30年以上も宇宙を旅する「探査機」がある。
「ボイジャー1号」、そして「ボイジャー2号」である。
1号はすでに「太陽系」を脱出したと考えられ、2号はその脱出の途上にあるとみられている。
太陽からの距離は1号が約177億km、2号が約144億km。想像すら及ばないほど遠い旅路にある。
さらに両者は、今なお弾丸の10倍以上という超高速で旅路を邁進し続けている(1号・時速6万1,000km以上、2号・時速5万5,000km以上)。

この遠大なる旅が始まったのは、今から34年前(1977)。
そのミッションは「惑星グランド・ツアー」と名付けられた。
「グランド・ツアー」という言葉は、もともとイギリスの裕福な貴族の子供たちが、学業の終了とともに行う海外旅行で、主な行き先はフランスやイタリアであったという(18〜19世紀)。
それに対して、ボイジャーの「グランド・ツアー」はスケールの桁が違い過ぎる。
なにせ、「木星・土星・天王星・海王星」を連チャンで巡るのだ。
そして、その惑星グランド・ツアーのチャンスは「175年に一度」しかない。
というのも、上記4つの惑星が「同じような方向」に揃ったときにしか、この夢のグランド・ツアーを行うことが出来ないからだ。
もし、各星々がテンでバラバラの場所にあったら、とてもじゃないが一度の旅行で全て回るという贅沢旅行は、まず不可能だ。
その175年に一度の貴重なチャンスの年が「1977年」。まさにボイジャーが地球の地を蹴ったその年だったのである。
しかし、よくもこれほど遠大で荒唐無稽な計画が実行に移されたものである。
人類が月に降り立ったのは1969年。
つまり、ようやく人類が「最も近い星(月)」に到達して10年も経たないうちに、ボイジャー兄弟は太陽系で最も遠い惑星たちを目指したことになる。
そして、そのナイス・トライは見事すぎるほどの成功を収め、30年以上たった現在でも運用が続いているというのだから驚きである。
いったいボイジャー兄弟(1号・2号)は宇宙の深遠で何を見たのか?
彼らと一緒に、惑星グランド・ツアーを追体験してみよう。
まず、最初の目的地となったのは「木星」である(1979)。
当時、地球の望遠鏡で見る木星は、かろうじて「しましま」が分かる程度の薄ボンヤリとした星であった(地球の湿った大気を通して見る宇宙は、水中から空を眺めるようなものである)。
それに対して、宇宙空間からボイジャーが送ってきた映像は鮮烈であった。
木星の大気が渦巻くさまが躍動的に、そして芸術的に映し出されていたのである。
連続写真の解析によれば、風速100m以上という想像を絶する強風が木星表面で吹き荒れていることも判明した。

さらには、木星の惑星「イオ」の火山活動による「噴煙」までが確認された(計8ヶ所)。
木星近辺は太陽のエネルギーが地球の25分の1しか届かず、ほとんどが凍っており、いわば「死んだような世界」と当時の人々は考えていた。
ところが、凍っているどころか、なんと火山があったのだ(地球以外では宇宙初の発見)。
しかも、イオの火山は地球の火山の10倍以上の噴煙を上げていたのである(噴煙の高さ270km)。
興奮冷めやらぬままに、次の星「土星」が見えてきた(1980)。
地上からの確認で、土星には「輪っか」があることくらいは分かっていた。小学生の描く土星程度には…。
しかし、ボイジャーが示したほどに、土星の輪が繊細で美しいものであるとは誰も知らなかった。

その糸のように精緻な輪っかは、1,000以上にも識別でき、それらが氷の塊が旋回している結果ということも分かった。
おそらく、土星を回っていた衛星の破壊された残骸が、輪となって土星を彩っているのだろうと考えられた。
以上、ボイジャー1号による報告である。
彼は土星を後に、太陽系外へと離れて行った…。
「天王星」を見たのはボイジャー2号である(1985)。
天王星での驚きは、この星が「横倒しに転がっていた」ことである。
普通の惑星は、回転するコマのようにキリリと直立している。地球は首をかしげた程度にしか傾いていない(23°)。
ところが、天王星ときたら、真横になってゴロゴロと転がっているのである(98°)。
これは、ボイジャー2号の赤外線写真で明らかにされた意外な真実であった。
さて、いよいよ「海王星」が見えてきた。
この遠い遠い星は、地球から見ると「点」にすぎない。
そして、遠過ぎるためにボイジャー2号からの電波も「微弱」である。
ボイジャー2号の発する電波はわずか20W。トイレなどにある暗い電球ほどの出力しかない。
その弱々しい電波は、宇宙空間を通る間に、瀕死の状態にまで衰弱する(1兆分の1の1兆分の1の10万分の1)。
そんな遥か彼方の、トイレほどの乏しい灯りをキャッチしたのは、日本の観測所であった(臼田宇宙空間観測所)。
というのも、ボイジャー2号が海王星を捉えられるのは、わずか2〜3時間。その貴重な時間帯にアメリカは地球の裏側だったのである。
世紀の瞬間は、日本の技術者たちの手に丸投げされた。
世界の期待を一身に背負った日本人たちは、リハーサルにリハーサルを重ね、分単位で各人の行動が定められた。
そして…、きたっ、きたっ、きたっー。
小さな日本人たちは、見事に小さな小さな小さなボールをキャッチすることに成功したのである(1989)。
45億kmの彼方(かなた)からの微かな微かな声は、日本の大きな技術力によって、しっかりと受け止められた。
そこに描き出された天王星は真っ青。どこかしら神秘性を帯びて見えた。
この美しい青色は、メタンによるものであることは後に分かる。

この澄んだ青い空にたなびく白い雲。
この雲の確認により、天王星の内部には熱があり、大気が循環していることが推測された。
天王星に届く太陽エネルギーは、地球のわずか900分の1。それでも、その世界は氷一色ではなく、かすかなる暖かさがあったのだ。
そして、その暖かさを示したのが、天王星の白い雲であった。
この惑星グランド・ツアーは、とりあえずはここに終わる。
名残惜しさを感じたボイジャー1号は、故郷・太陽系を去るにあたり、記念写真をとっておこうと思い立った。
地球を含めた全惑星を一同にとらえる「家族写真(Family Portrait)」である。
太陽から60億kmも離れたところにいるボイジャーだからこそ出来る、まさに「離れ業(わざ)」。
「カシャッ、カシャッ、カシャッ」
とても一枚では収まり切らない。計39枚を撮り、それらをつなぎ合わせた。
太陽、金星、地球(月も一緒に)、木星、土星、天王星、海王星が、この史上初の家族写真に収まった(水星と火星は出しゃばった太陽の影となり映らなかった)。
人類みな兄弟どころか、全星みな家族である。
さすがに皆んなの顔はハッキリ見えない。
各星のなかでも小さい地球は「単なる点」。その小さき様は「ペイル・ブルー・ドット(薄い青い点)」と呼ばれた。
ボイジャー計画に携わった関係者たちは、この消え入りそうなほど小さき青い点を「万感の想い」で見つめた。
「ああ、これほど小さな星の、さらにもっと小さな人間が、これほど遠くまで来れたのか…」
この小さな一点に70億を超える人類がひしめいているとは、おおよそ想像がつかない。
永遠に思える太陽系も、いつかは滅ぶ…。
いつの日にか、地球は太陽に飲み込まれる…。
その時、太陽系外にあるボイジャー兄弟は「地球の記憶」を宇宙に伝えるメッセンジャーの役割を担うのかもしれない。
ボイジャーには「ゴールデン・レコード」と呼ばれる金色に輝くディスクが載せられている。
そのレコードには、「こんにちは、お元気ですか?」など55の地球の言語、100枚以上の人間や自然の画像、ロックンロールからクラシックに至る雑多な音楽などが収録されている。

地球が消えた後でも、このレコードは誰かの手に拾われることがあるのかもしれない。
「ああ、かつてはこんな星があって、こんな人たちが住んでいたのか…」
拾った人は、そんな想いを抱くのであろうか?
このレコードの作成に携わった科学者は庭にはうナメクジを見て、感慨にふける。
「このナメクジだって、いつかは高度な文明を築き上げるかもしれないんだよ。」
惑星グランド・ツアーは終った。
それでもボイジャー兄弟の旅は果てしもなく続いている。
彼らに搭載された原子力電池は、まだまだ持つ。現在も電波を送り続けており、その交信は2030年頃まで続くと考えられている。
ただ、あまりに太陽から遠ざかると、彼らは地球の方角を見失う。
なぜなら、彼らは太陽の光を頼りに地球の方角を知っているのだ。いずれそのセンサーの感度は、太陽光を下回る。
そうなってしまえば、地球に音信を送ることは叶わなくなる…。
それでも、彼らの旅は終わらない。
ボイジャー1号は、すでに太陽の保護下を抜けている。
太陽系というのは、太陽からの風(太陽風)によって、宇宙空間に飛び交う強大な「宇宙線」から守られている。
ボイジャー1号は、その太陽風の及ぶ限界(ターミネーション・ショック)を通過したと考えられている。

ボイジャー兄弟が強烈な宇宙線の犠牲者となったとしても、ひょっとしたらゴールデン・レコードだけは、宇宙空間の旅を続けるかもしれない。
まさに円盤となって…。
小さな小さな人間が放った円盤は、いったいどこの宙(そら)まで届くのであろうか?
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出典:コズミック フロント〜発見!驚異の大宇宙〜
偉大な旅人 ボイジャー 太陽系を越えて
スイングバイの事を調べていて、遊びに来ました。とても参考になりました。文章も読みやすいです。
また遊びに来ますので、よろしくお願いします。
映画の内容はともかく、最近の科学技術の躍進に目を見張る思いです。
世界に、負けるな。
ニッポンの科学技術者に栄光あれ。
又、お邪魔しますね。(^_^)