シマリスは「冬眠」する。
外気温が10℃を下ると、クルリと丸まったままピクリとも動かなくなる。
そっと抱きあげれば、その身体は死んだように冷たくなっている。冬眠中の体温は「5℃前後」にまで低下しているのだ(冷蔵庫で冷やされた食品の温度に同じ)。

森の葉っぱが色づき散る頃に、シマリスは眠りに落ちる。彼らが再び本格的な活動を開始するのは、次の桜が咲く頃だ。
ただ、10日に一回ほどは、一時的に目を覚ます(中途覚醒)。身体に脂肪をあまり蓄えられないので、時々起きて、巣に貯め込んでおいた木の実を食べなければならないからだ。
普段は一分間に150回もする呼吸も、冬眠状態となれば、たったの3回に激減(50分の1)。また、心臓の鼓動も一分間450回から、たったの6回に(75分の1)。
その他、各種の生命活動も低下し、結果として、冬眠中のエネルギー消費は通常の100分の1以下になるのだという。
冬眠は究極の省エネ・モードである。

かつて、こうした「冬眠」は、「ハチュウ類時代の名残り」と考えられていた時代があった。
我々ホニュウ類と違って、ハチュウ類(蛇やカエル)は自分で体温を調節することができない。
外が暖かくなれば体温が上がり、外が寒くなれば体温は下がる(変温動物)。その結果、当然冬は活動できないほどに体温が低下してしまうことになる(蛇やカエルは土中で冬をやり過ごす)。
冬に眠ってしまうホニュウ類(シマリスなど)は、外気温に左右されるハチュウ類と似たところがあるのだろうと考えられていたのである。
しかし、冬眠するホニュウ動物は、ハチュウ類とは全く異なる。
なぜなら、冬眠中も体温を「ある一定の温度(シマリスは5℃前後)」にキープし続けているからだ(つまり、発熱している)。
決して、完全に外気温に左右されているわけではなく、むしろ、積極的に体温を低下させていると考えられる。
つまり、冬眠とは、生命進化の「拙(つたな)さ」の名残りではなく、逆に「より高度な進化」である可能性の方が高い。
なぜなら、人間は低温に耐えられない。
人間の場合、体温が35℃でガタガタと震えだし、32℃を下回ると、もはや意識を保てない。20℃では、確実に心肺停止(死亡)である。
人間にとって、冬眠はしたくてもできないのである。
ところが、冬眠できるシマリスの場合、通常の体温は37℃と人間並みでありながら、冬眠している時は、体温が5℃に下がっても安らかなものである。
では、なぜ人間は低温に耐えられないのか?
それは、低温により「細胞膜」が固まってしまうからだ。細胞膜というのは、「油」が多く含まれているため、低温で固まってしまう(冷えた油料理と一緒)。
そうなってしまうと、細胞間の物質のやりとりができなくなる(固いカベに阻まれる)。ライフラインを絶たれて孤立した個々の細胞たちは、死を待つより他にない。
じつは、シマリスの細胞も人間と同じように、低温で固まってしまう。
ところが、それでもシマリスの心臓は止まらない。
よくよく調べてみれば、各種の通路が塞がれてしまった心臓が、自給自足をしていることが判明した。
具体的には、心臓内に「カルシウム」を大量に貯蔵し、そのカルシウムを細胞の外には出さずに、心臓内でリサイクルしていたのである。
心臓内におけるカルシウムの役割は、心臓を縮めたり広げたりすること(鼓動)。
人間の心臓は、細胞がカルシウムを出し入れすることで鼓動する。
そのため、低温でカベ(細胞膜)が固まって、カルシウムの出し入れができなくなれば、人間の心臓は動くことができなくなってしまう。
ところが、シマリスの心臓では、このカルシウムの出入りなしでも、心臓を動かし続けるシステムが確立されていたのである。
恐るべき自給自足である。
こうした高度な技術の結晶ともいえる「冬眠」の恩恵は計り知れない。
冬眠中のホニュウ類は、「無敵」である。
普通だったら致死量におよぶ放射線や、発ガン性物質、細菌に曝(さら)されたとて、死ぬことはない。
冬眠中は、通常時以上の「防衛機構」が働いている。眠っていてなお、一分のスキもないのである(捕食者がいなければ…)。
さらには、「寿命」も伸びる。
シマリスと同程度のサイズの「ラット(冬眠しない)」の寿命は2〜3年。
それに対して、シマリス(冬眠する)の寿命は10年以上。その差は歴然である。
このラットとシマリスの寿命の差は、冬眠による省エネだけの恩恵とは考えにくいほどに、大きな差だ。
冬眠には、省エネ以上の恩恵があるはずだ。そう考えた「近藤宣昭」氏は、世界的な発見に至る。
それは、「冬眠物質」の発見である。ある種のタンパク質(冬眠特異的タンパク質)が冬眠状態を導いていたというのだ。

もともと、近藤氏は「心臓の低温保存」の研究をしていた。
その研究の過程で、シマリスの驚異的な心臓の神秘を知る。
そこで大量のシマリスを飼育しながら、シマリスの冬眠の秘密を探り始めた。
長年シマリスと暮らしていると、奇妙な事実に気がつく。
冬眠するのに短命なシマリスもいれば、冬眠しないのに長命なシマリスもいる。
はて? 冬眠は長寿の秘訣ではなかったのか?
さらに研究を深めていくと、「冬眠するから長寿なのではなく、長寿だから冬眠する」という、全く逆の結論に落ち着いてしまった。
つまり、冬眠は長寿の「原因ではなく結果だった」のである。
そして、本当の原因は「冬眠物質(冬眠特異的タンパク質・HP)」にあったことを、近藤氏は突き止めた。
冬眠しないラットなどには、この物質(HP)はない。
同じリスの仲間でも、冬眠しない台湾リスにはHPはない(HPを作り出す遺伝子は持っているのだが、その肝心の遺伝子が眠っている)。
シマリスの持つ冬眠物質(HP)は、肝臓で作られ、通常は体内を循環している。
ところが、冬になるとHPは「脳」へと移動する。すると、それが合図となり、シマリスは冬眠を始める。
ただ、個体よっては「眠らない冬眠状態」を過ごすものもいた。それが、冬眠しなくとも長寿なシマリスであった。眠らないとはいえ、冬眠物質はしっかりと脳内へ移動していた。
冬眠に入る絶対条件は「低温による眠り」ではなく、冬眠物質(HP)が脳内に入ることだったのである。
ところで、HPが脳へと向かうキッカケは何なのだろう?
近藤氏によれば、甲状腺ホルモン(チロキシン)がHPを脳へと向かわせるのだという。
この甲状腺ホルモンは、オタマジャクシを「カエル」に変えるほど劇的な変化(変態)をもたらすホルモンでもある。
また、淡水(川)に生まれる「サケ」が、塩分の濃い海水に適応できるようになるのも、このホルモンのお陰である。
甲状腺ホルモンは細胞の「代謝」に影響力を持つホルモン。
人間の甲状腺ホルモンが過剰になれば、脈が速くなるなどして代謝が過剰になる(感情的にもなる)。逆に不足すれば、精神が落ち込んだりして代謝が低下する。
こうした働きを持つ甲状腺ホルモンが、冬眠という代謝が極端に抑えられた状態を導くのは、十分に納得のいくところである。
そして、カエルやサケに見られるように、環境の激変にも対応できるのが、このホルモンである。
冬眠は甲状腺ホルモンに導かれた冬眠物質(HP)によるものであった。
そして、冬眠の恩恵を受けるには、必ずしも眠る必要はなく、冬眠物質(HP)さえ脳内に到達すれば良かったのである。
そうすれば、極めて防衛力の強化された「無敵の状態」に入って行け、さらには寿命も伸びるという素晴らしい特典付きだった。
さて、もしこの冬眠物質(HP)さえあれば、人間も冬眠の恩恵を享受できるのであろうか?
放射線やガンをも跳ね返し、何倍もの長寿を満喫できるという夢の「眠らない冬眠」。
SF的な発想では、人間が冬眠するためには「低温カプセル」に横たわり、人体を凍らせる。そして、未来に蘇生する。
そのためには、人間の心臓は低温状態に保たれなければならない。しかし、先述した通り、人間の心臓はそうできない仕組みになっている。
さらに人間の筋肉は使わなければ退化して、動かなくなってしまう(シマリスの筋力は冬眠後でも2割程度しか落ちない)。
ところが、もし低温になる必要がないとしたら?
人間にもその道(冬眠)が見えてくるということだ。
眠りたくないという人でも、病気にならないのは魅力的であろう。
近藤氏によれば、人間には冬眠物質(HP)以外の重要なパーツ(甲状腺ホルモンなど)はほとんど揃っているのだという。
ある実験によれば、HPを体内に注射したサルは眠りに落ち、その代謝はおよそ半減したという。
しかし、近藤氏は物質的な要素とともに、生命のリズムが重要であるとも考える。
「五感を通して、四季の変化を感じる」という大きなリズムだ。
このリズムを失ったシマリスは、冬眠物質(HP)をも失ってしまう。そして、その冬眠は形だけのものとなり、短命であったりもする。
近藤さんは、こうも言った。
「人間は自然のリズムを忘れたシマリスだ」
人間が知恵を使えば使うほど、自然のリズムは霞んでいく。今や、食の旬も分からなくなり、一年中同じ温度で過ごすことも可能となった。
しかし、得たものばかりとも楽観はできない。
何か大切な生命の機能が失われていないとも限らない。科学的には見えていないとしても…。
ホニュウ類の冬眠は示唆的である。
生存に過酷な季節に冬眠するのは、過酷な外部への依存をやめ、より自立した安定を求めるためだ。
眠るシマリスの心臓はカルシウムのリサイクルを行い、眠るクマは尿中に排泄するはずの尿素をリサイクルして、アミノ酸とタンパク質を合成する。
現在の社会は、変革の時を迎えているのか、世界中で荒々しく波打っている。
近藤氏によれば、「経済停滞期に、地方分権を進めるのは、40億年の生命の進化に照らしても理に適っている」のだという。
経済が冬の季節を迎えれば、皆で「巣ごもり」を始めるということか(各国の保護主義が世界恐慌を引き起こしたという歴史もあるが…)。
ある意味、こうした巣ごもりは発展のチャンスでもある。
シマリスの心臓は、寒さに耐えられるように進化し、その副産物として類稀な長寿を獲得した。
しかし、文明に甘やかされた人間たちは、生活レベルの低下(低温)に耐えられるのであろうか?
給料が半分になったら? 電気と石油がなくなったら?
シマリスたちは、あらゆる逆境を消極的にも「是」と認め、禍福の荒いリズムを巧みにも乗りこなした。
それに対して、人間の生きる世界は、いかに微温(ぬる)いものであることか。
微温(ぬる)くできたのは、文明の賜物でもあるが、同時に弱さも生んでしまっている。
現代文明はありがたくも、ありがた迷惑な世界でもあるのかもしれない。
願わくは、現代文明が地球環境の荒波に追いつかれないことである。
地球環境が今ほどに狭い振幅で安定しているのは、ある意味、奇跡的なこととも言える。
歴史を振り返れば、信じられないほどに地球環境が激変した痕跡を探すことも容易である。
今後、本当に「冬眠」しなければ、生き抜けない時代が来たとて、それはそれで有り得ることなのかもしれない…。
荒波に真っ向からぶつかりながらも、見事に乗りこなしたシマリス。
あの小さき身体に、なんと大きな知恵の詰まっていることか。
その叡智の一端を垣間見れば、自ずと謙虚にならざるを得ない…。
同時に、奇跡の冬眠物質(HP)という果報獲得の陰には、寒さに死んでいったシマリスたちが想像を絶するほどにいたであろうことも偲ばれるところである…。
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出典:いのちドラマチック
「シマリス 冬眠が長寿の夢開く」