2011年08月21日

日本の豊かな風土が生んだ多様な「妖怪たち」。恐ろしくも温かい妖怪たちの眼差し。

「妖怪を捜してきてください。」

こんな突拍子も無い宿題が、ある小学生たちに課された。子供たちは、騒然となるも興味津々である。

「妖怪って?」



日本には、信じられないほどたくさんの「妖怪にまつわる伝承」が残っている。

「怪異・妖怪画像データベース(国際日本文化研究センター)」には、3万5,000件にも及ぶ日本各地の伝承が収録されている。

語り伝えのみならず、嘘か真(まこと)か、人魚のミイラがあったり、河童の手の骨が祀られていたり……。「火のないところに、煙は立たぬ」はずであるが……、半信半疑の思いは拭い切れない。

yokai4.jpg


妖怪がいるいないは別にしても、その「概念」は、じつに面白い。

西洋の悪魔のように「恐ろしさ一辺倒」ではなく、妖怪には、どこか「親しみやすさ」や「愛嬌」があるように思われる。

各地に残る伝承には、妖怪が「人間を助けた」というエピソードも少なくない。



琵琶湖のほとりに伝わる「人魚」の話。

1400年前、長く日照りが続き「大干魃」が起きる。ところが、なぜか一ヵ所だけ「水が枯れない場所」があった。

不思議に思ったある村人が、夜中にソッとその淵を覗いてみると、なんと「人魚たちが水を集めてきて、一生懸命その淵に水を注いでいた。」

そのお陰で、大干魃にもかかわらず、この土地の田んぼは見事な豊作に恵まれたという。

現在、この淵は「人魚淵」と呼ばれている。

yokai2.jpg


ところが、この人魚淵、戦後に大きな変貌を遂げる。

昭和22年の大干魃、1万ヘクタールの田畑が干上がったときのことである。水田を救うために、人魚淵の水をすべて「ポンプ」で汲み上げてしまった。

それ以来、人魚淵に水が満ちることは今もないという。



当時、ポンプ作業にあたった村人は、申し訳なさそうに当時を振り返る。

「人魚淵の水を全部汲み上げたら、『奥の院』までが丸見えになってしまった。そうしたら、『人魚はいないんだ』となり、誰も人魚を信じるものがいなくなったんだよ。」

「水の神様」と崇められていた「人魚」たちは、この出来事があって、人の心から消えてしまったのだそうな。



妖怪の性質の一つに、「人間であって人間でなく、自然であって自然でない」ような、人間と自然の中間に位置するような性質があるように思う。

人間が困っていれば助け、人間が傲慢になれば懲らしめる。時には神となり、時には魔物となる。

いつもいつも、人間のソバにいて、道を誤らぬよう見守っているような不思議な存在である。



「かっぱ寺」として知られる東京・浅草の「曹源寺」。

このお寺では、河童が「商売の神様」として大切に祀られている。

yokai3.jpg


200年前、この一帯は「川の氾濫」に悩まされていた。商人の喜八が水を逃がすために、掘割工事を始めたところ、以前喜八に助けられた河童が大勢で手伝いに現れた。

yokai5.jpg


その後、河童の姿を見たものは不思議と商売に成功したのだという。



「水」と縁深い日本だけに、水にまつわる妖怪の伝承には事欠かない。しかし、江戸時代になると、こうした「自然」に関わる妖怪の話は少なくなっていく。

代わりに現れるのが、「ろくろ首」や「口裂け女」などの「人間関係のもつれ」から生まれた妖怪たちである。

江戸の町が都市化するにおよんで、「自然」との関わりが「疎遠」になり、逆に人間関係が「過密」になってきた証左でもある。

人間と自然の狭間(はざま)に住んでいた妖怪たちは、人間と人間の心のスキマに、その住まいを移してくるのである。



それでは現代には、どんな妖怪が現れるのか?

第二次世界大戦から、高度経済成長期には、不思議な妖怪たちが現れている。



牛のような身体に、子供のような顔の、「件(くだん)」と呼ばれる妖怪がいる。

群馬県の沼田というところに、その「剥製(はくせい)」が残っていた。話によれば、「見世物」にされていたのだとか。

yokai6.jpg


「件(くだん)」は、牛から産まれ、これから起きることを「予言」して死ぬのだという。「件(くだん)」が現れるのは、「世の中が乱れる時」である。



江戸時代に「件(くだん)」が現れたときには、江戸の町に「疫病」が大流行したという。

次に現れたのは、日露戦争(1904)の数年前。ロシアとの開戦を予言したという(名古屋新聞)。九州・五島列島の百姓の牛から生まれた「件(くだん)」は、生後31日目にその予言とともに死んでしまった。

「件(くだん)の予言は『真実』を伝える」と信じる人は多い。「件(くだん)のごとし」という慣用句は、枕草子に見られるほど日本には古くからあり、「嘘いつわりのない」ことを意味する。江戸時代には、「証文」の末尾に「件の如し」と書かれていたという。



「件(くだん)」が繰り返し現れるのが、第二次世界大戦末期である。

戦況が悪化するにつれ、岩国、神戸などに「件(くだん)」は次々と産まれ出る。

戦争を否定する「件(くだん)」は国家としては誠に都合が悪く、「憲兵」たちは躍起になって「件(くだん)」の話を流布する人々を罰していった。

それでも「件(くだん)」は、日本国家の踏み外した道を警告する人々の「声なき声」と解釈され、密かに人々の支持を集めていったという。

絶対的な劣勢に立たされていた日本は、それでも戦争を継続し、犠牲者300万人以上の大半を、この戦争末期に出してしまっている。



高度経済成長期、開発という美名のもとに「自然」が破壊されていく状況に業を煮やした妖怪が、広島県の比婆山に現れた「ヒバゴン」である(1970)。

体中が黒い剛毛で覆われ、ギョロ目がつり上がっている、ずんぐりむっくりの怪物である。

地元の自治体には「類人猿相談係」までが設置され、大規模な山狩りで全山を捜索。万が一に備え、小学校では集団登下校も行われた。



「比婆山(ひばやま)」は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を祀る古くからの「霊山」である。

その信仰を司(つかさど)る熊野神社には、「ヒバゴン」の巻物が残っていた。

人々が「ヒバゴン」と騒いだのは、「天之御中主(あめのみなかぬし)」だという。この神様は、古事記に書かれた「天地はじまりの神」である。

「天之御中主(あめのみなかぬし)」は、神聖な山(比婆山)に何かがあると、「妖怪の姿」を借りて世の中に現れるのだという。

yokai7.jpg


この時、神聖な比婆山は大規模開発のため、山の斜面が大きく崩し取られ、木々が伐採されてスキー場が作られようとしていた。

「山の怒り」を代弁したヒバゴンであったが、開発は滞りなく完遂してしまう。「鎮守の森」は無残な姿をさらすことのなる。そして、それ以来、この噂はプッツリと途絶えてしまう。



「妖怪はいると思いますか?」

子供たちのこの質問に、大人たちは堂々と「いるわけがない」と答える。

「どうしていないと思うんですか?」と聞かれれば、「見たことがないから」と答える。

「科学的な思考」のタマモノであろう。



子供たちは納得がいかない。

「大人たちは、すべてを知っていると勘違いしている。大人でも知らない世界は、きっとあるはずだ。」



妖怪を科学の目で追求していけば、きっと妖怪はいないだろう。しかし、それでも妖怪は科学者の背後にいるはずだ。

「いる」か「いない」かが問題なのではないだろう。その伝承や噂に、「何を感じるか?」ということのほうが大切なのではないか?



江戸時代に現れた「付喪神(つくもがみ)」たちは、モノを大切にしなくなった人間たちに「警告」を発した。

yokai1.jpg


妖怪たちの警告は、強制的ではなく、つねに否定する余地がある。つまり、信じることも信じないことも人間に任されている。

一笑に付して「否定」することは容易なことではあるが、妖怪たちは人間の誤りをソッと教えてくれているのかもしれない。

河童は川で遊ぶ子供たちが危険な淵に来ないように脅かしながら、溺れた子供を助けたりもするのである。



「陰陽師」を書いた夢枕獏氏は、こう書いている。

「平安時代には、本当の『闇』があった。そして、その闇に妖怪たちは住んでいた。」

科学と人工的な光に満たされた現代にあっては、妖怪の影を見ることはまずないだろう。

しかし、自然に一歩足を踏み入れ、夜の闇を体験してみれば、言いようのない「不安感」や「恐怖」を感じることができるはずだ。まさに、妖怪が出てきそうな恐ろしさである。




妖怪とは、そうした人間の恐怖が作り出した「架空の存在」かもしれない。

逆に考えれば、妖怪は全否定するのが惜しいほどに、「想像力に満ちた存在」なのである。

科学に偏重した現代文明は、妖怪のみならず、この貴重な想像力すらも否定してしまっている。

「カラカラの心に河童は住まないよ。

山の神がヘヘと笑い、風がフフと吹き抜ける。」



科学的思考で干上がってしまった大人の心には、妖怪が住むことはできない。

しかし、そうした社会は行き詰まりつつある。今求められるのは「イノベーション」、革新である。

革新を生む素地こそが、「想像力」にあるのは実に皮肉である。

無数の妖怪を生み出した日本人は、世界マレに見るほどに「想像力に溢れた民族」だったのではなかろうか?




関連記事:
奥能登に住まうという凄まじく強い神、そして弱くも有り難い神。

最も弱い者を救うという「お地蔵様」。現代の救いはどこにある?

知られざる日本・神話の時代。九州に残る神相撲の語りかける真実とは?




出典:新日本風土記スペシャル 「妖怪」

posted by 四代目 at 08:56| Comment(0) | 女性・子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: