
アメリカの水道水には、「火」がつく?

水道水だけではない。火がつく「川」までがある。
炭酸水のようにブクブクと泡が湧き出す川。そこにマッチを近づければ、「ボッ」と炎が立つ。

これらの怪異な現象は、「シェールガス」開発の「不都合な果実」である。
シェールガスとは、アメリカで盛んに開発されている「新型の天然ガス」のこと。
問題となるのが、その採掘方法。
水圧破砕法(フラッキング)と呼ばれるその手法は、地中深く掘った穴に「大量の液体」を注入し、その強力な水圧によって、シェール(頁岩・けつがん)を破壊。そこから天然ガスを採取する。
地中深くを広範囲に破壊するために、思わぬところから天然ガスが噴き出したり、地下水にガスが溶け込んだりするのである。
もちろん、そうして汚染された水(火がつく水)は飲むことができない。
そうした水は、「ペンキ」のような臭いで、「金属」のような味がするという。見た目も「黄色」、悪ければ「泥水」そのものである。
水だけではなく、周囲の「空気」も汚染される。

はじめは異臭を感じても、次第に「嗅覚」がやられ、何も臭いがしなくなるという。そして、次に「味覚」がやられ、味を感じなくなるという。
冗談まじりに、「ガス汚染された家のまわりで、バーベキューはできないな。」などと言っていたら、本当に家が吹き飛んでしまった事件も起きた。
健康被害は甚だしい。頭痛・耳鳴りから、末梢神経に障害が現れはじめ、最終的には「回復の見込みのない脳障害」である。
こうした被害が、全米各地で報告されてもなお、開発の火の手はとどまるところを知らない。
なぜなら、「シェールガス革命」は、アメリカの国家戦略である。

そのため、ブッシュ政権時代に定められた「エネルギー政策法(2005)」において、シェールガスの開発が「水質浄化法(1972)」・「安全飲料水法(1974)」の除外を受けた。
つまり、シェールガス開発で「水」が汚染されたとしても、法律では裁けないことになったのである。
その黒幕は、当時の副大統領「ディック・チェイニー」氏である。

彼は、元々、開発企業大手の「ハリバートン社」のトップであったため、シェールガス開発業者とのパイプ(癒着)が強い。
彼は、エネルギー増産の名のもとに、開発業者の規制(大気汚染・水質汚染・CO2)を次々に撤廃していった。
彼の方針は徹底した「秘密主義」。情報公開を求める議会や官僚には、徹底して対抗した。彼は「目標のためには手段を選ばない」人間であった。
政府の後ろ盾を得ているシェールガス開発業者は「最強」である。
住民の健康被害やクレームは、すべて「お金」で解決することができる。
「お金」をもらった住民は、不都合なことを一切「公言しない」という契約を結ばされる。
そして、ほとんどの住民は「お金」をもらってしまい、口をつぐんでしまっている。

アメリカ中の地下が、数十万という穴で虫食いのようになり、全米の水が汚染されたお陰で、アメリカの「天然ガス」生産は急増した。
2009年には、アメリカがロシアを抜いて、天然ガス生産で「世界一」となった。
「将来的には天然ガスの輸入が避けられない」と言われていたアメリカが、瞬(またた)く間に、天然ガスを「輸出」して利益を上げられるようになったのである。
シェールガスが利益を上げられるようになった背景には、「石油価格の高騰」がある。
かつて、シェールガスの採掘は、お金がかかりすぎて「採算が合わなかった」。
しかし、石油をはじめとするエネルギー価格の上昇により、シェールガスも利益が上げられるようになったのである。
石油価格の高騰の背景には、アメリカが増刷した「大量のドル」が、世界的なエネルギー・インフレ(物価上昇)を引き起こしたという批判もある。
そして、そのインフレはアメリカに「シェールガス革命」をもたらした。
世界はアメリカに翻弄され、アメリカ国民も被害を受けながら、この革命はなされたのである。
どこまでがアメリカ政府の目論見かどうかは知る由もない。
シェールガス採掘による「水質汚染」は深刻である。
採掘には「大量の水」が用いられるが、その大量の水には、およそ600種類の有害物質が混入されている。
採掘後に、その大量の水の「有害物質」は適正に処理されない。
そのため、採掘地域の水は、あらゆる有害物質で汚染されることになる。
それを取り締まるべき法律(安全飲料水法)は、先述の通り、骨抜きにされている。

アメリカは世界で有数の「自由」な国なだけに、必然的に「強いモノ」が勝利することになる。
政治家やシェールガス開発企業は、その「強いモノ」たちである。
「弱いモノ」である地域住民は、「お金」の力でますます弱くされてしまっている。
最後の拠り所である「法律」も無力である。

シェールガスの問題は、アメリカにとどまらない。
ヨーロッパ、中国、オーストラリア、南アメリカ、アフリカ……、世界中に未開発のシェールガスが埋蔵されている。
世界のエネルギー・メジャーは、虎視眈々と次のターゲットを狙っている。
幸か不幸か、日本にはシェールガスはないようである。
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出典:BS世界のドキュメンタリー
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