「竹内宏」氏は「町工場」の経営者である。
彼は自身のことを「経営を省みない最低の経営者」だと語る。
「目先の利益を追う」という意味では、彼はそうなのかもしれない。しかし、彼の遠望しているのは「はるか遠く」、ほのかな未来への灯火である。
町工場は「下請け」ばかりでは生き残れない、と竹内氏は考えている。
「二番煎じをいくら上手にやっても、誰も評価してくれない。オリジナルこそが明日への可能性を生む。」
その信念のもと、竹内氏の生み出したオリジナル製品は50以上。特許は100を超える。ある取引先の社長は、竹内氏のことを「無限大」と呼ぶ。アイディアが無限大だというのである。
竹内氏の得意分野は「金型」。プラスチックを形造る金属加工。
そして、彼の起こした大革命は、その圧倒的な「小型化」だった(20分の1)。
かつては、クレーンを使って移動していたような大きくて重い金型を、卓上サイズ、しかも片手で持てるようなサイズにまで小型化したのである。
この「小型化」という命題は、 他から依頼されたものではなかった。竹内氏自らの判断で、将来に必要とされるものを苦心して生み出したのである。
町工場というのは、通常は他社の依頼・要望の品を作成する。しかし、それでは未来がないと竹内氏は考える。
「オリジナル製品で得た『10円の利益』は、賃金仕事で得る『100万円の利益』に匹敵します。いや、『10円の利益』の方が、もっと価値が高いように思います。」
「お客様のマーケットで、お客様のお金でやってる限り、どこまで行っても、それは所詮お客様のものです。
ですが、自分で考えて、自分でリスクを背負って、自分で作るものは、確実に自分のものとなるのです。」

そこまでオリジナルにこだわるのには、理由がある。
竹内氏は一度「奈落の底」に落ちたのだ。
1980年代後半の「円高」により、国内の町工場に発注される仕事が激減。その荒波は彼の町工場にも押し寄せた。独立から20年、最大の試練であった。
「給料を下げる」という決断に、半数の社員は工場を後にした。
「これが売れるようになるから、もうちょっと我慢してくれ」と懇願しても、「売れるようになると言って、何年経つんだよ」と冷ややかに返される。
この時、竹内氏は感じた。
「これから先、中国をはじめとした海外との競争に晒(さら)されていくんだな…」
そう感じた竹内氏の目には、「下請け」の未来が見えなくなった。
その暗闇の中で唯一明るく見えていたのは、「オリジナル(自社製品)」という道。しかし、その道は誰も通っていなかったために、イバラの道でもあった。
ドン底の暗闇の中、竹内氏は敢えてイバラの道に踏み込んだ。かすかな灯りを信じて…。
満身創痍。家にいることはほとんどなくなり、仕事仕事に明け暮れる。頼まれてもいない仕事、お金になるか分からない仕事に…。
何百回、何千回と失敗が続いても、彼はイバラの道を引き返そうとはしなかった。
そして、遂にイバラの道は「明日への道」へとつながった。
超小型の成形機が完成。誰も見たことがないほどの小ささに、ある仕事仲間は「オレ、今、鳥肌が立ってるよ…」と身震いする。
取引先の企業も興味津々。「これは立派な製品だ」と高い評価を受けた。

今では、竹内氏の町工場の利益の4割は、オリジナル製品によりもたらされている。その軸足は、下請けからオリジナルへと確実に移りつつあるのだ。
20年以上前、竹内氏がドン底で感じた直感は正しかった。円高はますます加速し、仕事はどんどん海外へと流れて行っている。
竹内氏は、今も敢えてイバラの道を選ぶかのように、難題難問を自らに課し続けている。
普通は一色づつ成形するプラスチックを、一度に「二色」成形できる新技術の開発に没頭したり、今まで手を出したことのなかった「医療機器」にもガップリ四つで取り組んだり…。

他人からはアイディアが尽きることのないように見える竹内氏でも、アイディアに詰まることも多々あるという。
そんな時、彼は行き詰まった考え方を「塩漬け」にしてしまう。頭の「引き出し」にしまって、しばらく放っておくのだそうだ。
「一つのものを考えていて、5分以内に結論が出てこなかったら、『引き出し』に入れてしまいます。」
新しいアイディアがポンと浮かぶ時というのは、塩漬けのアイディアを思い出して、引き出しから出し入れしている時だという。
開けた瞬間(ふと思い出した瞬間)に、答えも一緒に出て来たりするのだそうな。
そして、「40%くらい出来るかな」と思った時点で、彼は「見切り発車」をしてしまう。「できます」と断言するのだ。
そう断言した途端、「実は出来ませんでした」とは、もう言えない。一気に完成させてしまうより他に道はなくなる。
そんな竹内氏の新製品を、他社の開発者たちも楽しみにしている。
「新しい提案が…」と言って竹内氏の出してくる新製品を見て、取引先からは思わず「おもしれ〜」との声が出てくる。
竹内氏が町工場で働いてから、はや50年。
その間、日本経済は大きな満ち潮と、強烈な引き潮の両方を体験している。
引き潮にさらわれてしまった町工場が少なくない中にあって、竹内氏の工場はシッカリと自分の土地に根っこを張って、生き抜いてきた。
大地に直接根差すオリジナルという根っこは、一朝一夕にできたものではない。30年近くかけて、少しずつ少しずつ伸ばしてきたものだ。
時には、伸びる先を阻まれたり、腐ってしまった根っこもあったかもしれない。
それでも、彼は立ち続けている。
そして、さらなる前進を止めてはいない。
出典:プロフェッショナル 仕事の流儀
「独創力こそ、工場の誇り〜町工場経営者・竹内宏」

