2011年07月26日

美しきサンゴの国「パラオ」。その歴史に秘められた「親日」への想い。

世界一美しい「珊瑚(サンゴ)」の海をもつ、「パラオ」。

大小300の島々から成り、人口は2万人程度。年間の平均気温は約28℃の「常夏の島」であり、日本との時差はない。

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この南太平洋の小国は、日本に好意的な「親日国」である。

「日本や日本語に親しみを持ち、子供に日本風の名前をつけるパラオ人も多い」とか。

「タロウ」、「アケミ」から、ちょっと変わった「イシドウロ(石灯籠?)」など、さらには「さん(敬称)」が名前に入った「カトウサン」まで。



日本人は、「パラオ」という国自体をよく知らない人が多いというのに、なぜ、パラオはそれほど「親日」なのであろうか?

その答えの一つは、パラオの悲しい歴史の中にある。



不幸の始まりは、ヨーロッパの大航海時代に、「スペイン」に発見されてしまったことである。

ヨーロッパから持ち込まれた「天然痘」、ならびに現地人に対する「熾烈な搾取」の結果、パラオの人口は、およそ10%にまで激減し、わずか数百人しかいなくなってしまったという。



スペインが米西戦争で敗れると、パラオは「ドイツ」に売却される。

「ドイツ」は、ココナッツ・タピオカの栽培、リン鉱石の採掘などの「産業振興」に熱心だったものの、インフラ(道路・水道)整備・現地人の教育などには、全くの無関心であった。



ドイツが第一次世界大戦で敗れると、パラオは「日本」の統治領となる。

日本も、ドイツ同様に「殖産興業」に力を入れた。加えて、日本は「教育」にも熱心であり、現地人の住環境整備とともに、多数の学校や病院を建設した。

日本の行った一連の施策は、パラオに「未曾有の経済発展」をもたらし、人口も2万人から5万人へと激増した。

パラオはその歴史上、幾多の外国支配を受けてきたが、現在のパラオ人は口をそろえて「日本の統治時代が一番良かった」と述懐するという。



そして、第二次世界大戦末期、パラオは日米の戦場となる。

日頃から日本人の「誠実さや勤勉さ」に触れてきていたパラオ人の中には、「共に戦う」と志願してきた人々までいたという。

パラオ人には「蒙古斑」があり、人種的には欧米人よりも日本人に近いと言われている。

その近縁の日本人たちが、圧倒的劣勢の中でも、果敢にアメリカ軍に立ち向かっていく姿に、パラオ人たちは感銘を受け、尊敬さえもしたという。

日本軍は、パラオの民間人に対する充分な配慮を見せ、疎開させるなどして、「パラオの民間人の死者を一人も出さなかった」という。



しかし、残念ながら、日本はアメリカに敗れる。

アメリカ兵は、島に残された日本兵の遺体を放置していたが、パラオ人たちは、勇敢に戦い「仏」となった日本兵たちを手厚く葬り、いまもその墓を守り続けているという。

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アメリカの占領下に入ったパラオ。

アメリカにとってのパラオは、単なる「軍事基地の一つ」に過ぎなかった。

その統治方針は、「戦前の日本の記憶の一掃」であり、日本が築いた町並みや産業基盤は徹底的に破壊され、主のいない農地は元のジャングルと化した。

さらに、アメリカは「反日教育」によりパラオ人を洗脳しようとする。しかし残念ながら、パラオ人の間には、「反日の精神は、まったく浸透しなかった」という。

アメリカは、パラオの産業を振興せず、島民をおとなしく島に閉じ込めておくという政策をとり、その愚策は「動物園政策」と批判を受けている。



1979年、パラオは、世界初の「非核憲法」を住民投票で可決する。

しかし、軍事基地としてパラオを重視していたアメリカは、この歴史的な憲法に「無効」を宣言したというエピソードまである。

この件に関しては、いまだに棚上げ状態である。



アメリカの圧政により、パラオの独立は遅れに遅れた。

待望の独立は、東西冷戦の終結により、「アメリカにとってパラオの利用価値がなくなった後」の1994年である。世界で185番目の独立国家(現在193ヶ国)として国連に承認された。

アメリカ統治時代に、インフラ整備や経済産業はすっかり後退してしまっていたが、独立後、日本や台湾の支援により、急速に都市整備が進む。



独立に際して制定された「パラオの国旗」は、「日の丸」デザインの色違い。

「青い海に、黄色の満月」という「月の丸」である。

公募された国旗案70点の中から、一も二もなく、この国旗が満場一致で選ばれたという。

「太陽」を象徴する日本の国旗に遠慮したパラオは、「満月」をモチーフとし、さらに、中心を少しずらすことで、日本に敬意を表したといわれている。

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外国支配に翻弄され続けた「パラオ」。

その苦い歴史の中に「日本」も含まれているが、幸いにもパラオの人々は、日本に好意を抱いてくれた。

世界に比類なき海中景観をもつ「パラオ」には、日本と共通する何かがあるように思う。

島国という環境であろうか?人種であろうか?

何か見えないつながり、「良きご縁」があるのかもしれない。




「親日国家」関連記事:

太平洋の島国「ミクロネシア」に誇る日本の心。両国の絆は「森小弁」により結ばれた。

親日国家ブータン。その友好の礎を築いた日本人「西岡京治」。


画像:ダーウィンが来た!生きもの新伝説
「サンゴを大食い!パラオの巨大魚」


posted by 四代目 at 09:07| Comment(4) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by りれきしょ at 2013年11月11日 11:27
ツイッターで紹介させていただきました。
有難うございました。
Posted by misono at 2015年04月08日 10:19
初めまして。
天皇皇后両陛下のパラオ訪問のニュースで、パラオが親日国である理由を知りたく検索したところ、こちらにたどり着きました。
とても分かり易い文章で読みやすく、パラオの歴史背景と日本との関係が良くわかりました。
ありがとうございました。
Posted by ぶるぅ at 2015年04月09日 08:42
これは恥ずかしいデマです もう一度調べましょうね。
Posted by at 2016年02月06日 13:58
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