2011年10月19日
「自給」への渇望。金子美登氏の自給の輪は世界へと羽ばたいた。
島国である日本にとっては、「自給」という年来の悲願がある。
しかし、国家の施策としてはあまり成功を収めていない現実がある。
そこで近年脚光を浴びているのは、「国家」という大規模な構想ではなく、「地域」という小規模なそれである。
日本でその先駆けとされているのが、「金子美登(かねこ・よしのり)」氏の霜里農場(Frostpia-Farm・埼玉県)である。
この農場では、一般的な日本人が連想できる農作物のほとんどを栽培していると言っても過言ではない。その種は80種にも及び、食のみならず「エネルギー」までも自給している。
エネルギーの自給とは?
古典的な「炭焼き」から、「太陽光発電(揚水ポンプ・アイガモ防御の電気柵)」、「バイオ・ガス」、「廃油燃料」などなど。
「バイオ・ガス」は、家畜の糞尿や生ゴミを微生物の働きで「発酵」させ、その結果発生する「メタン」を利用する。この農場では、このガスを主に「給湯用」に使用しているとのこと。
ちなみに、5人家族では一日に2立法メートルのガスが必要だそうで、そのためには「牛2頭・豚8頭・鶏280羽・人間40人」分の糞尿が必要なのだとか。
また、バイオガスの副産物として得られる「液体肥料(ガスを出した後の糞尿)」は、空気の無い状態を経ているため、有害病原菌や病害虫が死滅したクリーンな肥料になるとのこと。
「廃油燃料」はSVO(Straight Vegetable Oil)と呼ばれるもので、一般的な廃食油(天ぷら油など)を遠心分離で精製したもの。
このSVOは、農場のトラクターはじめ自動車にも使用できるという。
しかし、使用に際しては若干の改造が必要となる。化学処理をしないSVOは固まりやすいため、熱交換器を取り付け、エンジン始動時にSVOを高温加熱しなければならないのだ。
金子氏の自給(食・エネルギー)への取り組みは一農場(耕地3ha)から始まって、いまや地域を巻き込んだものへと発展している。
農場の生産物は、地域の家庭およそ30軒に宅配され、各家庭は月額8,000〜1万円を負担してくれているという。
また、地域の業者により加工された製品は多岐にわたる(酒・醤油・麺・ジュースなど)。
農場のエネルギー源となる「生ゴミや廃油」も、各家庭や食品加工工場などからもたらされる。
はじめは小さかった金子氏の「循環の輪」も、いまや地域を回すほどの「循環の輪」へと拡大しているのである。
若き日の金子氏が有機農業を起点とする自給に取り組み始めたキッカケは、高度経済成長期の日本の農業が「あらぬ方向」へと進み始めていることに危惧感を抱いたからだという。
生産効率を上げるため、農場の牛を増やしたところ、なぜか牛たちが病気がちになってしまう。よくよくその原因を探ってみると、外部から購入したエサに問題があった。
農場内の草を食べさせていた頃は、胃内のバクテリアが盛んだったのに、外部からエサを買うようにしたら胃が酸性に偏り、バクテリアが胃内に住めなくなってしまっていた。そのため、病気に対する抵抗力が低下してしまっていたのだ。
若き金子氏は、効率優先の無理な規模拡大が「生命」を損ない、循環の輪を断ち切ってしまうことを身をもって知るのである。
農業で儲けることは一般的に難しい。
金子氏が有機農業を始めて間もない頃は、「異端児」としか見られなかったという。
ところが、40年経った今では、その異端児の元に多くの研修生が詰めかけるほどになっている。
金子氏の確立した優れた自給と供給のシステムは世界にも広まり、「Teikei(提携)」という言葉でアメリカでも行われているのだという。
我々島国に住む日本人にとって、「自給」という言葉は魅力的である。
食糧やエネルギーを他者に任せっきりにするのには、どこか不安が伴う。
金子氏のように、太陽と大地に直結すれば「自給」というスタイルは可能なのかもしれない。しかし、現代文明はそうした自然から遠ざかろう遠ざかろうとしているかのようである。
草の根的に日本に広がる「自給」の動きは、本能的なものとも思える。
食糧が常にスーパーにあるとも限らなければ、エネルギーが常に電気会社から送られてくるとも限らない。
我々の豊かな生活は、他者に大きく依存し切っていることを忘れてはならないのである。
出典:クローズアップ現代
「シリーズ 地域に探る“未来へのヒント” “自給力”が暮らしを変える」
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