「フェッセンハイム原発」である。

この原発は「フランス最古の原発」であり、その「安全性」が危惧されたのである。
フランスが外部の圧力によって原発の方針を変えたというのは、かつてない「異例の事態」であった。
フランスは紛れも無い「原発大国」であり、75%の電力を原子力に依存している(原発58基)。

そして、フランスはこの原発路線を今後ともに邁進していく予定である。この大方針はフクシマの原発事故を受けても何ら揺らぐことはない。
この点、脱原発に回ったドイツ・イタリア・スイスなどとは決定的に態度が違う。
しかし、ヨーロッパの国々はお互いが「地続き」である。他国とはいえ、川一つしか隔てていなかったりする。日本の感覚で言えば、隣りの県が他国のようなものである。
上述の「フェッセンハイム原発」がそうである。
ライン川沿いに位置するフェッセンハイム原発は、その川向こうがもう「ドイツ」である(国境まで1.5km)。しかも、「一日の3分の2は、フランスからドイツへ風が吹いている」という。
つまり、フェッセンハイム原発で事故が起こった際には、放射性物質の3分の2がドイツに流入することとなる。
このように、フェッセンハイム原発は、周辺諸国の強い圧力にも晒されやすい環境にある。
なぜ、フェッセンハイム原発の安全性が問われるのか?
まず「古い」。フランス最古であり1978年の稼働である(福島原発と同じ年)。今年で33歳。原発の耐用年数は一般的に「30〜40年」と言われている。
「地震」の恐れもある。この原発の下には「活断層」が走っている。フランスでは珍しくも、この地方(アルザス地方)は地震地帯なのである。
1356年に大地震(M7.8)が起こった際、周辺都市が壊滅した歴史がある。
さらに、「洪水」の恐れもある。この原発は、隣接するライン川の水位よりも「7m低い」場所に建てられている。つまり、もし堤防が決壊すれば、エンドレスに水が流れこむのである。
津波はいずれ海へと戻っていくが、川の氾濫(もしくは堤防の決壊)の場合、水の流入はより継続的である。水位よりも低い場所にあれば尚更である。

原発施設自体の脆弱性としては、格納容器の下(基底部)のコンクリートが極めて薄いという問題点が指摘されている。
福島原発でさえ基底部は4mあったのだが、フェッセンハイム原発の基底部はたったの「1.5m」しかない。そのため、炉心溶融に耐えられないとの懸念がある。

このように、フェッセンハイム原発には「ツッコミどころ」が満載である。
そのため、この原発周辺に位置する65の自治体が「原発停止」という決断を地方議会で可決した。
原発推進派(賛成派)の議員までもが「原発停止」に鞍替えするという異例の事態であった。
市民のデモ活動も半端ない。
5,000人の人々が手をつないで原発を取り囲んだり、断食ストが敢行されたりと、喧々諤々である。
フランスおよび周辺諸国(ドイツ・スイス)の人々の原発非難が、このフェッセンハイム原発に集中したのである。

ところが、フェッセンハイム原発を擁するフェッセンハイム町だけは、原発の「継続運転」を求めた。
なぜなら、このフランスの小さな町は、原発があるからこそ成り立っているようなものである。人口2,300人ほどのこの町の予算の半分以上が、原発の「補助金」であり、その額は毎年3億円以上にのぼる。
この補助金があるおかげで、この町は体育館、プール、メディアセンター、大劇場などの充実した設備を整えることができた。周辺の自治体が羨むほどの繁栄ぶりである。
結局、フェッセンハイム原発は猛反対を受けながらも、7月4日に延長稼働(10年)が認められた。
一時的な再稼働は見送られていたものの、フランスの断固たる原発方針は原発反対の世界的な逆風を受けてもなお、結局は揺らがなかったのである。

フランスの原子力体制は、政府の権限が圧倒的に強い。
「フランス原子力安全庁(asn)」は大統領直属であり、「フランス電力公社(eDF)」の株は70%を政府が握っている(2004年までは完全な国有企業)。
そして、フランスの誇る世界最大の原子力企業「アレバ社」の株式の85%もフランス政府が持っているのである。

どんなに国民が騒ごうとも、フランス政府の意志は絶対なのである。
しかし、フクシマの与えた衝撃は小さなものではない。
かの原発大国といえども、一時は怯(ひる)まざるを得なかったのである。
原発設備に対する「安全の意識」が高まったのは、世界にとって朗報である。
フェッセンハイム原発の稼働延長に関しても、さらなる安全性の向上を再稼働の条件として課されている(薄い基底部の強化など)。
さすがのフランスも一歩譲らずにはいられなかったのである。
出典:ドキュメンタリーWAVE
「フクシマの衝撃〜フランス・揺れる国境の原発」