福島県は日本屈指の米どころである(全国4位)。
そして、天栄村(福島南部)の米は全国コンクールで3年連続「金賞」を受賞している。つまり堂々の日本一だ。
しかし、その最高の栄誉ですら、放射能という疑心の前には無力であった。

原発事故直後、天栄村のコメ農家たちは頭を悩ませていた。
「味をとるか? 安全をとるか?」
土壌の放射性物質を軽減するには、「カリウム」や「ゼオライト」などの物質を田んぼに撒かなければならないと聞いたからだ。
それが、なぜ味に影響するのか?
「カリウム」は化学肥料である。これを余計に撒くということは、コメが栄養過多になる。
栄養のやり過ぎは「甘いモノの食べ過ぎ」に同じで、身体(草丈)ばかりが大きく育ち、肝心の米粒(種)の発育が疎(おろそ)かになってしまう。その結果、「味が落ちる」。
「ゼオライト」の撒き過ぎも良くない。
こちらは、逆に稲に必要な「栄養素」まで奪ってしまう。
「味か? 安全か?」
答えは自明であった。安全に決まっている。
それでも、日本一のコメを作り続ける篤農家たちは、土地を壊すことに激しい抵抗を覚えたのだ。
今まで何年間も「無農薬」で土地を慈(いつく)しみ、そして育(はぐく)んできた。
そこに大量の化学肥料を投入しなければならない…。苦渋の決断である。
夏になると、今度は「プルシアンブルー」という絵の具のように真っ青な液体を、田んぼに撒いた。
その青い液体は、田んぼの水に溶け込んだ放射性物質を吸着してくれるのだという。
「収穫したお米から放射能が出ませんようにっ」という強い祈りが、田んぼを真っ青に染めた。

そして、収穫。
放射性物質は「ND(Not Ditected)」。不検出。
しかし、安堵も束の間。
天栄村自慢の「漢方未来米」はサッパリ売れなかった。米屋からの注文は一件も来ない…。
予想以上の悪い風評に、福島県知事(佐藤雄平氏)は立ち上がる。
「安全宣言(2011年10月12日)」
ところが、事態は最悪のシナリオへと歩を進めてしまう。福島県の各地の米から規制値を超える放射性物質が検出されてしまったのだ…。
「これは事故ではないのか?」
コメ農家の鈴木博之氏は、そう訴える。
彼は30ヘクタール(平均の10倍)もの田んぼを抱える大農家であり、法人化した社長でもある。
直売所での販売は8割減。
新米のリピーター注文も激減。
やむなく、銀行に追加の「融資」を願わざるを得なくなった。
ところが、「り災証明書か被災証明書」がないと、金は貸せないと追い返されてしまう。
さっそく役場に向かうが、「前例がない」の一点張りで、証明書の類は一切発行してくれない。
それならばと、県庁、内閣府、原子力保安院などを転々とするも、どこへ行っても「たらい回し」。結局、地元の役場に戻されてしまった。
粘りに粘って念願の「被災証明書」は発行されたものの、その証明書は「売り上げ減少」に対するもので、「環境(土・水)」への被害は証明されなかった。
ここに来て、鈴木氏は奇妙な事実に気がついた。
「放射性物質は危険物質ではない?」
法律関係の本を片っ端からひっくり返してみると、確かにそうだ。
「土壌汚染対策法」では「放射性物質を除く」となっており、「水質汚濁防止法」でも「適用しない」となっている。
「環境基本法」を見れば、放射性物質による土壌汚染・水質汚濁は、「原子力基本法」の定めに従うと書いてある。
ということは、鈴木氏の願う「環境(土・水)」への被害を証明するには、「裁判」に訴えるしかないということになる。
そこで彼は「告訴状」を東京地検特捜部へ提出。
しかし、その告訴状はあえなく返却されてしまう。「具体性に乏しい」というのが、返却の理由であった。
「逃げらんねんだよ。
オレは長男坊。先祖伝来の土地もあれば、守るべき墓もある」
「逃げたら、何て言われる?
あの野郎、根性なしって言われんだ。
そんでもう、2人自殺しちまった…」

ある日の鈴木氏は、東京にいた。
「東電」の前に「のぼり」を持って、たった一人で…。

何も言わず、何もやらず、日が暮れてもなお、ただそこに立っていた…。
賢者たちは、その様を見て笑うのかもしれない。
彼は愚公であろうか?
故事において、愚公は「家の前の山が邪魔だ」と言って、一人でその山を崩し始める。
それを見た賢者・智叟(ちそう)は嘲笑する、「バカなことを…、こんな巨大な山を動かせるわけがない」。
しかし愚公は怯(ひる)まない。
「子々孫々続ければ、いつの日にか山は必ずや動かせる」
愚公の不退転の決意に動かされたのは、山ではなく「天帝の心」であった。
そして、天帝が「山を動かした」のである。
人間の一歩は悲しいほどに小さい。
それでも、その小さな一歩が人の心を大きく動かすこともある。
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出典:ETV特集
「原発事故に立ち向かうコメ農家」