は「効率化」を極限にまで求められるがゆえに、一頭あたりの占有スペースは限りなく狭くなり、そのエサも無味乾燥したものとならざるを得ない。時には光さえも浴びることが許されないほどである。



しかし、「効率的」に育てられた家畜ほど「不味(まず)い」。

美味とされる食材ほど、時間と手間をかけて育てられるのが常である。イベリコ豚がそうであるように。

このことは我々にとっても「救い」なのであろう。もし、短期間で育ち、大量に生産されるもののほうが美味しかったら、世界は増々おかしな方向へと向かいかねない。家畜たちはより小さな小箱に押し込められてしまうだろう。

美味しさの秘密が「時間と質」にある限り、「効率化」というものに対する考え方を改めざるを得なくなる。



美味しさを育むということは、「健全な生命」を育むということにも共通しているようにも思える。

昔の人は「買ってでも苦労をしろ」と言ったりするが、やはり、人生には王道はないのかもしれない。千里の道も一歩から始まり、一歩一歩を自分の脚で歩いて行くしかないのであろう。



「効率的に」肥大化させたブタが、ドングリを一粒一粒拾って食べたブタより美味しいようには思えない。

化学肥料によって大きく育った野菜が、自らの根っこで土地の力を吸い上げて育った野菜よりも美味しいとは思えない。

答えを教えてもらって取った100点よりも、自力でとった10点のほうが尊いようにも思える。



「健全さ」という言葉は、現代において軽んじられる傾向にあるのかもしれない。

食の価値は、栄養価にあるのだろうか?

自らの手で育てた食物を食べたことがある人ならば、「栄養価がすべてだ」とは決して考えないだろう。自分で育てた野菜は小さくて不恰好かもしれないが、それでも、その味は自分にとっては格別なのである。



現在の食を評価する数値は、「生きた数値」とはどうも思えない。

動植物の最大の価値は「生きている」ことにある。死んだ数値を測るよりも、生命力を評価することのほうが、本来の価値を正しく表せるように思う。

しかし残念ながら、生きた力を数値化するには、もう少し時間が必要なようである(もし、それらが数値化されるのならば、日本の伝統的な農産物は今以上に高い評価を受けることになるのかもしれない)。



イベリコ豚を賞賛する人々の舌は健全であろう。

もし、数字だけで食物を評価できるのであれば、食の世界は効率化へとまっしぐらに突き進み、あらぬ深みにハマってしまう恐れもある(なぜ、狂牛病や鳥インフル、口蹄疫が蔓延するのか?)。



幸いにも、イベリコ豚は数字でも評価されている。ズバ抜けたオレイン酸がイベリコ豚最大の強みでもあるのだから。

イベリコ豚は効率的に育てられていないがゆえに、その脂肪も効率的でない構造を持つ不飽和脂肪酸(オレイン酸)が豊富である。

そして、その非効率な構造の脂肪(不飽和脂肪酸)のほうが、効率的な構造の脂肪(飽和脂肪酸)よりも美味しいというのは意味深な事実であり、また皮肉な話でもある。



いったい何が効率的で、何が非効率なのか?

人間は本当に今の効率化を求めているのだろうか?

その点、イベリコ豚は何とも「皮肉な肉」であることよ。その非効率さが人々に愛されているのだから…。







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出典:いのちドラマチック
「イベリコブタ 世界の食欲に応える」





posted by 四代目 at 06:06| Comment(1) | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 履歴書の得意科目 at 2013年06月10日 11:56
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