2011年12月19日

なぜそこまでして「種」を受け継いできたのか? 山形の伝統カブに想う。


「山ひとつ越えれば、違う『カブ』がある」

そう言われているのは、山形県北部の最上地方。ここには、家々によって代々受け継がれてきた個性豊かなカブたちが居並ぶ。

最上カブ、長尾カブ、西又カブ、肘折カブ…。



これらのカブを初めて目にした人は、決まってこう言う。

「これ、大根?」

カブらしい「赤色」を持つものの、その形は大根のように「ひょろ長い」。大根かと聞かれれば、土地の人は決まってこう答える。

「こいづは、”カブ”だべずー」



吉田ケサエさんの作る「吉田カブ」も、そうした伝承カブの一つである。

自分の畑で育てたカブから「種」を取り、そして、その種を翌年に植えては、また種を取る。

「吉田カブ」は数百年もの間、この作業が淡々と繰り返され、ケサエさんで6代目になるのだという。



翌年の種として選ばれるカブは、「美人さん」と呼ばれる。

良い赤色をして、スラッと白い足の伸びたカブが、吉田家の「美人さん」である。代々選び抜かれてきた「美人さん」のおかげで、「吉田カブ」は赤紫色が鮮やか、長さも長めなのがその特徴。



各農家がこうした栽培を伝統的に守っていることもあり、この地方(最上地方)では、「山ひとつ越えれば、違うカブがある」と言われるようになったのである。

しかし、近年の画一的、大量生産の農業のもとにあって、こうした伝承野菜は「先細り」を続けている。

一般的な商品野菜の栽培においては、自分で種を取るということは、まずしない。市場で決められた品種の「公認の種」を植えるのが普通である。



それゆえに、吉田家の吉田カブのような存在は、いまや大変に貴重な存在となっている。幸いにも、ケサエさんの娘・悦子さん(7代目)は、このカブを育てることに興味を持っている。

今年収穫された吉田カブは、およそ200本。その中から、今年の「美人さん」を選んだのは、娘の悦子さんだった。

選ばれた「美人さん」は畑の隅に植え直され、厳しく長い雪の下で、翌年の雪解けを待つ。次世代の種が実るのは、翌年の初夏である。

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ひょっとしたら、受け継ぐ人の感性によって、選ばれる「美人さん」は少しずつ変わってゆくのかもしれない。

そして、それが吉田カブに新しい個性を加えることにもなるのだろう。



毎年収穫される「種」は、全部蒔いてしまわずに、必ず少しずつ大切に保管される。万が一、種が絶えるようなことがないようにとの深慮からである。

脈々と植え継がれる種は、家の誇りでもある。仏壇の御膳には、新しく収穫された吉田カブが供えられることになる。

供えられたカブを見たご先祖様たちは、また今年もカブが実ったことを知り、安堵するのであろうか。

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「種は大事(だいず)だ。種は毎年(まいどし)取らねばダメだ」

そう言う黒坂トキ子さんの育てるカブは「石名坂カブ」。カブの先が「下膨れ」しており、漬けると辛味が出るのが、その特徴だ。



しかし、この石名坂カブの種を継ぐ人は、もういなくなる。

継承者を失ったカブは、永久にこの世から消えるより他にない。こうして、幾多のカブがこの地方から姿を消してきた。



ところが近年、こうした伝承野菜に少なからぬ注目が集まっている。

画一的な野菜がスーパーを埋め尽くしている反動であろうか?

ひょんなところから、石名坂カブの継承者は現れた。それは、地元の高校生たちであった。



トキ子さんに種を分けてもらった高校生たちは、見事に石名坂カブを育て上げた。

その成果を判じてもらおうと、高校生たちはトキ子さんに作品(カブ)を見てもらう。

すると…、「いい肌色だ。上手に育でだな〜」とトキ子さんも納得の出来だった。



トキ子さんは高校生たちに教え諭す。

「嫁もらう時、やっぱりかわいい人、きれいな人をもらうべ。

カブもそれとおんなじだ」

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「昔の野菜」には、それぞれの顔があり、それぞれの味があった。

それに対して、「今の野菜」は皆同じような顔をして、同じような味がする。



生物の基本的原理に従えば、種(しゅ)が「均質化」することは珍しいことである。

通常、種(しゅ)は多様化するものであり、そして、その中から環境に適したものが世代を次ぐと考えられる。



しかし、現代の野菜の選抜基準は「売れるかどうか」であり、「生命として存続できるかどうか」では決してない。

そのため、生命としては「弱い存在」の野菜も多く、その分、農薬や化学肥料の補助も必要とされるようになる。



また、種(しゅ)が似た系統に偏ってしまうことは、病気などが蔓延した際には、全滅の憂き目に遭うリスクも高くなる。

その悪例は「バナナ」である。

バナナは「挿し木」と呼ばれる手法で繁殖されるため、皆クローン(同一種)である。そのため、過去の歴史では、ある種のバナナがたった一つの病気のために、すべてのバナナが全滅したりもしている。

さらにバナナが不幸なのが、「種なし」の系統が主流であるため、種による進化が起こりにくいということにもある。



ちなみに、日本の桜「ソメイヨシノ」も皆クローン(同一種)である。

そのため、もし、対抗できない病気やウイルスに侵されてしまえば、すべての桜(ソメイヨシノ)が日本から消えてしまう危険性もある。



昔の農家が、それぞれの種を守り続けてきたのは、それなりの理由がある。

皆違う種を継承していれば、地域全体が全滅することを避けられる。多種多様な種の中には、極めて寒さに強いものや、病気知らずのものもいることが期待されるのだ。

しかし、この方法は現代社会では「非効率の極み」であり、商業的に農業を行う人々が目を向ける方法ではない。



山形という雪深い奥地には、幸いにもこうした伝承野菜が残されている。

しかし、その灯もいずれは消えてしまうのであろう。



今、我々が食している野菜たちが「姿を消す」ことなど想像もできない。

しかし、地球の長い歴史に目を向ければ、「想定外」の出来事がないと考える方が不自然である。



昔の人々は、我々が想像もできないような不作や飢餓を体験してきたのかもしれない。

なぜ、伝統野菜の種は、何年も何年も植えもぜずに大切に保管されてきたのか? そこには、想像を絶するほどの苦難を生き延びた人々の知恵が凝縮されているような気がする。

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現代文明に時おり想う。

あまりにも調子が良い。

しかし、我々の知恵は限定的でもあり、未熟な部分も多い。一世代で体験できることとなると、さらに限られており、もっと未熟である。



脈々と受け継がれてきたカブの種一つには、その種が生き抜いてきた知恵のすべてが詰まっている。

そして、その知恵は多くの窮した人々を救ってきたかもしれない。



「美人さん」は見た目が麗(うるわ)しいだけではない。

その内に眠る深い知恵が、外面に溢(あふ)れ出したものであろう。



そんな美しいカブを守る人々の心根もまた、美しい。

泥にまみれてなお、美しい。







出典:こんなステキなにっぽんが
「雪国彩る わが家のカブ」〜山形県最上地方〜




posted by 四代目 at 06:41| Comment(0) | 農業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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