2011年07月26日

サンゴを食いまくる大魚「カンムリブダイ」は、じつはサンゴの守り神。この矛盾した事実こそが、生態系に潜む「妙」である。

硬い珊瑚(サンゴ)を、バリバリと食いまくる魚がいる。

「カンムリブダイ(冠武鯛)」という巨大魚だ。

頭には巨大なコブ(カンムリ)を持ち、体長は1mを悠に超える。なかには40年以上も生き続けるものもいる。

その逞(たくま)しさから、「バッファロー・フィッシュ」の別名も持つ。

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一日に食べるサンゴの量は、約5キロ。

死んだサンゴを食べるブダイは多いが、生きたままのサンゴを食べるブダイは、この「カンムリブダイ」くらいだ。

突き出た硬い前歯で、ガリガリとサンゴを齧(かじ)りまくる。

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「生きたサンゴを食べる」などというと、ニワカ環境主義者が血相を変えて飛んできそうだが、実は、「サンゴ」と「カンムリブダイ」は、深い共生関係で結ばれている。

一見すると、「カンムリブダイ」によって、美しいサンゴ礁が破壊されているように見えるが、「カンムリブダイ」の食べるサンゴは、他のサンゴよりも大きく育ったサンゴだ。



大きく育つサンゴほど、生育が活発で、放っておけば「雑草」のように、その強い種だけが繁茂してしまう。

繁茂した強い種は、弱い種の生育場所まで奪ってしまう。そうなると、サンゴの「多様性」が失われてしまう。

「多様性」が失われるというのは、生物界にとっては「致命傷」である。

なぜなら、生物は色々な種が混在することで、「絶滅するリスクを軽減」しているからである。

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強い種というのは、ある「特定の環境」にある場合にのみ、その強さを発揮するスペシャリストである。

その強きスペシャリストたちは、ひとたび環境が変わるや、たちまち弱さを露呈し、最悪の場合、種の存続の道を絶たれる。

歴史上、最強といわれた「恐竜」が、なぜ絶滅したかを考えてみると良い。

あの氷河期を生き残ったのは、強大な恐竜ではなく、弱小の「哺乳類」だった。

生物が何億年も生をつないできた秘訣は、強いモノが生き残ったからではなく、弱いモノも生き残れる「多様性」を維持してきたことに他ならない。



「カンムリブダイ」の食べるサンゴは、「強いサンゴ」である。

「強いサンゴ」の繁茂が抑えられることで、より「弱いサンゴ」も生き残ることが可能になる。

その結果、サンゴの「多様性」が促進されるのである。



「カンムリブダイ」の住むパラオ近海は、世界でも類を見ないほど「多様なサンゴ」が生い茂り、その海中景観は、「世界一のサンゴ礁」とも絶賛されている。

サンゴをバクバク食う魚(カンムリブダイ)がいるからこそ、サンゴは最高の美しさを発揮しているのである。

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一見矛盾しそうな、この現実は、多くの示唆を与えてくれる。

「自由」であれば全て良いのか?「強さ」が全てか?ということである。



自由であればあるほど、強いモノが生き残る。

自由競争の中では、強いモノしか生き残れない。例えば、個人商店よりは、大型チェーン店が生き残る。

自由が進めば進むほど、複雑多種なものが数を減らしていき、単純明快へ向かい一元化されていく。



その世界は、経済的な観点からは、「無駄のない」理想的な世界かもしれなが、生物的な観点からは、「多様性」を失った、最も「リスクの高い」世界である。

経済的なムダには、リスク分散の役割があることが多い。

「ムダ」がピラミッドの底辺を大きくし、土台を安定させてくれる。

逆にムダを省けば省くほど、土台は削られていき、細長い塔のように、不安定な状態になってしまう。



多様性に満ちた世界は、「ピラミッド」のような安定感のある世界であり、反面、多様性の失われた世界は、「高層ビル」のように不安定な世界である。

何億年と生き続けてきた生物は、多様性を維持することによって、安定して生をつないできた。

ところが、現代社会の価値観は、多様性を排除する方向で動いている。経済(お金)偏重の価値観は、自由を標榜しながら、不自由な世界を現出させてしまった。



完全に自由な世界では、強いモノしか生き残れない。

それは、すなわち不自由な世界である。

そして、その世界は、いつ崩れるとも分からない「リスクの高い不安定な世界」でもある。



サンゴを害しているかに見える「カンムリブダイ」は、じつはサンゴに「本当の自由」を与えているのである。

これこそが生物界の絶妙な因果関係である。

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「食べない」「手を出さない」ことだけが、環境保護とは言い切れない。

動物を食べなければ良いというのも、浅はかである。

時には、あえて「食べる」「害する」ということも、必要なこともある。



人間は、他者を「食する(害する)」という宿命のもとに生きている。

着目すべきは、「何を食べないか」ではなく、「何を食べれば、害しても害さないか」である。

「菜食」が土地を害することもあれば、「肉食」が動植物の多様性に貢献する場合もある。



カンムリブダイの深い知恵には、「害して害さず」の奥義が隠されている。

人間が考える動物の「賢さ」は限定的であり、時として本当の知性を見失いがちである。

考えて解決することは、知性の入り口に過ぎない。本当の知性は、その存在自体がすでに解決策となっている。



出典:ダーウィンが来た!生きもの新伝説
「サンゴを大食い!パラオの巨大魚」


posted by 四代目 at 11:18| Comment(0) | 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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