2011年09月30日

アメリカの茶会はまことに穏やかではない。徹底した対立路線をひた走る「ティーパーティー」。


「ティーパーティー」というのをご存知だろうか?

これはイギリスの奥様方による優雅な茶会でも、裏千家による茶会でもない。

アメリカにおける政治運動の一つである。



そもそも「ティー」は「お茶」を意味しない。「Taxed Enough Already(もう税金は十分に払っている)」の頭文字「T, E, A」を取ったものである。

また、「パーティー」に関しても「誕生日パーティー」などのパーティー(会合)ではなく、「徒党」や「集団」を意味する(政党は英語で「Party」)。

つまり、「ティーパーティー」というのは、「必要以上の政府課税に反対する集団」のことなのであり、決して「お茶の会」ではないのである(お茶会は開くかもしれないが…)。



「ティーパーティー」は、その真意の通り、政府の課税を好まない。

日本の「子ども手当て」など「もってのほか」である。彼らは「バラマキ」を決して容認しない。

さらには、日本の「年金」や「国民皆保険」などもヘドが出るほど嫌うことだろう。年を取るのも、病気をするのも、それは「全て自己責任」なのであり、政府が関与すべき問題ではない。



お察しの通り、この姿勢は現在のオバマ大統領とは「対極をなすもの」である。

つまり、ティーパーティーはオバマ大統領に「大反対」である。



元々、このティーパーティーという名称は、「ボストン茶会(tea party)事件(1773)」に由来する。

当時のアメリカはまだ独立前であり、イギリスの植民地下に置かれていた。そのイギリスは世界各地でフランスと植民地争奪戦を繰り広げており、北アメリカ大陸をも戦場としていた。

フランスとの戦闘に疲弊したイギリスは、とんでもない額の借金に苦しむことになる。何とか金を工面しようとして考えたのが、植民地(アメリカ)への重い課税である。



そして、その課税は「お茶(tea)」にも及ぶ。

オランダ商人からの密輸が盛んであった「アメリカのお茶」を課税の管理下に置くために、イギリスは自国の「東インド会社」にアメリカのお茶を「独占」させる。

ところが、この決定に猛反発したアメリカ人たちは、東インド会社の船に積んであった大量のお茶を、怒りのままに海へとブチまける。

「ボストン港をティーポットにしてやる!」と息巻いた彼らの言う通り、港湾はさながら巨大なティーポットと化した(たいそうショッパいお茶であろう)。



この騒動は、ついにはアメリカ独立戦争へと発展し、アメリカは見事独立を果たすこととなる。

余談ではあるが、アメリカ人がコーヒーを愛飲するようになったのは、この事件以来だという。なぜなら、イギリスの統治に反対するために、お茶(紅茶)の不買運動を起こし、紅茶の替わりにコーヒーを飲むようになったからだという。



現在のティーパーティー運動は、この歴史的事実を踏まえたものである。

そして、今回の「事の起こり」はこうである。

リーマン・ショック(2008)後、オバマ大統領は住宅ローンを払えなくなった人々を救済する案を提示する。

すると、それに反発した経済アナリスト(リック・サンテリ)は、こう叫んだ。

「ローンを払えなくなった負け犬たちの借金を、なぜ私達が払ってやらなければならないのか?」



「サンテリの叫び」と銘打たれた動画は「YouTube」にアップロードされるや、猛烈な反響を巻き起こし、一躍大運動へと発展した(2009)。

しかし、それでも初期の段階においては、ネット(ブログ、フェイスブック、ツイッター)などが中心となった、まさに「草の根」の状態だった。



この活動が一気に水面上に浮上するのは、「マサチューセッツの奇跡」が起こってからである。

マサチューセッツ州の上院選挙(2010)において、いきなり無名の新人「スコット・ブラウン」氏が当選してしまったのだ。

この地は伝統的に民主党(オバマ大統領の属する政党)の土地柄であったからこそ、驚きは尚更である。この地はケデディ元大統領以来、半世紀に渡って民主党の牙城であったのだ。

無名の新人「スコット・ブラウン」の起こした奇跡は、ティーパーティー運動の大勝利とされた。



さらに、この勝利は別の意味でも象徴的であった。

民主党はこのたった一つの議席を失ったことにより、安定多数の60議席を下回ってしまったのだ。いわゆる「ネジレ状態」になってしまったことになる。

ここに来て、ティーパーティーは政治的な力をもつに至る。



このティーパーティーが起こした波に乗っかってきたのが、アラスカの「じゃじゃ馬」こと「サラ・ペイリン」氏である(前アラスカ知事、共和党の前副大統領候補)。

「アメリカに第2の革命を!」とティーパーティーを煽りに煽った。

しかし、彼女の言動には、知識の欠如からくる失言が付きものであった。そのため、ペイリン氏の参入は一長一短であった。



そんな折、突如、「銃の乱射事件(アリゾナ・2011)」が起こる。

撃たれたのは民主党議員「ガブリエル・ギフォーズ」氏である。彼女は頭部を撃たれながらも一命は取り留めた。

この事件は、「ティーパーティーを煽ったペイリンのせいだ」と大いに非難された。ペイリン氏が「弾丸をつめろ」と発言したことから、この事件が起こったのだと解釈されたのである。



この事件は、ティーパーティーの「過剰な過激さ」を象徴している。

ティーパーティーと一口に言っても、600以上の団体が存在し、必ずしも共和党(オバマ大統領に対立する政党)だけとも限らないのである。

ただ、彼らが一致している点は、「反オバマ」であることに尽きる。

そして、その中には上記のように「行き過ぎている団体や人物」がいるのも確かなことである。



ティーパーティーの活動は「保守的」と称せられる。

日本で「保守的」と言えば、政府が強い権限を握るようなイメージがあるかもしれないが、それは日本古来の政体が強い権力を持っていたことに由来する。

しかし、アメリカで「保守的」と言えば、個人の実力で土地も切り取り次第であった初期のアメリカ、すべてが自由であった頃の気風を象徴するのである。

つまり、アメリカの保守派は強い権限を持つ政府(大きな政府)に反対する立場にいるのである。個人主義のアメリカらしい「自己責任」が旗頭である。



だからこそ、政府が「借金」をしてまで景気を浮揚するような政策は言語道断である。

この「オバマ vs ティーパーティー」の対立は、先月、アメリカをデフォルト(債務不履行)の瀬戸際まで追い込んだ。デフォルトとは借金を返済日までに返せなくなることである。

まさにあと一日というところで、この危機は回避されたものの、オバマ大統領は共和党(ティーパーティー)に大幅な譲歩を余儀なくされた。



この一事に、世界は「ティーパーティーは世界経済を人質にとった」と大いに非難した。

なぜなら、アメリカのデフォルトという衝撃は、リーマン・ショック以上の混乱を世界に巻き起こす危険性があったからだ。

この茶番(ティーパーティーだけに)に世界は呆(あき)れ果て、アメリカは歴史上初の「格下げ(S&P)」という憂き目に遭ってしまう。

この一事からもわかる通り、今やアメリカのティーパーティーの影響力たるや、オバマ大統領の政策を妨害するのみならず、世界経済をも危機に陥れかねない絶大な力を持つに至っているのである。

世界にとっても日本にとっても、アメリカのティーパーティー運動は対岸の火事ではない。



かつて、日本の民主党は自民党に「反対」することでその存在意義を世間に示していた。

しかし、いざ政権を担ってみると、理想と現実のギャップは埋めようもなく、次々と政策変更を余儀なくされた。



アメリカのティーパーティーにも似た側面があるように思う。

「反オバマ」のもとに結集はしているものの、いざ政権をとったらどうなるか?

「反オバマ」の支えがなくなったら、元々一枚岩ではないティーパーティーは断片化してしまうのではないか?

主義・主張が極端な面が多いために、実現不可能な事柄も多いのではないかと危惧する人々も多い。



かつて、イギリスの植民地支配に反発したアメリカ国民は「紅茶」をボイコットし、「コーヒー」に転換したという。

今回もティーパーティーに対抗した「コーヒーパーティー」も登場している(2010)。



コーヒーパーティーは、ティーパーティーのような「敵対意識を丸出しにした対決一色」には染まるまいと、「対話と協調、多様性」を重視しているのだという。

ある映画関係者のカップルから始まったこの運動は、雪だるま式に膨れ上がり、わずか一ヶ月足らずで全米30州に45の支部が出来上がってしまったという。



「他者に反対」することにより存在を主張するのか(ティーパーティー)?

それとも「他者を容認」することで存在を示すのか(コーヒーパーティー)?



当然、対立を鮮明にする立場の方が、その存在を強調しやすい。しかし、その即効性の副作用として「過激」にもなりやすい。

さらに皮肉なのは、反対する他者にすっかり依存してしまっていることである。つまり、反対する対象を失ってしまうと、自身の存在意義までが失われてしまうのである。



一方、他者を容認する立場をとるならば、その存在は他者に依存しない。

しかし、自分とは異なる他者を受け入れるというのは容易なことではない。

さらに悪いことには、ややもすると「自分の意見がない」と個性派からは非難されてしまうかもしれない。



「No」というのが自己主張であり、「Noと言わない」のは自己主張とは思われない。

アメリカの個性の示し方は「No」と言うことである。

対して、日本の個性は「Noと言わない」ことにある(つまり、アメリカ的な個性ではない)。



古来の日本人は言葉を発するということ自体、あまり評価しなかった。むしろ、究極のコミュニケーションの形は言葉を超えた「以心伝心」にあると考えていたほどである。

古き日本の美徳は言葉や対立を超えた「和」に求められる。

この「和(協調)」こそが2000年以上も独立国家を保てた秘密ではなかろうか?世界でこれほど独立を保ちえた国家は日本をおいて他にない。



「反対」と「協調」は対立する概念ではないように思う。「反対」の一回り大きい概念が「協調」ではなかろうか?

アメリカにもコーヒーパーティーのような考え方が浮上して来たことは、まことに喜ばしい。

「対立(反対)」というのは、「協調」の途上において必ず通らなければならない道なのかもしれない。



posted by 四代目 at 20:00| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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