2011年10月02日

世界を二分する「進化論」対「創造説」。「違い」は「優劣」か?


日本人の多くは「進化論」をすんなりと受け入れられる。

それは、「進化論」が初めて日本に伝えられた時のエピソードからも窺い知ることができる。



時は江戸時代から明治時代に変わって、「文明開化」間もない頃(1877)。

未開な日本にやって来たのは、進んだ国・アメリカの偉い学者さん「エドワード・モース」。モースは、当時の欧米では最新の学説であった「進化論」を東京大学において、意気揚々と講義する。



ところが、この素晴らしすぎる最新の学説に、日本人たちは「きょとん」。

モースはこう思った。「ははーん、分かってないなぁ。仕方あるまい。彼らにはチト難しすぎたか…。」



しかし、現実は全くその逆。

「人間は自然の一部である」と説く進化論は、日本人にとっては「あまりにも自然な考え方」であったため、逆にその価値を見い出せなかったのである。

つまり、理解不能でキョトンとしていたわけではなく、当たり前のことを偉そうに言われたために、「それがどうしたの?」となってしまったわけだ。



なぜ、欧米では「進化論」が激賞されたのかと言えば、それは従来の考え方が、キリスト教の教えに基づく「創造説」であったためである。

「進化論」では、「人間も昔は猿だった」となるわけだが、「創造説」では、「人間は地を這(は)うもの全てを支配させるために、神様が特別に造った存在である」となる。

進化論においては、自然と人間は「不可分(分けられない)の関係」にあるが、創造説においては、自然と人間は「隔絶(分離)した関係」にある。



創造説において、人間はどこまで遡(さかのぼ)って行っても、あくまで人間である。

それは、人間に限らず、すべての動物・植物もそうである。その姿・形は「神様が造ったそのまま」から一切変化しない。「不変」なのである。



創造説に基づく考え方は「奴隷」を正当化した。

白人と黒人は「まったく違う生き物」と捉えられたのだ。黒人は人間ではなく、むしろ「家畜」である。黒人は「白人に仕えるために造られた」と考えたのである。

もともと、人間(白人)は「地を這うもの全て」を支配するために造られたのであり、黒人はその人間(白人)の支配を補助するような存在でしかなかった。

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こうした「奴隷制度」に心を痛めていたのが、進化論の生みの親「ダーウィン」である。

ダーウィンは牧師を志すほどに敬虔なキリスト教徒であったが、ビーグル号による世界一周航海(1831〜1836)の末、「神様に造られた人間説(創造説)」にささやかな疑問を抱くようになっていた。



航海中に、ダーウィンはある鳥(マネシツグミ)が地域によって微妙に違う姿・形をしていることに疑問をもったのである。

「創造説では、動物の姿は『不変』のはずなのだが、この鳥は住む環境によって姿が微妙に変化しているように思える……。」

この疑問は「自然淘汰(Natural Selection)」という考え方に行き着く。この考え方によると、動植物の姿は不変(神様の造ったまま)ではなく、自然環境によって「変わりうる」となる。

これが、西洋世界に激震をもたらした「進化論」である。



ダーウィンはこの考えに行き着いてなお、その発表を20年以上も遅らせている。

なぜなら、ダーウィンの「進化論」は、キリスト教の「創造説」を真っ向から否定するものであり、それは神への冒涜であり、神を殺してしまうこととも思えたからだ。

しかし、ダーウィンには「奴隷制度」を黙認することもできない。長き深い葛藤の末、ついにダーウィンは「種の起源(1859)」という一冊の書籍を発表する。



ダーウィンの懸念した通り、宗教界からは凄まじいバッシングを受ける。

「ダーウィンこそが猿だ!悪魔だ!!」

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西洋で「猿」というと単なる動物ではなく、「不道徳(虚栄・淫乱)」の象徴である。神様から特別に造られたはずの人間様が、まさか猿では都合が悪すぎる。



しかし、ダーウィンの予想を裏切るように、科学界からは絶大な支持を受けた。

こうして、宗教界と科学界の「断絶」は明らかとなり、以後、「創造説派」と「進化論派」は現在に至るまで融和の道を見い出せずにいる。

現在、日本での進化論「支持率」は9割を超えるが、アメリカでは「反対派」が多く、4割以上とも言われている。

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20世紀に、「進化論」は意外な進化を見せた。

なんと、「植民地」支配の絶好の論拠となってしまう。「優れた人間」と「劣った人間」が存在するという具合いに、進化論は「曲解」されてしまったのだ。

そのため、「優れた人間である西洋人は、劣った人間であるアフリカ・アジア人たちを指導教育する義務がある」として、欧米諸国は積極的に「植民地」を拡大していったのである。



ここに補足説明を加える。

正確に言うと、ダーウィンは「進化」という言葉を使っていない。彼が使った言葉は「変化(modification)」である。この言葉(変化)に優劣はなく、あるのは姿・形の違いだけだ。

「変化」を「進化(evolution)」と解釈したのは、「ハーバード・スペンサー」である。

彼は著書「第一原理」において、ダーウィンの「変化(modification)」を「進化(evolution)」として、動植物の変化に「方向性という価値観」を付与したのである。

そして、この新たに付与された価値観が、人間の姿・形の「違い」に「良し悪し(優劣)」を生むことにつながってしまった。



「奴隷」を不当化したかったために、ダーウィンは自らを犠牲にしてまで新学説(進化論)を発表したはずだった。

しかし、進化論を支持した人々は、奴隷の変わりに今度は「植民地」を正当化してしまった。

「創造説」は神様が優劣を決め、「進化論」は自然が優劣を決めるとされ、西洋全体が皮肉にも一丸となって植民地主義(帝国主義)を礼賛したのである。



さらに悪いことには、この後に登場する「遺伝子」が人間の優劣論を決定的にする。そして、あのユダヤ人大虐殺にまでつながってしまうのだ。

19世紀に誕生した進化論から連なる一連の科学の発展は、20世紀の世界を混乱の渦へと突き落とす不幸な結果をもたらしてしまったのである。

核兵器にしてもそうであるが、科学は破壊的にも平和的にもなる「諸刃の剣」なのである。



さて、21世紀の現在は?

進化を人間が操れる時代にまでなった。遺伝子を操作するのみならず、「進化計算」と呼ばれるコンピューターを用いた手法は、あらゆるシーンで活用されている。

日本の「新幹線」は進化計算の末に生み出された形であり、その形は人間がデザインしたものではないのだという。



少し詳しく見てみよう。

まず、人間が考えられるだけのデザインをコンピューターに入力する。すると、コンピューターはそれらのデザインを交配させて、まったく独自のデザインを生み出す。

この手法を繰り返すことで、空気抵抗・騒音・積載乗客数などで理想に近い形が見えてくる。



しかし、この繰り返しでは結局みな似たような形に落ち着いてしまう。そこで、「突然変異」のデザインを再投入する(コンピューターがランダムに作成する)。

すると、一時的な混乱で平均値は落ちたりするものの、まれにイノベーション(革新)が起こり、理想を超えるデザインが誕生したりもする。これが進化計算の妙である。

こうした誕生したのが「新幹線N700系」である。

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ダーウィンの進化論の登場は、19世紀における「突然変異」であった。

その突然変異によって、ヨーロッパは一時的な混乱に陥った。そして、不幸にも誤ったモデル(植民地主義)が選択されてしまった。

ところが、混乱の末にはイノベーション(革新)も起きた。現代社会はその恩恵をあずかっているとも言える。



「淘汰(selection)」という言葉は示唆的である。

神様が選ぶのか? 自然が選ぶのか? はたまた人間が選ぶのか?

神様と考えるのが「創造説」であり、自然と考えるのが「進化論」である。人間が選ぶのは、そのどちらかとなる。



アメリカ国民は「創造説」が好きである。

とくにキリスト教徒たちがそうである。子供たちへの教育は当然「創造説」であり、科学を信じる大人たちも「創造説」を選択する。

「創造説」は科学的な説得も可能である。なぜなら、進化論には弱点もある。「眼の進化」などは進化論ではうまく説明できない。

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創造説は進化論の盲点をつく。科学で解明できていない部分はすべて「神の御業」である。現代において、科学が説明できないことなど山とある。

そのため、「創造説」の支持者は年々増加しているのだという。



人間がどんな考え方をするかは自由である。

しかし、そこに「優劣」をつけてしまうと、20世紀に逆戻りだ。

「違い」を「優劣」と考えたため、進化は「弱肉強食」と捉えられた。この世界観では「力」が大いにモノを言う。しかし、少し冷静になれば、「強いもの」が生き残っているとは限らない(一時的な繁栄は謳歌するが…)。

「最強だったはずの恐竜はどこへ行った?」となるのである。



そこで「適者生存」へと発想を転換したのである。ここに来て、ようやく「違い」は「多様性」という価値を持つに至る。

いずれにせよ、「創造説」であれ「進化論」であれ、一長一短。完全な選択肢は存在しない(この点は世界の優しいあやふやさである)。



日本的な思考は「進化論」寄りである。

八百万(やおよろず)の神、一寸の虫にも五分の魂、輪廻転生……。

生きとし生けるものに優劣をつけたがらない。この国民は「分離的な思想」をあまり好まないようだ。



ところで、昔の人間の姿・形はどれほどに重要なのであろうか?

あやふやな「過去」は、どのようにでも解釈可能であり、みな好きなように解釈すれば良いようにも思う(神様が絡むとそうも言っていられなのかもしれないが…)。

あまり「あやふやな過去」に重きを置き過ぎると、そこに「依存」してしまうことになる。

過去が栄光に満ちていようが、臥薪嘗胆であろうが、過去に依存しすぎることはバランスを崩す一因ともなりかねない。



我々の概念の中には、「過去・現在・未来」という3つの要素が存在する。

未来ばかりを追っていても、地に足がつかなくなるかもしれないし、過去ばかりを振り向いたままでも、つまらないことで躓(つまづ)きかねない。

どこか一ヵ所が過度に偏重されてしまうことは、望ましからぬ弊害を招きかねない。



「過去・現在・未来」、この3者が「Win・Win・Win」となる道はどこにあるのだろうか?

それは「Nowhere」かもしれないし、「Now Here」かもしれない。



「種の起源」から10年以上ののち、ダーウィンは「人間の由来(1871)」という書物を発表している。

この書には、こうある。

「人間は知能が徐々に上がるにつれ、

他者への思いやりの心を、全ての人種、障害があって働けない人々、最後は動物にまで広げるようになってきた。

この心の水準は、ずっと向上し続けている。」



ダーウィンの思想は世界に分離を生んだものの、これは「心の水準の向上」にとって必要な分離なのかもしれない。

分離は統合を生み、また分離する。そして、また統合する。分離と統合は流転する宇宙の常であり、その様は呼吸のごとし。



今後、人類はどのように自らを「淘汰」してゆくのであろうか? 

優劣至上主義は依然残されてゆくのであろうか?



ダーウィンの冷静な観察眼は、「違い」を優劣ではなく、「違いそのまま」に見ていたことを忘れてはならない。

世界を混乱させたのはダーウィンではなく、恣意的に判断された「優劣」である。





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出典:大発見史 「疾走する進化論」



posted by 四代目 at 09:43| Comment(1) | サイエンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
管理人様

はじめまして大絶画と申します。
復刊ドットコムにダーウィンの主著『人間の由来』の文庫化をリクエストしました。管理人様をはじめ皆様の投票次第で文庫化される可能性があります。
URLから投票ページにアクセスできます。趣旨に賛同していただけるようでしたら投票にご協力をお願いします。
なおこのコメントが不適切と判断されたら削除していただいてかまいません。
Posted by 大絶画 at 2012年11月02日 10:54
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