さらに、その人物が会社の金を使い込み、その会社を首になっていたとしたら?
冷静な頭がありさえすれば、誰も彼の話を信じないだろう。
ところが、アメリカの大統領と国務長官は彼の話を鵜呑みにして、この男が語った言葉を「国連」という公の場で堂々と世界に言い放ったのである。
「イラクには『大量破壊兵器』がある!」
そうして始められた戦争が、2003年の「イラク侵攻」である。
この戦争では、罪のない130万人のイラク人が犠牲となり、400万人の子供たちが親を失い、100万人の女性たちが夫を失った。
戦争が終わった後、案の定「大量破壊兵器」はイラクから見つからなかった…。
イラク侵攻の大義名分とされた「大量破壊兵器」。
その根拠を追求していくと、たった一人の男に行き着くのである。イラクでは「ウソつき」と呼ばれていた男、「カーブ・ボール(暗号名)」である(本名:ラフィド・アフメド・アルワン)。
イラクの化学工場で働いていたというカーブ・ボール。会社の金の使い込みが発覚して、首になる。その後、詐欺を繰り返し、ついには国外へと逃亡する。
彼がたどり着いた先は「ドイツ」だった。「水道のある国」ならどこでもよかった、と後に語っている。
ドイツの情報機関(BND)は、カーブ・ボールが語る「大量破壊兵器」の話を聞くも、「根拠なし」として一蹴した。なぜならカーブ・ボールの元上司(ジャナビ氏)が、「生物兵器を積んだトラックがある」という話を否定したため、情報の裏付けがとれなかったのである。
それでも、BNDは一応アメリカの情報機関(CIA)には知らせておいた。ただし、「この情報は信憑性に欠けるため、もしこの情報を使うのなら自分たちの責任で使ってくれ」との警告を忘れなかった。
その数年後、アメリカのブッシュ大統領(当時)の口から、突然「大量破壊兵器」のことが語られる(2002年一般教書演説)。さらにはアメリカのパウエル国務長官(当時)の口からも、「大量破壊兵器」の話が飛び出してくる(2003年国連安保理)。
ドイツの情報機関(BND)は腰を抜かさんばかりに驚いた。「あのウソつきのカーブ・ボールの話そのままではないか!」
ドイツとしては、「戦争反対」の立場。この情報により戦端が開かれることを恐れた。
当時のアメリカは2001年の9.11テロの攻撃を受け、最高に熱くなっていた。
ジョン・ピラー氏(CIAイラク担当)は語る。「ホワイトハウスは戦争のキッカケを渇望していた。そのため大量破壊兵器の『裏付け』は二の次とされた。」
アメリカは熱くとも、国連はまだ冷静であった。イラクに査察団を送り込み、大量破壊兵器の調査を始めた。
その結果は…、「何の痕跡も発見できなかった」。工場と目された場所は単なるトウモロコシの貯蔵庫であったことが判明した。
ところが…、その1ヶ月後である。アメリカがイラクに攻め込んだのは。
大量破壊兵器は「移動式」だから、どこかへ移動したというのである。
ないものはない。
アメリカはイラクのフセイン政権打倒という大目標を達成するも、戦争の名目とされた大量破壊兵器が見つからなかったことで、世界の面目を失った。
当然、世界は戦争責任者たちを糾弾する。
しかし、失われたものが戻ってくるわけはない。イラクはアメリカの大量破壊兵器により壊滅してしまったのである。
カーブ・ボールも当然槍玉に上がった。
イギリスの新聞ガーディアンで「戦争の引き金を引いた男」として大々的に取り上げられた。そして、彼は「ウソ」をついたことを認めた。
カーブ・ボールはドイツから毎月3,000ユーロ(約32万円)を受け取りながら、保護されていた。そして、その条件はメディアに一切口外しないことだった。
しかし、その報酬が突然打ち切られたため、彼はメディアの取材に応じるようになったのだ。それでも、彼はよほどの大金を提示されない限り、一切口を開かないという。
ラリー・ウィルカーソン氏(元国務長官首席補佐官)は語る。
「金で動いたカーブ・ボールの罪が、国の上層部の罪よりも重いとは思わない。
責められるべきは国の指導者たちである。」
戦争の歴史を振り返れば、この話は特別な話ではない。
日本においても、徳川家康が些細なこと(方広寺鐘銘事件)を名目に、豊臣氏へ戦争を仕掛けている(大阪の陣)。
やはり、ここでも寺の鐘が悪いわけではない。「戦争先にありき」で、寺の鐘はそのライン上に位置していたに過ぎない。
アリの一穴から巨大なダムが決壊するように、時代の趨勢は時として迸(ほとばし)らざるを得ない状況まで追い込まれることがある。
小さな穴を開けたアリだけが悪いとはいえない。小さな穴を大きく押し広げた権力者たちがいる。そして、その権力者を次々と後押しする人々もいるのである。
傍観者たちも安穏とはしていられない。いつ濁流が流れ込んできてもおかしくはない。
世界貿易センタービルに開けられた穴は、今なお拡大を続けているのである。
出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
9.11から10年 第2週 「世界を戦争に導いた男」


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