ヨーロッパ「最貧国」とも呼ばれているのは、「モルドバ」という国である。
歴史を遡れば、モルドバは「オスマントルコ」の一部であり(16世紀)、その後、「ロシア」に併合された(露土戦争・1812)。第二次世界大戦時には、ドイツとソ連の争いの狭間となったが、結局はソ連領とされ、ソ連邦崩壊とともに独立国家となり(1991)、現在に至る。
モルドバという国は小さな地域(九州程度)であるにも関わらず、「大国の利害が衝突する境」に位置していたという地理的不遇から、オスマントルコとロシア、そしてドイツとソ連に揉まれ揉まれた歴史があるのである。
じつは、モルドバは隣接する「ルーマニア」の一部と捉えるほうが自然である。
モルドバとルーマニアの「言語」や「文化」は、ほとんど同一であり、モルドバがソ連邦に組み込まれたがゆえに、モルドバ語とルーマニア語との差別化が「政治的に」行われたにすぎない。
それゆえ、モルドバ人とルーマニア人の間では、普通に言語が通じるのである。日本で言えば、方言が違う程度と考えても良いのかもしれない。
モルドバとルーマニアは「大国同士の都合」によって「別々の国家」になったとも言える。
その点、北朝鮮と韓国が別々の国家になったこととも酷似している。そしてやはり、北朝鮮と韓国の経済格差が著しいのと同様に、モルドバとルーマニアの経済格差も著しい。
「一人あたりのGDP」で比較すれば、ヨーロッパ最貧国と言われるモルドバは約1630ドル(2010)に対して、ルーマニアは約7540ドル(モルドバの約4.6倍)である。
さらに、ルーマニアはEU(ヨーロッパ連合)にも加盟を果たしているが(2007)、モルドバはEU加盟の条件を何一つとして満たすことはできない。
モルドバにおける現実的な「月収」は、一万円程度とも言われており、年金受給も月6千円程度とのことである。
隣接する2国間にこれほどの経済格差が存在すれば、当然のようにモルドバからルーマニアへと人々は流れたがる。
モルドバにあるルーマニア領事館には連日人の波が押し寄せ、ルーマニアの市民権を欲するモルドバ人で溢れかえっているのだという。ルーマニアはEU加盟国でもあるため、ルーマニアの市民権を得れば、EU域内の移動も可能になるという大きな特典までついてくる。
そうした流れによって、今まで50万人以上がモルドバを離れたそうだ。現在のモルドバの人口が360万人ということを考えれば、50万人という数はとんでもなく大きい。さらに、不法な数も含めれば50万という数字は少なくとも倍にはなるという。

なぜ、モルドバはそれほど貧しくなったのか?
かつて、モルドバは「ワイン」の生産によって潤っていた時代があった。ソ連の計画経済によって国中にブドウが植えられ、それらはソ連の巨大なマーケットにより、作れば作るだけ売れた時代があったのだ。
しかし、ソ連邦の崩壊とともに、国有だった広大なブドウ畑は「私有」となって分断され、それぞれの小さな農家たちは、各々干上がってしまったのだという。
自国の「資源」に乏しいモルドバにとって、農業から「工業」へ移行することもできなかった。
かつては割安でロシアが供給してくれた石油・ガスも、近年では優遇措置が撤廃されつつある。モルドバは元々ソ連の一部だっただけに、ロシアの浮沈に大きな影響を受けてしまうのも、今後の見通しの暗さにつながっている。
ヨーロッパの経済が低迷しているとはいえ、モルドバよりはずっと豊かであり、モルドバの人々がヨーロッパの先進国に出稼ぎに出ることは珍しくない。
たとえば、高齢化するイタリアで老人介護の仕事を得れば、モルドバの4〜5倍の収入、6万円は貰えるのだという。それを本国(モルドバ)へと仕送りすれば、国元の家族は大いに助かることになる。
しかし、近年の問題としては、出稼ぎしたまま「帰って来ない」というケースも多いのだという。
国元(モルドバ)に子供などを持つ親の場合、置いていかれた子供たちは「孤児」とならざるを得ない。
マーシャちゃん(8歳)も一年ほど前に、親に置き去りにされてしまった。警察に保護された時、彼女は1歳の弟・ロマくんとともに衰弱しきって、ソファでぐったりしてしまっていたという。
モルドバの首都・キシニョフの孤児院は、そんな子供たちで溢れている。スイス、オーストリア、アメリカなどの先進国が「里親」として子供たちを引き取ってくれたりするようだ。
良い里親が見つかればよいものの、折りが合わないと子供たちは非行へと走ってしまう。街の片隅で浮浪児のようになってしまう孤児たちも少なくないという。
幸いにも、マーシャちゃんは小さな弟ともにギリシャへと引き取られていくこととなった。
経済危機だと大騒ぎされているギリシャでさえ、モルドバと比べれば十倍以上も豊かな国家なのである。

モルドバは自由経済の矛盾によって大きく歪(ひず)んでしまっている。
自由という心地良い響きは、往々にして強者に利する。雑草を生えるに任せておけば、草丈の高い草だけに占有されるのに等しい。
独立したのがたった20年前だというのも大きな不利である。すでに生い茂った草の中に、小さな種を撒いたようなものである。資源も持たない国家が成り上がるのは、並大抵のことではない。自国民が国外へと流れる現状が重なれば、悪循環に陥るのみである。
小国の悲哀は、より弱い者たちに歪(ひず)みがゆく。
置き去りにされたモルドバの子供たちの「光」は、遠く霞んでいる…。

モルドバに比べ、日本は20倍以上豊かである(一人あたりGDP比)。
日本は経済的な大国であり、その巨大さはどこかに歪(ひず)みをもたらしているかもしれない(歴史上、多くの大国がそうだったように)。ひょっとしたら、知らず知らずのうちにモルドバをも歪(ひず)ませてしまっているかもしれない。
我々日本人はモルドバという国家をよく知らない。どこにあるかも、名前さえも知らないかもしれない。それでもこの国は確かに存在するのであり、そこに暮らす人々が確実にいる。あらゆる意味で遠く隔たっているとはいえ、間接的には確実につながっているのである。
果たして、大国の存在意義とは?
より巨大化することであろうか? 世界に歪(ひず)みを生むことであろうか?
モルドバという影響力の小さな国を軽んずる時、「猛き者も遂には滅びぬ」という歴史が繰り返されることになるのかもしれない…。
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出典:ドキュメンタリーWAVE
「光なき孤児〜ソ連崩壊20年 東欧の小国の悲劇」


この友人とは地中海のキプロスで知合いましたが、貧しい国の現状とは裏腹な非常に明朗な方で、モルドバの貧しさについては語っていなかったため、今回訪れることで、このサイトに紹介されている一部の現状を観察しようと思います。