2011年09月08日

インカ巡礼の旅「コイヨリティ」。暗闇の中、生と死に想いを馳せる……。

「巡礼」。聖地を巡る祈りの旅。

インカ帝国の末裔たちによる「コイヨリティ」と呼ばれる巡礼が、今年もまたアンデスの山地で行われようとしていた。

「コイヨリティ」は「星と雪の巡礼」とも呼ばれ、「星」は豊かさを、「雪」は生命の源たる水を意味するのだという。この巡礼は山の神「アプ」へと捧げられる。



標高4,000mを超える「チョワチョワ村」。草木もまともに生えることができない厳しい環境の中、ケロ族の人々はここに生きてきた。

もちろん電気などはなく、この村は完全に現代文明から「隔絶」されている。その代わりに、見事なほどに自然と「一体化」している。

山の石とワラで作られた家並み。小さなジャガイモを収穫し、従順なアルパカと暮らす日々…。アルパカの糞は燃料にもなり、肥料ともなる。

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そんな慎ましやかな彼らも、「コイヨリティ」に旅立つ時ばかりは心踊る。



この時代を超えた風景の中に、ある日本人が訪れる。

写真家・桃井和馬氏、彼は戦争と紛争を追い続けた写真家であり、厳然たる「生と死」を目の当たりにしてきた人物だ。




しかし、その彼でも妻の死ばかりは乗り越えられなかった。以来、空虚な日々が続いていた。そんな桃井氏に、ケロ族の人々はこう言う。

「心の重荷を下ろしたいのなら、巡礼に『白い石』を持って行くといい。」



こうして、桃井氏は「コイヨリティ」の巡礼へと向かうこととなった。

標高4,000mを超えると、空気は希薄になる。そんな薄い空気の中、ケロ族の人々は飛ぶように山を登ってゆく。しかも、ずっと楽器の演奏を続けたまま。

当然、桃井氏はついて行けない。しかし、それでも、「一歩一歩」とつぶやきながら歩を進めて行く。

そんな亀のような桃井氏を見かねたのか、ケロ族の人は「馬」に乗ることを勧める。しかし、桃井氏は断固拒否する。息絶え絶えになりながらも。この巡礼は、何としても自分の脚で歩き通したかったのだ。

「一歩一歩、歩いていれば、必ず進んでいるんだ。」

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ふと、道の脇に生える「サボテン」の美しさに目が止まる。

「立派に生きているな……。こんなに寒いのに……。」

戦争を撮り続けた桃井氏は、人々が憎しみ合う姿ばかりを見てきた。しかし、妻の死にあってからは、「無性に自然を撮りたくなった」のだという。そうすることで、何かを乗り越えられそうな気がしたのだ。




ようやく、巡礼の目的地「コイヨリティ」へと辿り着く。

この地には、アンデス各地から何十万という人々が詰めかけていた。

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3日間続く祭りのクライマックスは、山へ十字架を捧げる儀式だ。夜の闇の中、山頂で夜明けを待つのである。気温はマイナス15℃を下る極寒である。

その十字架を運ぶ人々は「ウクク」と呼ばれ、巡礼者の中から選ばれる。「ウクク」とは、クマの化身だという。アンデスの民にとって、クマは人を殺(あや)める罪多き存在である。そのクマの姿を借りることで、己の罪を浄化するのだという。

桃井氏も「ウクク」として闇の山を登って行った。決して易しい道のりではない。雪と岩の上を進むのだ。

「一歩一歩……」



山の夜明けとともに、儀式は粛々と行われる。

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すっかり明るくなった頃、今年初めて巡礼に加わった人々が呼び集められる。「ムチ打ち」を喰らうためだ。ムチに打たれることによって、罪が清められるのだという。

「バチーン……、バチーン……、バチーン……、」と容赦のない音が神聖な山々に響き渡る。

当然、桃井氏もこの「お清め」をしたたかに喰らう。思わず悲鳴が上がる。

しかし、痛烈な痛みにもかかわらず、桃井氏の顔は晴れ晴れとしていた。

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じつは、この巡礼の旅、桃井氏の妻の悲願だったのだという。

桃井氏はアンデスの地で妻(綾子さん)と出会った。当時、政情不安定で死が間近にあったペルーの首都リマでの出来事であった。

ジャーナリストとして、単身ペルーに乗り込んでいた桃井氏の元を、綾子さんが何の前触れもなしに突然訪れたのだという。そして、結婚した。

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しかし、4年前、綾子さんはこの世を去る。

あまりの突然の出来事に、桃井氏は自分をすっかり見失う。何も手につかず、暗闇の中の日々が続く。その日以来、彼は一歩も進めずにいた…。心の一歩を踏み出すことは、時として何よりも困難なことなのかもしれない。




それに対して、巡礼の一歩は、それがどんなに苦しい一歩であっても、確実に前へと進むことができる。

植物が「とどまる」ことを宿命づけられいるように、人間は「動く」ことを宿命づけられている。反面、「とどまる」ことは許されない。どんな時にでも、必ず一歩を踏み出さなければならないのである。

心が一歩も進めない時でも、足を前に出すことはできるのだ。



自然と隔絶された現代文明にあっては、自分が進んでいるのか止まっているのかも定かではない。グングン前進しているような気になっていても、実は一歩も進んでいないのかもしれない。

その点、自然の中での一歩は着実である。その歩みがどれほど遅かろうと、必ず一歩進んだという実感が得られる。そして、それこそが生きているという実感なのだろう。



チョワチョワ村はとても貧しい。アルパカの毛を街に売りに行っても、子供たちの鉛筆やノートを買うのでやっとやっとである。

アルパカは食料でもある。大事なアルパカとはいえ、殺さなければならない。泣く泣く首を切る。おのずと感謝の念が湧きおこる。

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日本の民は豊かになったとはいえ、こうした生きる実感や心の底に感じる感謝からは遠ざかってしまったのかもしれない。地に足がついていない、豊かすぎるフワフワの生である。

このフワフワの中で死に直面してしまうと、現実が理解できなくなってしまう。安穏とした生の中で、現実をすっかり置いてけぼりにしてしまっているのだ。なかったはずの「死」が突然現れる衝撃には耐えられない。



人は自然とともに生きてきた……、はずだった。

死は当然のように隣りにある……、はずだった。

現代文明は死を遠ざけることに躍起になってきた。そして、その成果は存分に上がった。しかし、死そのものがなくなったわけではない。ただ、少し遠くへ置いただけである。

いずれにせよ、一歩一歩、死へ近づいていることに何ら変わりはない。



チョワチョワ村において、暗闇は日常である。

小さなジャガイモに頼る生活は、安心して生きていける環境とは言い難い。

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しかし、相対的な感覚の世界に生きる人間にとっては、「暗闇」があるからこそ「光」を実感することができ、「死」があるからこそ「生」を実感することができる。

そういう意味においては、チョワチョワ村は「生」の輝ける村である。

むしろ、「死」を遠ざけすぎた文明社会では、皮肉にも「生」の実感をも遠ざけてしまっている。



この巡礼の直前、この村の少女が3歳の髪を切る儀式を迎えた。

子供たちは3歳まで髪を切らない。3歳になって初めて髪を切るのだ。そうして、はじめて大人の仲間入りをする。3歳にもなれば、アルパカを追う仕事を任されるのだ。

彼女の名前はルス・クラリータ、「明るい光」という意味だ。

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アンデスの暗闇は絶望の暗がりではない。光り輝くために、それはある。





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出典:旅のチカラ
「アンデス 星と雪の巡礼 旅人 桃井和馬」


posted by 四代目 at 08:14| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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