少なくとも、「スペイン」と「グリーンランド(デンマーク)」には落ちている。
故意に落とされたわけではなく、「事故」ではあるのだが……。
スペインに落ちたのは、1966年1月17日。
「パロマレス」という田舎町に、突然、空から核兵器4個が降ってきた。
4個中2個の水爆が爆発し、「プルトニウム」が広範囲に飛散。一帯は高濃度の放射能に汚染された。
放射性物質「プルトニウム」は、「かつて人類が遭遇した物質のうちで最高の毒性」とも言われる猛毒である。その毒性は2万4千年もたたないと、半分にならない。
核兵器を落としたのは、「アメリカ軍」。
空中給油に失敗して、核兵器を搭載した飛行機(B52)が空中爆発。
4個の水爆のうち、3個は地上に落ちたものの、残りのもう一個が「海中」に落ちたらしく、行方不明。
アメリカ軍は血眼になって海底を探しまわり、80日後に水深700mの海底にて、ようやく発見。
地上、海中、4個の核爆弾は、無事回収されたが、パロマレスの土地・海水ともに放射能で汚染されてしまった。
パロマレス特産のトマトは、放射能汚染のために全て廃棄処分。
地元経済に、深刻なダメージを与えた。
長期的な悪影響を恐れたスペイン・アメリカの両国は、必死で汚染地域の安全性をPR。
アメリカ大使は、猛毒で汚染された海域で、海水浴をするという決死のパフォーマンスまで披露した。
スペイン側も原子力発電を推進したい思惑があったために、早々に「安全宣言」を発表した。
しかし、事故から40年たった2007年、パロマレスの汚染地域は、突如「立入禁止」とされる。
「今まで安全とされていた地域が、なぜ今になって?」
満足のいく説明も得られぬまま、地域住民は不安を募らせている。
「早すぎた安全宣言」は、世界中から「批判のマト」とされている。
この事件から2年後の1968年1月21日、グリーンランド(デンマーク)の「チューレ」でも、飛行機事故から核兵器が飛散する。
墜落した爆撃機は、6時間にわたり炎上。3mもの氷を溶かして、海底へと沈んだ。
ろくな防護服も身につけずに回収作業にあたった現地のイヌイットたちは、ガン・その他で次々に命を落としていったという。
必死の回収作業も虚しく、いまだに回収されていない水爆があるとの懸念は拭い切れない。
当のデンマーク政府は、1957年に「非核化」を宣言しているため、この核事故は秘めておきたい事実だった。
現在でもデンマーク政府は、未回収の水爆の存在を全面否定している。
なぜ、これほどまで核兵器が落下する事故が続発したのか?事故はこれだけに留まらない。
落下場所まで公開されたのは、この2件のみで、公開された情報には、全部で32件の事故が記載されている。
1950年2月には、機体トラブルから核兵器を太平上に投棄。同年8月、核兵器搭載のB29が墜落。1958年には、B47が墜落(この時の核兵器は未回収)。
1965年には、「沖縄」近海で、空母タイコンデロガから核兵器搭載の戦闘機A4Eが、海中に水没。引き揚げには数年を要したというが、いまだ未回収との噂も……。この時の作戦が「極秘」であったために、真相は闇の中である。
すべての遠因は、米ソの東西冷戦にある。
1957年、ソ連は人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功する。
この快挙は、宇宙開発でアメリカに先んじた以上の成果があった。この技術を応用すれば、ソ連は宇宙からアメリカを核攻撃できるようになったのである。
「いつ頭上に核爆弾を落とされるか分からない」という恐怖に、アメリカは夜も眠れなくなった。
そこで、アメリカは、核爆弾を搭載した爆撃機を、24時間体制でソ連近辺に飛ばし続けるという常軌を逸した作戦を実行に移す(クロムドーム作戦)。
これで、ただでさえ危険な核兵器が、24時間、世界の空を延々と飛び続けることとなった。
一連の核兵器落下事件は、この「クロムドーム作戦の不手際」により生じたものである。
クロムドーム作戦のソ連巡回ルートは、3ルート。
スペイン基地ヘ向かう「地中海ルート」、アラスカ基地へ向かう「北極圏ルート」、ハワイ・沖縄基地への「極東コース」である。
結果的に、この3ルート全てで、アメリカ軍は核兵器を落っことすという杜撰(ずさん)さを披露した。
しかし、この作戦に関わるあらゆる事故は、最高レベルの国家機密とされたために、ほとんどの詳細は未だ不明である。
専門家の間では、やむなく公表された32件という事故件数は、氷山の一角にすぎず、少なくとも、その10倍の事故は起きていたのではないかと勘繰っている。
現在の科学では、「核」を手懐(てなづ)けることは、まだできていない。
あらゆる放射能事故は、ウヤムヤの霧の中で、政治的な解決が図られる。
その点、目にも見えず、肌で感じることもできない放射能の性質は、まことに都合が良い。
人間を動かすには、3つの要素があるという。
目の前の「理」、側面の「情」、そして背後の「恐怖」。
残念ながら、人間は「背後の恐怖」によって、もっとも大きく動かされる。
「核」の脅威は、その最たるモノであろう。
「核の恐怖」は、人類に戦争を思いとどまらせるほどであるが、同時に、「殺るか殺られるか」の恐怖は常に付きまとい、アメリカはその恐怖のあまり、無謀な作戦に手を染めた。
歴史は繰り返すのだろうか?
中国、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮などなど、新興国は「核の恐怖」の魅力に取り憑かれている。
人類が「核の恐怖」を克服するのは、いつの日か?
それは、最高の形であろうか?それとも……。
出典:BS歴史館
「暗号名 ブロークン・アロー〜隠された核兵器事故」

