2011年10月04日

日本にはあえて水に沈む橋がある。「沈下橋」に見る「柔」の思想。


「沈下橋(ちんか・ばし)」というのが、日本各地に残る。

沈下橋とは「潜水橋」とも言い、その文字通り「水に沈む橋」である。



何のために沈むのか?

沈下橋が多く残されている地域を見れば、その理由は自ずと浮かび上がってくる。

宮崎、大分、高知、徳島、三重……、そう、「台風」の通り道、水害の多い地域である。



沈下橋の一見して分かる特徴は、「欄干(手すり)」がないことである。

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欄干がないことにより、大水で流されてくる「土砂や流木」が橋に引っかかりにくい。必然、橋は流されにくくなる。

沈下橋は大水が治まるまで、荒れ狂う水の中でジッと身を潜めるのである。

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橋に欄干(手すり)がないと危険ではないか?

確かに、ヨソ見をしていれば川に落ちてしまうかもしれない。しかし、その欄干のせいで、橋が流されてしまうのでは割に合わない。

言うまでもないことではあるが、橋は人を渡すために作られるのである。その点、欄干は「飾りか気休め」のようなものである。まさか、その飾りに足を引っ張られるわけにはいくまいという理屈である。

本末転倒にならぬよう、欄干は潔く省略されているのである。



沈下橋のもう一つ上をゆく橋に、「流れ橋」というものもある。

流れ橋とは、「橋げた(渡る部分)」が流れてしまう橋である。

「橋げた」は流されても、その土台である「橋脚」は流されない。いや、むしろ「橋脚」を守るために、「橋げた」は自ら流れていくのである。



「柔よく剛を制す」

強烈な大水の流れに逆らわず、橋の一部を流してしまうことで最も大切な部分を存続させる。

忠節の誉れ高き武士のような橋が「流れ橋」である。

なんと日本的な発想の建造物であることか。



「柔らかさを残して、強い力を受け流す」という発想は「柔構造」とも呼ばれる。

「柔構造」に対するのは、徹底して力で対抗する「剛構造」である。

これらの語は、「地震」に耐える建物を造る際によく用いられるものである。



かつて、この「柔構造」と「剛構造」の是非について、激しく議論が交わされた時代があったという。

時は関東大震災(1923)後、地震に強い街の復興を模索していた頃。

真島健三郎という人物が「柔構造」という建物を提唱したのである。建物にある程度の「柔らかさ」を持たせることにより、地震の衝撃を建物全体で受け流すという発想である。

古くは日本の五重塔などが、このような発想に基づいた建造物とされている。

しかし、欧米的な思考が世を席巻していたご時世にあっては、真島のような「柔派」はじつに少数派であり、大多数が「剛構造」を支持していたとのことである(柔剛論争)。



一時は軽視された「柔構造」の発想も、時代が下るにつれ見直しの機運も高まる。

1965年、日本最初の超高層ビルとして建造された「霞が関ビル」の設計では「柔構造」が採用されている。

そして、その設計を行った武藤清氏は、「柔剛論争」時の「剛派の論客」であったというのが面白い点である。



時は下り、来年グランド・オープン予定の「東京スカイツリー」。

その構造の柱とされたのが、五重塔で用いられていた「心柱」だという。

「心柱」は建物本体とは分離されており、地震時に心柱が建物本体と逆の方向へ揺れて、全体の揺れの度合いを軽減するのだとか。

日本の五重塔は、台風や火事による損壊はあるものの、地震による倒壊の記録は見当たらない。歴史の証明する「柔構造」の傑作である。



「力という発想」で、どこまで自然の猛威に対抗することが出来るのか?

建造技術の躍進により、橋にしても建物にしても、ちょっとやそっとではグラつかない強靭な建造物が造られるようになった。

ついに、人智は自然の叡智を超えたのか?



しかし、その栄華もツカの間。

近年の自然災害は「想定」を超えるものばかりである。

津波では流されないとされていた鉄筋コンクリートのビルまでが流されてしまう。建物ばかりが頑丈でも、肝心の地面が耐えられない(液状化など)例も見受けられる。

さらに、強度を増せば増すほど、その重量が重くなり、かえって自重で自壊する例もある。



治水に関しても、考えを新たにしなければならない。

堤防や水路で仕切って、水を一ヵ所に集めるという発想は破綻をきたしている。処理しきれぬほどの水が流れ込んでしまうことも少なくない。これは「剛」の治水の限界である。

かつての武田信玄の治水においては、水を集めて治めるという発想ではなく、「水を分散させて治める」という手法であったという。いうなれば「柔」による治水である。



日本の長き歴史は、日本人に「力で自然に抗することの虚しさ」を教えていたのであろうか?

日本人に「剛」という性質は似合わない。この国民は自然を足下に抑えこもうとはして来なかったのだ。

偉そうにふんぞり返るよりは、地面に身を平らにする。その様はまるで水に沈む「沈下橋」のごとし。



「上には上がいる」のであろうから、どこかで妥結点を見出す必要もあろう。

勝とう勝とう、強く強くでは重たくなるばかり。

負けて勝つのが粋ではないか?



風波の波頭に立ち続ける人もいれば、潮の満ち引きに応じて立ち位置を柔軟に変える人もいる。

「メガネをかけたキャッチャー」古田敦也氏は「優柔決断のすすめ」という書を書いている。

優柔「不断」ではなく、優柔「決断」である。

「優柔」とは本来「グズグズすること」を意味するが、この柔らかさを逆手にとれば「極端に走らず、バランスをとる」ことに通ずる。




沈下橋、五重塔……。

その構造は、「優柔」であるがゆえに大いに価値が高まった。

日本人の残した想いは、苦境に立たされたときにこそ、ふと輝きを増すようだ。



出典:新日本風土記 「仁淀川」

posted by 四代目 at 07:03| Comment(0) | 自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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