2011年12月12日

どこか日本くさい「ボーイング787」。そこかしこに見え隠れする日本の影。


なぜ、ボーイング787は「夢の飛行機」と呼ばれているのか?

その秘密を、今回はその「美しさ」から見ていってみよう。



従来のジェット機に比べて、「787」の雄姿には「柔らかな」美しさがある。

天空を飛ぶ「787」の両翼を見れば、優美に「反り上がって」いる。それは、あたかも日本刀の「反り」のように洗練されている。

そして、翼の突っ先(先端)も、書道の「はらい」のようにスーッと滑らかである(従来機は翼の先端を切り落とされたようにピタリと止められている)。

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「787」の姿には、どこか日本的な美しさを感じるところがある。

それもそのはず。この機体の35%は日本の技術。本国アメリカでも「Made with Japan」と呼ばれているのだとか。



「787」の美しさは「デザイン性」を高めるために成されたわけではない。徹底した「機能性」を追求した結果、上記のごとき「機能美」に至ったのである。

なぜ、翼を「反り上げる」と機能性も上がるのか?

それは、その反りが機体の揺れを「吸収」するからである。



「787」の翼は、止まっている時には、それほど反り上がっていない。

正面からの空気抵抗を受けて初めて、その抵抗を受け流すかのように反り上がるのである。まるで、翼が生きているかのように「しなやかに」動くのだ。

そのため、飛行中に機体が傾いても、そのブレをしんなりと吸収しながら、「反動もなく」機体を元に戻すことができる。その結果、飛行機に乗っている人は「揺れ」をあまり感じずに済む。



それに対して、従来機の翼は、硬直したかのように真っ直ぐにピーンとしたままである。

飛行中に傾けば、戻る時の反動が反対側まで行き過ぎてしまい、今度は反対側に傾いてしまう。そして、それをまた戻して…。

その結果、機体のブレが収まるまでには、右に左にとユラユラと振られてしまう。乗っている人はガタガタと揺れるのを感じざるを得ない。



「787」が柔らかな手足を持っているとすれば、従来機のそれは力み過ぎている。

「787」が手足(翼)の衝撃を体(機体)にまでは伝えないのに対して、従来機の受ける衝撃は、体幹部をも揺さぶるのである。



さらに、「787」の翼の先端はスーッと細く長く伸びているため、翼の乱気流が発生しにくく、翼の受ける空気抵抗も滑らかだ。

ところが、ガチガチの従来機の翼の先端は、先を折られたように止まっており、その突然終わった先端が大きな乱気流を発生させ、平穏な空を飛んでいる時ですら、その翼は余計な力を受け続ける。

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「形が違えば、ここまで違うか」というほどに、「787」の美しさは機能的なのだ。

そして、この美しさを可能にしたのが「日本の技術力」。

具体的には「炭素素材」という画期的な新素材の活用にある。



従来機の飛行機は、機体や翼のほとんどが「アルミ合金」で出来ている。

それに対して、「787」のそれらは90%以上が「炭素繊維」である。



この炭素繊維というのは「軽くて強い」。

「重さは半分で、強度は2倍」という優れものだ。金属と同じ重さで比較すれば、その強度は4倍ということになる。



繊維というだけあって、元々の素材は髪の毛の10分の1ほどに「か細い」。

一本一本はか細く、垂直方向の力には極めて弱い。

しかし、この細い細い繊維が、お互いの弱点を補い合うかのように、縦に横に斜めに、あらゆる方向で何重にも交差することにより、金属にも勝る強度を持つに至る。

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ある実験では、炭素繊維とアルミ合金の「引っ張り強度」を競わせていた。

両者の引っ張りを開始すると、アルミ合金は1トンの力を超えるあたりから、まるで飴のように伸び始めた。そして、1トン半ぐらいの力になると、「バチンッ」と千切れてしまった。

かたや、炭素繊維の方はというと、引っ張る力が3トンを超えても、一向に伸びたりはせず、あたかも何の力も受けていないかのように平静を保っていた。

恐るべし炭素繊維。アッパレ、日本の技術力。



「787」が夢の飛行機と賞賛されるのは、この炭素繊維の恩恵によるところが非常に大きい。

軽くて強い炭素繊維がなかったら、あの美しい翼は作れなかった。



じつは、翼を反らせて、先端を細長く伸ばした方が良いというのは、「紙飛行機」でも飛び方が良くなるほどに、明らかなことである。

しかし、それをジェット機で実現できる「素材」がなかったのである(炭素繊維が翼に応用されるまでは)。



軽い炭素繊維のおかげで、機体は20%も軽くできた。

軽いほどに「燃費」は良い。

そもそも、ジェット機ほどに燃料を食う乗り物も他にはない。通常の大型機に燃料を食わせると、たったの一分間でドラム缶一本(200リットル)をペロリと平らげてしまう。

そうした大食い、早食いのジェット機の中にあって、機体の軽い「787」の燃費は、従来機の20%も向上しているという。



飛行機の歴史は、重くなっていく一方であった。

それは、より多くの人を乗せ、より遠くへと羽を広げてきたからだ。

パワーアップのために、エンジンは巨大化し、機体の強度を高めるために、重い鎧で身をまとった。



従来の常識では、「軽くて速い」という飛行機は「矛盾」している。

ところが、「787」の示す未来は、ひょっとしたら、その矛盾を「常識」に変えてしまうかもしれない。

なぜなら、飛行機のことを何も知らなけば、軽い方がよく飛びそうではないか。素人であるほど、重いほど速いとは考えない。



「787」の鎧は軽い。そして強い。

積む燃料も少なくて済むので、ますます軽い。

その結果、エンジンの出力を下げても、求められるスピードを達成できた。さらに、エンジンの出力を下げることにより、「騒音」も減った。



従来機が飛び立つ時の騒音は「78デシベル」。対する「787」は「69デシベル」。

数字で見ると、たった10デシベル程度の違いであるが、10違えば、「体感的」には半減したと感じるのだそうだ。

どうやら、「速いからうるさい」という常識も怪しくなっていきそうだ。

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騒音低減の秘密は、ジェットのノズルの形状にある。

「787」のノズルはギザギザの山切りカット(シェブロン)。

このギザギザは、ジェットが後方へ吐き出す噴流を、周囲の空気と混ざり易くする効果をもたらす。



ジェットの爆音というのは、周囲の空気との「摩擦」で生じる。

つまり、この摩擦が小さいほどに「静か」になる。



「787」のギザギザカットにより、ジェットの噴流は「渦を巻きながら」周囲の空気とスムーズに混ぜ込まれる。当然、その摩擦は小さく、その結果、騒音が抑えられる。

融通のきく翼と同様に、「787」のジェットは周囲との協調性が高いのである。

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こうして「787」を概観してくると、この飛行機に愛着を感じてくる。

どこか、「日本人くさい」のだ。



しなる翼のもたらすグレーゾーンの広さ、他を押しのけるだけではないジェット噴流。

あまり白黒つけたがらない日本人(Noと言えない?)、和をもって尊しとなす日本人…。

そして、こうした日本的な要素が、日本の技術力(炭素繊維)により可能とされているのであるから、「787」は和魂洋才とも呼べそうな代物である。



炭素繊維の性質まで、日本民族っぽい。

一本一本は弱いのに、それらがあらゆる方向で織り込まれることにより、総体的な強さが金属をも凌ぐまでになる。

その様は、強力なリーダーシップというよりも、積極的なフォロワーシップとも呼べるものである。

さらに炭素繊維は「つなぎ目」が極端に少ない。アルミ合金の100分の1のつなぎ目で済むのだという。炭素繊維は日本民族のように「同質性」も高いことにもなる。



思えば、今までの飛行機は総じて西洋的であった。

全身を重たい鎧で覆い、硬いほどに強いと信じ切り、すべてを固く固定することで安心感を得ていた。

ところが、「787」の鎧は軽くしなやか、それなのに強い。



「787」の進化を見るにつけ、時代が日本の方に転がって来ているような印象を受ける。

しかし残念ながら、我々はそうした日本的な思想を忘れかけてもいる。それは、我々が自国の文化を卑下し過ぎているからなのかもしれない。

遠慮というのは日本の美徳の一つなのかもしれないが、本質的なことまで忘れてしまうほどに遠慮するのは、遠慮のし過ぎであろう。



空を見上げれば、飛ぶ鳥たちの何と美しきことか。

小さな鳥たちはしきりに翼を動かすも、大きな鳥の翼は悠然としている。



一転、我々の飛行機は、まだまだ力み過ぎている。

空行く鳥たちとは似ても似つかず、どちらかというと、いつかは落ちるロケット弾のようなものである。

なんと、先行きの遠く果てしないことであろう。



しかし、たとえ拙(つたな)いとはいえ、その方向性さえ誤らなければ、いずれはその高みにも手が届くのであろう。

そして、「軽さ」という方向性を目指した「787」は、小さな一歩ではあろうが、確実に一歩だけ大空の鳥たちの方向へ歩み出したようにも思える。



どうやら、今までの我々は力み過ぎて遠回りをしてしまっていたようだ。

それでも、遠回りは決して無駄ではない。

それは旅の楽しみでもあるのだから…。




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出典:アインシュタインの眼
「ジェット旅客機 次世代の翼に迫る」


posted by 四代目 at 06:58| Comment(0) | 飛行機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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