探査機「はやぶさ」の使命(ミッション)は、小惑星「イトカワ」から「何らかの物質」を地球に持ち帰るというものであった。
小惑星「イトカワ」とは、ラッコのような形をした500m長の小さな惑星である。

こうした試みは「世界初」であり、その成否には大いに懸念がもたれた。
しかし、この「はやぶさ」はどんな絶望をも乗り越え、ついにはそのミッションを完遂してしまうのである。
常識的な頭で考えれば、「はやぶさ」は地球に帰って来れなくて当然であった。それほど「はやぶさ」の受けた傷は致命傷だったのだ。
ところが、ここに「絶対に諦めない日本人たち」がいたのである。
「はやぶさ」は目的地の小惑星「イトカワ」までは、まずまず予定通りに着いたといってよい。
重大な問題が発生するのは、「イトカワ」への着陸の時である。
グラリとバランスを失い地面に激突。ボンと跳ね返され、ボールが跳ねるように何度か地面に叩きつけられる(重力は地球の10万分の1)。そして、ピタリと動かなくなってしまう。
転がったまま30分が過ぎた後、ようやく「はやぶさ」は立ち上がり、何とか「イトカワ」を離脱する。
当初の予定では、鳥の隼(はやぶさ)のように、一瞬だけ「イトカワ」に接地し、瞬時に舞い戻るはずであったのだから、「はやぶさ」は思わぬトラブルに見舞われてしまったことになる。
この時のダメージで機体が破損していたことは、後々判明する。
「イトカワ」で転倒してしまった「はやぶさ」は、「イトカワ」の物質を採取し損ねていた可能性が高かった。
そのため、再トライが必要とされた。しかし、また失敗したら地球に帰って来れなくなるかもしれない。悩ましい選択が迫られることとなる。
その決断は……、「Go」。
「はやぶさ」の使命は何だった? 何も持たずに地球に帰って来ることか?
2度目のトライは、あまりにも見事であった。
まさに隼(はやぶさ)のごとく瞬間的に獲物を捕らえることに成功した。
それもこれも、素晴らしい決断のおかげであった。

さあ、地球へ帰ろう。
ところが、突如「はやぶさ」からの通信が途絶える。
「はやぶさ」が何処(どこ)にいるか分からなくなった。「迷子」である。
探すアテは、「はやぶさ」の周波数を捉えることだけだった。しかし、「はやぶさ」の周波数はリセットされてしまっていたらしく、「はやぶさ」がどんな周波数を発しているのか分からない。周波数には430もの選択肢があったのだ。
この時、さらに悪いニュースがもたらされる。
2度目のトライの時、予定の弾丸が発射されていなかったことが判明したのである(弾丸をイトカワに撃ちこむことにより、舞い上がったホコリを採取する計画であった)。
痛恨のプログラムミスである。働かなくてもよいはずの安全装置が作動してしまっていた事が判明したのだ。
「はやぶさ」は消えた……。しかも、「はやぶさ」は何も持っていないかもしれない……。
それでも、諦めるわけにはいかない。
「はやぶさ」は何かを持っているかもしれない。
必死の捜索が始まった。
「はやぶさ」が地球の方を向いた瞬間に、地球から周波数を送れば、「はやぶさ」に周波数をキャッチしてもらえるかもしれない。
ひたすら、信号を送り続けた。430種類の信号を絶え間なくである。
40日後、諦めかけていたその時、「はやぶさ」から奇跡の応答があった。
「はやぶさ」は生きていた!
ところが、ようやく見つかった「はやぶさ」の機体はグラグラと安定しない。
宇宙では、「縦・横・高さ」の3つの軸をコントロールする必要があるのだが、「はやぶさ」は3つのうち2つの制御装置がすでに壊れてしまっていた。
さらに悪いことには、転倒による衝撃の傷口から気体が漏洩しており、ますます体勢は崩れるばかりであった。「はやぶさ」は「よろめく独楽(コマ)」のようにフラフラである。
制御できない2つの軸を何とかコントロールしなければ、「はやぶさ」は地球の方向を向くことすらできない。さあ、どうする?
ここで名案が湧き出た。「太陽の力」を借りれば良いというのだ。太陽の照射する光は、少なからず外側へ押す力を持っている。その力で「はやぶさ」を押してもらうのだ。
この名案は、見事に「はやぶさ」の向きを整えてくれた。
残るはもう1つの軸。
この調整には、「はやぶさ」自慢のイオンエンジンによるコントロールが試みられた。
エンジンの向きを調整しながら、体勢を制御するのだ。
しかし、「はやぶさ」のミッションは予定より大幅に遅れており、燃料は底をついて次々とエンジンが停止。万策尽来たか…。
その時、またしても名案が。
4つあるエンジンは、それぞれプラス極とマイナス極がある。偶然にも、4つずつある各極のうち、1つずつが生きていた。それを繋げばよい。
通常、4つのエンジンはそれぞれ独立しているため、プラスとマイナスの組み合わせは決まっていた。ところが、奇跡的に違う組み合わせもできるような部品が組み込まれていたのである。
その部品は、長さ5cm、重さ1gという小さなものであった。しかし、最終的に「はやぶさ」を救ったのは、この小さな部品であった。
重さの制限が厳しかった「はやぶさ」は、極限まで部品を減らしていた。ところが、この小さな部品だけは「想定外」に備えて取り付けられていたのである。
今こそが、その想定外。万が一であった。
「はやぶさ」はピタリと体勢を整え、一路地球を目指す。
見えてきた。地球だ!
地球を飛び立ってから、すでに7年の歳月が流れていた。数々のトラブルに見舞われた結果、予定よりも3年遅れてしまっていたのである。
大気圏に突入する直前、「はやぶさ」は懐かしき母国・地球の姿を、自らの眼である「カメラ」に収める。

そして、そのまま焼滅……。
大切な「イトカワの物質」の入ったカプセルだけは、燃え尽きることなくオーストラリアの砂漠へと無事落下。この砂漠はアボリジニ(オーストラリアの原住民)の聖地であった。
宇宙の小惑星から物質を採取できたことは、まことに快挙であった。
失敗したかと思われていた2度目のトライにおいても、見事「イトカワの物質」を採取できていたことが判る。嬉しい誤算である。
「はやぶさ」の送った画像や持ち帰った物質からは、今までの常識を覆すような事実が次々と明らかになっている。
「はやぶさ」の功績は、地球人の宇宙への理解を大きく前進させたのである。

「はやぶさ」が宇宙に滞在した日数は「2,592日間(世界最長)」
旅した距離は「60億km(世界最長)」
不屈の日本人が成し遂げた偉業である。
どこで絶望してもおかしくはなかった。
それでも諦めなかったからこそ、絶望の先の希望にたどり着くことができた。
「はやぶさ」の開いた宇宙の扉は大きかった。
今まで宇宙に興味がなかった人にも、宇宙の魅力を教えてくれた。
「はやぶさ」の遺伝子は「はやぶさ2」へと受け継がれ、「今や遅し」とその出立の時を待ち構えている。
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出典:コズミック フロント〜発見!驚異の大宇宙〜スペシャル
「大冒険!はやぶさ 太陽系の起源を見た」