「俺たちは作った作物を『捨てろ』と教わったんだ」
「市場に出すよりもいい値段で『補助金』が貰えるからだ」
ここは「ギリシャ」である。
ヨーロッパ金融危機の震源地であり、返済不能の借金は先頃50%がチャラにされたばかりだ(実際に金融機関がどれほど受け入れるかは未だ不明であるが)。
年老いた農民たちは、こう言う。
「昔は良かった。補助金が頻繁にもらえた。」
「今の首相パパンドレウの父親が首相をやっていた頃が一番良かった。」
しかし、若い農民たちは、こう思っている。
「昔のツケが今のオレたちを苦しめている。」
「作物を捨てるなんて、お金をドブに捨てるようなもんだぞ。
本当に収穫したばかりのアプリコット(あんず)をあそこの川に捨てに行くんだぞ。」
年老いた農民は、こうも言う。
「昔のドラクマ(ユーロ導入前のギリシャ通貨)は良かった。
ユーロになってからは、さっぱり儲からねえ。」
おそらくは、ドラクマのお陰で儲かっていたわけではなく、昔のほうが景気が良かったのであろうが…。
若い農民のほうが視野が広い。
「補助金がギリシャの農業をダメにしたんだ。収穫しなくともアプリコット(あんず)をたくさん植えるだけで補助金が貰えた。
だから、みんな土地を広げるだけ広げて、果樹の品質には無頓着だった。
そのせいで、すっかりギリシャの作物の品質は悪くなり、外国から入って来る作物と競争できなくなっちまったんだ。」
日本の農業にも数々の補助金が存在するが、それが農業を救うものなのか、もしくは殺すものなのかは、時の証明を待たざるを得ない。
日本の品質に懸念はなかろうが、その価格となると競争力が疑問視されている。
そんなギリシャの農村で、ある事件が起きる。
紀元前6世紀の彫像の密売により、ある農民が逮捕されたのだ。
その彫像は彼の農地から、偶然出てきたものだった。
農民仲間たちは、彼の無罪を信じて疑わない。
「アイツはそんなことをする奴じゃねえ。」
しかし、こう言う仲間もいる。
「彼は無一文で奴隷のように働かされていた。
病気の子供を抱え、多額のローンもあった。
誰かに『売れ』とそそのかされたのさ。」
海外ニュースだけでは、ギリシャ危機による国民の苦悩は伝わってこない。
ただ、派手なデモの映像だけが放映されるだけである。
ギリシャの労働組合がアプリコット(あんず)の輸入を阻止しろとのデモもあった。
「オレたちゃ圧力鍋の中にいるようなもんさ。
鍋の中には積もり積もった色んな事情がギュウギュウに詰まってる。
このままだと、いずれ革命がおきるだろう。」
「家を50軒も持っている閣僚もいる。
長官であれ、閣僚であれ、お偉いさんは皆同じだ。
一番デッカイ寄生虫は政治家なんだ。」
国民の不満のハケ口は行き着くところに行き着く。先日、ギリシャのパパンドレウ首相は辞任を表明した。
しかし、それでギリシャの問題が片づくと思っている人は誰もいないはずである。
ギリシャ政府はある人物、ノーベル経済学賞を受賞したジョゼブ・スティグリッツ氏に助言を求めた。
彼の言によると、国も金融機関も「損」を隠しておく傾向にあるのだという。
それはアメリカでもヨーロッパでも同じで、その隠しておいた損は、景気が上向いた時に、さりげなく何かと相殺して「なかったこと」にするのだとか。
オリンパスの不正も、まさにこの手法であった。
景気が上向けば、どこかにプラスは現れるかもしれないが、もし、それが現れなかったら?
なし崩しとなるより他にない。
ギリシャ経済に成長の見通しはない。年々、経済規模はジワジワと縮小していくばかりである。
世界がヨーロッパを不安視していたのは、ギリシャを心配していたわけではない。
ギリシャ一国の問題であれば、解決策はいくらでもある。
かつて、アルゼンチンがギリシャと同じような苦境に陥った時には、アルゼンチンを「米ドル」から切り離し、積もり積もった借金を「デフォルト(債務不履行)」にした。
その過程においては苦境が深まったものの、長期的には6年にも及ぶ高度経済成長(年平均9%成長)がアルゼンチンを潤した。
しかし、ギリシャはアルゼンチンではない。
ギリシャはユーロと借金によって、ヨーロッパ各国と複雑怪奇に絡み合っている。
その複雑に入り組んだ中から、ギリシャだけを丁寧に取り出すことは名人芸であり、そんな名人はどこにもいない。
ヨーロッパを繁栄に導くためのユーロのつながりは、蟻地獄へと連鎖的に引きずり込まれる足カセと化してしまった。
そのため、世界はギリシャ危機がヨーロッパ各国に悪影響をもたらすことを心配していたのである。
それは、半ば現実化しており、ギリシャの引きずられたアイルランド、ポルトガルなどは救済計画の最中である。
それでも、これら経済規模の小さい国を救済するのは、ヨーロッパにとってはさほどの苦痛ではなかった。それくらいの資金はあった。
しかし、危機は明らかに大国・イタリアに狙いを定めてきた。
イタリアはヨーロッパ第3位の経済大国(世界でも7位)。この大国を救済するほどの資金をヨーロッパは持ち合わせていない。
イタリアが救済の船に乗ろうとするのは、小舟に象が乗り込んで来るようなものである。
その国がどれほどの危機的状況にあるかを測る指標の一つが「その国の借金(国債)の利回り」である。
国債の利回りが大きいほど、国の信用が低いということになり、余計な金利を支払わなければならなくなる。
イタリアの公的債務は1億9,000億ユーロ(約200兆円)である。
昨夜、注目のイタリア国債の利回りが急騰した。
イタリアが耐えられる限界とされていた6.5%を軽々と突破し、7%までをも超える急騰である。
この7%という水準は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなどが支援を要請した水準でもあり、イタリアという巨象が船に乗り込んで来る可能性が高まったことになる。
イタリアの諸悪の根源であるとされたベルルスコーニ首相が辞任を表明した矢先、ヨーロッパがホッと一息ついた翌日の急襲であった。
また、イタリア単体での利回りの他に重要な指標もある。
それは、ユーロ圏最強国・ドイツとの利回り格差(スプレッド)である。この差は、ドイツとの信用格差を意味する。
このスプレッドが5%を超えると、危険水域に突入したとみなされ、イタリア国債を融資の担保とする際には、追加の証拠金の支払いを求められるのだ。
このように、利回りの高騰は、様々な弊害も誘発しながら、悪循環のドツボにはまって行くのである。ちなみに、イタリア国債とドイツのスプレッドは5%を超え、すでに一部の金融機関では追加の証拠金を課し始めている。
ギリシャ危機がユーロ中核国にまで波及するのは最悪のシナリオの一つである。
残る大国は、ドイツとフランスしかいない。
そのフランスですら「格下げ」の影に怯えている。今月のドイツの鉱工業生産指数は、ドイツの経済ですら急減速したことを伝えている。
あるギリシャ人は、こう言っている。
「これは金融危機なんかじゃない。もはや戦場だ。
第二次世界大戦よりも酷いことになる。」
農地から偶然顔を出したギリシャ彫像・クーロス。
この彫刻は、のちの華麗なギリシャ彫刻につながる「原点」とも言われている。
真っ正面を向いた直立不動のその姿は、原初的で素朴な力強さに満ちている。
「クーロスが現れたのは、偶然じゃない。
我々は原点を思い出さなければならないのだ。
思えば、随分と遠いところまで来てしまっている。」
クーロスとはギリシャ語で「青年」を意味する。
おおよそ動きのない像ではあるが、左足が一歩前へと踏み出されている。
静から動への偉大なる一歩である。
2,500年以上も土中に埋(うも)れていたクーロス。
どれほど偉大な歴史であれ、土に埋もれる日はやって来る。
それでも、残るものは残ってゆく。あの農村では、どこの家にもクーロス像が置いてあるのだという。
土中で眠っていたクーロス像は、いったい何を言わんとしているのだろうか?
歴史は大きな転換点を迎えようとしているのかもしれない。
力強い一歩は、どの方向に踏み出せば良いのであろうか?
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出典:BS世界のドキュメンタリー
シリーズ 世界を翻弄するカネ 「ギリシャの悲劇〜経済危機と遺跡泥棒」

