2011年08月19日

「想定に囚われるな」。児童たちの生死を分けた苦い教訓。有事を他人任せにすることはできない。

東日本大震災に起因する「大津波」によって、多くの小学生たちが犠牲となった。

その一方、大津波に校舎を飲まれながらも、「全員無事」の小学校も存在する。

生死を分けた、その差とは?

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ここに対照的な3つの小学校がある。

生徒の7割、教師の9割が犠牲になった「石巻市大川小学校」。津波被害を受けた小学校で、これほどの犠牲を出した小学校は他にない。

対して、全員無事の「大船渡市立越喜来(おぎらい)小学校」と「岩泉町立小本(おもと)小学校」。



これら3校の「立地」は、極めて酷似している。

前面には、津波を誘導した「川」があり、背面には、津波に飲まれなかった「山」がある。

当然、3校とも裏の山に逃げれば、津波の被害から逃れることができた。事実、全員無事の2校は山に登って難を逃れたのだ。



ところが、最大の児童被害を出した「石巻市大川小学校」は、安全な裏山に避難しなかった。

逆に、「裏山は斜面が急で登りにく」という理由から、なんと津波が迫る「川の堤防」へと向かってしまったのだ。

その結果が、生徒7割、教師9割の散々なる犠牲である。



しかし、この小学校を一方的に責めることはできない。

この大川小学校があった地域は、ハザードマップ(災害予測図)によれば「津波の浸水区域」から外れており、まさか校舎の2階まで津波に沈むとは思ってもいなかったのである。

そのため、校庭が水につかるような事態は想定されておらず、「児童をどこに誘導すべきかも、はっきり決まっていなかった」のである。



「どこに逃げるべきか?」と議論がなされたのは、児童が校庭に集まってからであり、意見は喧々諤々。不幸にも、強力な決定権をもつ校長は不在であった。

その結果、裏山は斜面が危険と判断。安易にも川の堤防の高台を目指してしまった。

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震災前、大川小学校の保護者からは、「万一の場合、裏山に避難できるように『通路を整備』してはどうか」という意見が寄せられていたという。

しかし、残念ながら、この意見は実現しなかった。

これに対し、児童全員無事の前出2校では、地域の人たちの強い要望により、震災数ヶ月前に「避難通路」が設置されていた。

この2校では、避難通路が明確に確立されていることで、教師も児童も「迷いなく」その道をひた走って逃げることができた。

その避難通路の費用は100万円ほど。

この差は、取り戻すことができないほどに大きかった。



また、「釜石の奇跡」と呼ばれる事例もある。

3,000人近い小・中学生がいる岩手県釜石市で、子供たちの生存率が99.8%だったという奇跡である。犠牲になった5人の生徒は、残念ながら学校管理下にはいなかった。

「奇跡」とは報道されたものの、この犠牲の少なさは、地道な「防災訓練」のタマモノである。



その防災訓練とは?

まず上がるのが、「想定に囚われるな」。

決してハザードマップ(災害予測図)を信じてはいけないというのである。



先述の通り、最大の児童被害を出した「大川小学校」では、学校がハザードマップの外にあったために、充分な避難意識が根付いていなかった。

釜石市でも同様、ハザードマップ外の小学校は、「自分の学校は大丈夫だ」ということで、変に安心してしまっていた。

この現状に強烈な不安を抱いた「片田敏孝」氏は、「想定は想定に過ぎない。たとえ先生が大丈夫だと言っても安全だと思ってはいけない。」と子供たちに諭した。



その結果、指定の避難所に到達してなお、子供たちは「先生、ここじゃダメだ!」と、さらなる避難を敢行。

指定の避難所は、新たな避難所に到着した「わずか30秒後」には津波にさらわれた。

もし、想定に囚われていたら、全員が犠牲者になっていたところだった。



さらに片田氏は諭す。「他人を救うよりも、まず自分の命を守れ」。

「誰よりも先に、まず自分が逃げろ」と教えたのだ。

「真っ先に逃げるには余程の『勇気』がいる。非常ベルが鳴って真っ先に逃げるのは、『弱虫でおっちょこちょい』のように思われるかもしれない。」



「それでも逃げろ!」と教えられていた子供たちは、今回の大津波でも、「大声を出しながら、全力で逃げた」。

大挙して避難する子供たちを見て、津波に疑心暗鬼だった「住民たち」も、子供たちにつられるように避難を開始した。

これが片田氏の最大の狙いであった。子供たちは見事に避難の波を生み出すことに成功したのである。

「たいていの人間は、イザという時に『逃げるという決断』がなかなかできない。その決断の遅れが死を招く。」

最大の児童被害を出した「大川小学校」が、校庭に集まってなお協議を繰り返しているのは、この事例とは全く対照的である。



災害時になれば、誰しも「身内」の安全を気にかけ、「逃げる」行為を後回しにしてしまう。

まさか、自分だけが真っ先に逃げるわけにもいかないと思ってしまうのだ。

片田氏は、それでも「真っ先に逃げろ」と子供たちに諭した。

「家の人にはこう言いなさい。『イザという時、僕は必ず逃げる。だからお父さんもお母さんも僕のことは気にせずに、必ず逃げて欲しい』と」



東北地方には、「津波てんでんこ」という教えが伝わる。

津波が来たら、「てんでバラバラ」に逃げよという教えである。そうしないと、家族や地域が全滅してしまうからだ。

お互いが逃げのびることを信じて、あえてバラバラに散るのだ。この行為は、中途半端な信頼関係では実現することが極めて難しい。我が子を置いて逃げるのか?

この教えは、先人たちの「苦渋の決断」である。「津波のたびに、家族の絆が家族全滅を招いた不幸」を目の当たりにしてきた人々にしかできない決断である。

本当の絆の意味をわかっていなければ、決してできない勇断である。



釜石市の奇跡は、徹底した意識改革の成果である。

世の一般常識からは逸脱しているような教えを、必死で子供たちに教えてきた好結果である。

日本の常識では、ややもすると全滅という憂き目に遭いかねない。アメリカでは、日本よりも個人の危機意識が強い。

「街で一人倒れていたら助けろ。二人倒れていたら用心しろ。もし、三人も倒れているようなら、真っ先に逃げろ!」とあるアメリカ人は学校で教えられたという。



日本人は、リスクを「過小に見積もる」傾向があるという。

「自分に都合の良い情報を大きく見積もり、都合の悪い情報を小さく見積もる」という心理作用が強く働くのだ。

そのため、防災に関する備えは疎(おろそ)かになりやすい。

なにせ、防災の成果が現れるのは、「災害に遭って、何事もなかった時」だけである。

政治家たちも、道路を作れば喜ばれるが、堤防を作っても直接的には何の成果も見えてこない。さらに、その防災の成果は「何事もなかった」となるのだから、なおさら消極的にならざるをえない。

100万円の避難階段を高いと感じることもあるだろう。



しかし、「有事」に備えることこそが真のリーダーの役割である。

誰もが軽んじる「有事」を見据えてこそのリーダーである。優秀なリーダーほど「想定の守備範囲」は広い。「想定外」は最大の恥辱である。

たとえ何事もなくとも、それが「最大の成果」と信じればよい。防災への投資が「無駄」になって大いに結構である。



国民の誰しもが大なり小なり、何かしらかのリーダーである。「有事」を人任せにするわけにはいかない。全員がこうした意識を持つことで「最大の防災」へと道がつながる。

避難階段を作って、子供たちに道を示さなかったのは、大人たちによる決定的なリーダーシップの欠如である。

釜石の奇跡は、子供たちの見事なるリーダーシップにより達成された「当然の奇跡」である。




出典:時論公論 「生死を分けた学校の避難経路」
致知8月号「釜石の奇跡は、かくて起こった」


posted by 四代目 at 09:46| Comment(1) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
8月2日に横浜から大学生を引率して石巻の視察に行くことを計画しています。大川小学校の悲劇とそこから学ぶべき教訓について現地で15-20分程度解説してくださるかたを探しています。お心当たりのある方がいらっしゃいましたらご教示頂ければ幸いです。微額ですが、お心づけをご用意できるようにしたいと考えております。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
Posted by 小林正典 at 2012年06月21日 12:27
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