2011年08月03日

日本から遠ざかり続ける「食料」。それらの生産地は、果たして?




「100マイル・ダイエット」というのはご存知だろうか?

減量(ダイエット)のために、100マイル(160km)走ることだろうか?

2007年にカナダの夫妻が取り組んだこの試みは、世界中の関心を集め、その体験を記録した本(The 100-mile Diet)はベストセラーとなった。

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英語の「Diet(ダイエット)」という言葉には、食事制限という意味の他に、「食事法(食事のスタイル)」という意味もある。

100マイル・ダイエットとは、「新たな食事スタイル」の提案である。

新たな食事スタイルとは、「半径100マイル(160km)以内の食材のみを口にする」というスタイルである。

日本流に言えば、「地産地消」となろうか。



半径100マイル(160km)とは、どれくらいの大きさの地域であろうか?

日本では、全ての都道府県が、半径100マイルの円内に収まると考えて良い。

感覚的には、関東地方、関西地方などのような、「地方単位」と捉えれば、ほぼ誤解はない。



さて、その100マイル圏内では、何が生産されているのだろうか?

日本では、東北・北海道以外の地域では、食料自給率は100%に届かない。つまり、何かしらかの不足が生じるのである。

ちなみに、食料自給率の低い都道府県といえば、「東京・神奈川・大阪」がダントツに低い。1〜3%である。

食料自給率が100%を超えている都道府県でも、「ないモノ」はたくさんある。

コーヒー、チョコレート、コカ・コーラ、ジャンクフード‥‥。健康を害するもののほとんどは、他国からの輸入品である。



「100マイル・ダイエット」という本は、自分の食事スタイルを見直すことで、「世界の現実」を明らかにしてくれる。

なぜ、裏庭でもできるトマトが、遠い中国からやって来るのか?中国のトマトは、それほど美味いのか?

山梨でもできるワインが、なぜ南アフリカからやって来るのか?ボルドー・ワインなら話は分かるが‥‥。



地理的な距離をものともせずに、食品が世界の空を飛び回るのは、「経済的に効率的」だからに他ならない。

自分の裏庭でトマトを作るよりも、中国でトマトを作ってもらったほうが「安上がり」なのである。

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しかし、経済的に「正しい」ことは、時として極めて「不自然」である。

現代文明は、この「不自然さ」を経済的な「正しさ」で押し込めてきたが、その「シワ寄せ」は、いよいよ世界各地で露(あら)わとなり始めている。

世界的な食糧価格高騰も、その兆しである。

日本では、食料の30%を食べずに捨てておきながら、「食料自給率が低くて問題だ」とおっしゃる。

世界の歪みが大きくなってきているのは、明らかな現実である。そして、その現実を作り出したのが、「経済信仰」である。



「100マイル・ダイエット」は、そんな世界とガチンコ勝負である。

現代文明に甘やかされた現代人にとって、100マイル・ダイエットは「苦行」以外の何物でもない。

朝の「コーヒー一杯」が飲めないことに、耐えられない。

オヤツに「チョコレート」を食べられないことに、耐えられない。

夜、「ビール」で酔っぱらえないことに、耐えられない。

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「ないモノ」「ないモノ」ばかりに目が行き、不平不満の権化と化す。

しかし、その苦行は次第に考え方に変化をもたらす。

「あるモノ」の有難さに気づく瞬間である。

「ないモノ」を追いかける世界は、無限地獄へと真っ逆さまだが、ひとたび「あるモノ」に気づけば、平穏無事な世界が無限に広がる。



話変わるが、脱原発の論議においては、「今さら昔の生活に戻れというのか」という意見も多い。

経済合理性の論点に立脚すれば、それは誠に正しい意見である。

しかし、経済合理性という「無理」がまかり通った結果、引っ込んでしまっている「道理」があることにも目を向ける必要がある。



食に話を戻せば、いかなる「道理」が引っ込んでしまっているのだろう?

もし、地元に農家の知り合いがいれば、そこから食べ物を頂くことは、自然なことである。

もし、地元のスーパーが友達だったら、そこで買い物をしてあげたいと思うかもしれない。

ところが、価格を最優先させれば、そうした自然な行動をとらないことも多くなる。

その結果、地元の農家は消え、小さな商店はシャッターを降ろす。

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経済性の追求は、世界を分業化へと導き、自国で食料を生産する必要がない国も現れた。

自国で食料を生産しない国の食料は、遠い他国から、多くの人々を仲介しながらやって来る。



自分で作物を育てれば、自分と作物の間に誰も入ってこないが、輸入品は、数知れない人々を巻き込むことになる。

より「回りくどい」ほうが、経済発展には寄与するかも知れないが、より不自然であることは確かである。



その「回りくどい」結果、自分の100マイル圏内から、農地が消え去ってしまっている地域もある。

「100マイル・ダイエット」という発想は、その現実の危険性を再考させてくれる。

経済性を追求していたつもりが、自分の足元の地域を「貧しく」してしまっているかもしれない。

自分の足元の水やりが疎(おろそ)かになれば、それは良いことばかりではないだろう。

食料が、間接的に間接的になってしまった結果である。

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食料生産が間接的になればなるほど、その危うさは増すばかり。

ブロックを積み上げれば積み上げるほど、崩れる危険性は大きくなる。

しかし、この危うさを人々が認識することは少ない。

伸びるにまかせるツル植物は、遠くの根っこが切られても、しばらく気づくことはない。



世界の危うい食料生産システムは、複雑になりすぎて、こんがらがっている。

東日本大震災では、複雑になりすぎた自動車生産が、思わぬところに根っこがあったことが明らかになった。

我々も、食料がどこで生産されているかくらいには、関心を寄せていたほうが良いのかも知れない。

我々は、知らず知らずのうちに、「最も大切なモノ」を、「最も遠いところ」に置いてしまっているかもしれない。

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出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ 
食を見直そう「100マイル チャレンジ〜地元の食材で暮らす〜
第1回 食べ物がなくなる?!」




posted by 四代目 at 08:22| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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