2011年09月13日

北方領土はどこへ行く?ロシアと日本の深い因縁。

第二次世界大戦後、「ロシアに拿捕された日本の漁船は1330隻以上、乗組員は1万人近い」。

北海道と「北方領土」に挟まれた海域(根室海峡)での話である。

「銃撃により、命を落とした者も30人以上いる。しかも、船は返還されず、漁民を解放してもらうには法外な保釈金を要求される。」



日本とロシアは、北方領土の帰属を巡って長年争ってきたが、北方四島を実際に支配しているのは紛れもなく「ロシア」である。

日本側の姿勢は一貫して「遠慮ぎみ」であり、1997年まで、海上自衛隊は根室海峡を航行したことすらなかった(自国の領海にもかかわらず)。



日本もロシアも「領海」は12海里である。ところが、幅が24海里未満の根室海峡では、両者の領海が重なる。

そのため、重なった部分の中間線が国境とされている。日本はこの中間線を公式には認めていないとはいえ、実際問題、この中間線を越えてしまうと、日本の漁船はロシアに拿捕される。

ロシアによる拿捕を恐れる北海道は「道の条例」により、「中間線のラインの内側に漁業規制ラインを引き、ロシア側への漁船の立ち入りを自主規制している」。

もし、日本の漁船がロシアに拿捕されそうになっているのを見つけても、日本の巡視船は「漁船とロシアの警備艇の間に割り込み、その間に漁船を逃がす程度の対応しかできない」という。



日本の政権の弱体化につれて、また北方が騒がしくなっている。

ロシアの大統領(メドベージェフ)、副大統領(セルゲイ・イワノフ)等が相次いで北方領土を訪問し、軍備の増強、経済開発を指示している(ロシア大統領による訪問は戦後初)。

さらには、今月9日、ロシアの軍艦が宗谷海峡(北海道と樺太の間)を傲然と通過していった(過去最大規模)。



日本には、外国船が自由に航行できる海域が5つある。

上述の宗谷海峡(樺太と北海道の間)、津軽海峡(北海道と青森の間)、対馬海峡東水道・西水道(九州上部)、大隅海峡(九州下部)の5ヵ所である。

これら5つの海峡の幅は狭く、国際法上はすべて日本の領海である。しかし、そこをあえて「特定海域」と指定し、外国の船が自由に航行できるようにしてあるのである。

国の領海と認められるのは「12海里」。ところが、この特定海域に関してはその4分の1である「3海里」を日本の領海としている。これは、他国の便宜をはかるための日本の親切である(実際は、核兵器を搭載した艦船を通すためだとも言われる。ここを領海にしてしまうと、核搭載の船は非核三原則に抵触するのである)。

こうした措置は1977年に「当分の間」とされたものの、現在も「当分の間」は続いている。



国連海洋法条約に従えば、これら5つの海域に対して日本は「規制」を設けることが許されている。たとえば、「無害でない通航」に対する取り締まりなどである。

しかし、日本には「無害でない通航」を取り締まる法律がない。そのため、海上保安庁は「有害かもしれない通航」でさえ、ただ見守るより他にない。

ロシアの軍艦が通ろうが、原子力潜水艦が通過しようが為す術はないのである。現状として、アメリカ、ロシア、そして中国の艦船および原子力潜水艦までが自由航行できるのである(実際にそうしている)。

たとえるなら、自分の庭先を、近道だからといって、ライフルをぶらさげた軍人がゾロゾロと通過しているようなものである。

日本はあまりにも心が広い。



北方領土に話を戻すと、北方四島は日本の領土と考える方が実に自然で収まりがよい。史実を顧みるほどにそうである。普通の頭で考えれば、北方四島のみならず、「南樺太」でさえ日本の領土である。

しかし、そんな正論が通用するわけはない。世界は原始的な状態に置かれたままであり、外交といえば未だに「力(ちから)の世界」なのである。どんなに清廉潔白な紳士であれ、ヤクザには逆らえない。



日本とロシアが初めて条約を結んだのは、江戸時代末期の1855年である。この時点では、北方四島を日本領としてロシアが認めている。

1875年には、北方四島のみならず、さらに北方へと小島が続く「千島列島」までもが日本の領土となった(樺太と交換)。

さらに日露戦争を勝利した日本は、1905年、「南樺太」をも日本領に組み入れる。

第二次世界大戦前のこの状態が、北方における日本の最大領土である。北方四島はもちろん、千島列島、南樺太までが日本の領土だったのである。

ここまでは実にスッキリしている。



グチャグチャになったのは、戦後のゴタゴタである。

まず、ソ連が「日ソ中立条約」を8ヶ月前倒しで破って、日本に攻めこんだ。

日本が降伏を認めるポツダム宣言を受諾(8月15日)した後も、ソ連は日本を攻め続け南樺太を占領(8月25日)。さらには千島列島と北方四島のうちの三島(択捉・国後・色丹)までをも占領(9月1日)。

北方で戦闘が続く中、日本はポツダム宣言の降伏文書に署名(9月2日)。もちろん、ソ連も署名。しかし、それでもソ連は戦闘をやめず、北方四島の最後の島(歯舞)までソ連が占領する(9月5日)。

そして現在、両国の実質的な国境は、このときにソ連が占領したままとなっているのである。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」といった状態は今なお続いている。



思えば、真珠湾を攻撃した日本海軍の出撃地は、ほかならぬこの北方四島、択捉島であった。「空母6隻を含む30隻の艦船と380機の航空機」が、無線を封止して粛々とアメリカを目指したのである。

アメリカとの戦争の口火を切ったのが北方四島であり、そして最後まで戦ったのも北方四島であった。

なんと深い因縁がこの島々にはあるのだろう。



ロシアにも識者がいないわけではない。

「ロシア人の広大な領土を(ソ連崩壊時に)ウクライナやカザフスタンに惜しげもなく譲渡する一方で、日本に小さな領土を返還することを拒んでいる」(ノーベル文学賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィン)

彼の言うとおり、「第二次世界大戦以前、北方四島がロシアに帰属していたことは一度もない」のである。



ロシアが「小さな領土」に固執するのには理由がある。

ここさえ抑えておけば、アメリカ軍をオホーツク海から締め出すことが可能である。しかし、もしここを失えば、アメリカ軍が自由にオホーツク海に出入りできることとなる。

千島列島とならんで、北方四島はロシアにとって「堤防」のような役割を果たしている。その堤防の中でも北方四島の海域は冬でも通過できる「凍らない海峡」として貴重な海域なのである(この点、かつてウラジオストクが「凍らない港」として珍重されたのと同じ理由である)。

ロシアは北方四島の中でも、国後・択捉を最重視しており、四島返還には応じられないが、ニ島返還(国後・択捉を除く)には応じるという姿勢を見せたことが幾度かあった。

国後・択捉を保持することは、それに付随する海峡の通航を独占できるためである。



理は通らないとはいえ、ロシアの北方四島支配は65年以上に及んでいる。

ロシア人たちは北方四島で世代を重ね、かたや、かつて北方四島で暮らしていた日本人は高齢化し、その記憶は薄れゆくばかりである。

北方でロシアが動くと、日本の政府高官は「容認できない」という発言を繰り返し、ロシアに「懸念を伝える」のみである。

日本が空回りしている間にも、ロシアは着実にその根を深いものとしていっている。




関連記事:
新たな風が起こりつつあるロシア。変革の歴史を振り返りながら…。

日本に好意的なロシア人。日本とロシアに働く不思議な引力。


posted by 四代目 at 06:43| Comment(2) | 領土問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
腰砕けだらけの国会議員たち、北方四島に行くべきだ。ロシアは間違っている。はっきりそれが判った。政府高官は進んで上陸すべきだ。そして日本国旗を掲げるとロシアも目が覚めるかも知れない。何も行動しないから甘く見られてるんだ。ここで日本人の底力を出そうじゃないか。立ち上がろう日本。
Posted by ふみお at 2011年09月15日 22:11
とりあえず2島返還に向けて市議会で意見書(案)を提出したが、あくまでも4島でなければ・・・・否決とは残念です
 4島一括返還の見通しは現政権下では難しいのかな・・・

北方領土問題に対し毅然とした外交姿勢を求める意見書(案)

野田佳彦首相は20カ国・地域(G20)の首脳会談が開かれているメキシコでロシアのプーチン大統領と初めて会談し、停滞している北方領土問題について会談をしたが、解決策に関する具体的なやりとりはなかった。
2年程前にはメドベージェフ大統領がわが国固有の領土である北方四島の一つ、国後島を訪問したが、北方領土は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土であることは明白であり、ロシアも1993年の「東京宣言」において、「北方四島の帰属に関する問題については、歴史的・法的事実に立脚し、両国間での合意の上、作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決する」との指針を確認している。
領土問題に関するロシアのプーチン大統領との会談は、経済協力やアジア極東地域での安全保障問題など、2009年9月に民主党政権に代わってから、現職首相のロシア訪問は一度も行われていない。  逆にロシアの国家元首が北方領土を訪問したのは初めてであり、大統領の訪問はこうした日露両国間の合意を無視し、ロシアによる四島の不法占拠を既成事実化しようとするものである。
「アジア重視」を外交戦略の中核のひとつとするプーチン大統領にとっては日本と経済協力の強化を図るとともに、北方領土問題を柔道になぞらえて「引き分け」という言葉を使い、妥協点を見出す必要性に言及している。
日本政府は4島の返還を目指している基本的な立場ではあるが、1956年の日ソ共同宣言に基ずく2島返還を先行協議するよう政府内の方針を統一し、毅然とした外交姿勢で北方領土問題の解決に臨まれたい。
以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。

Posted by えんどう 孝 at 2012年06月23日 07:49
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: