土用のウナギに負けずに、ウナギ昇りである。
やはり、「中国」の台頭が大きい。ケタ外れの人口は、ケタ外れの食糧を消費する。
大豆を例にとれば、今年、南米の大豆は「豊作」だと報じられた。
投資家たちは、供給が増えるということで、「今年の大豆は値が下がるのでは?」と思ったが、実際には、価格の高騰は続いた。
かつて、中国は「大豆」の輸出国であったが、現在は「輸入国」へと転身している。その消費力たるや、ここ10年で「倍増」し、まだまだ伸びる傾向にある。
中国に「インド」が続いてくれば、世界的な食料価格の高騰は、まだまだ続くと見なければならない。
国家としての最大の「安全保障」は、「食糧の確保」である。
チュニジア発の中東革命の発端は、「食糧不足」である。フェイスブックなどの役割は、燃え上がった炎に、風を送って煽ったに過ぎない。
それなりに食糧が確保されていれば、民衆は「独裁」などは、さほど気にしないものである。いくら「インテリ層」が高い理念を掲げようとも、国はそうそう転覆したりはしない。
ところが、食うモノがないとなると、話は全く別である。
その結果は、チュニジア、エジプトの政変を見れば、一目瞭然である。
その点、「中国」も安穏とはしていられない。
いくら情報統制をしようとも、目の前の食料価格が上がっていく様は、誰の目にも明らかである。
ブタ肉の高騰などは、常軌を逸している。
中国政府は、今、経済成長のペースを鈍化させ、金利を少しづつ上げながら、異常な食料インフレ(価格高騰)を御(ぎょ)そうと必死である。
立派な空母を造るだけでは、国の安全は保てない。内側から崩壊することほど恐ろしいことはない。内部被曝が一番怖い。
さて、日本は?
スーパーの価格は、10円、20円と、地味に上昇してきている。しかし、世界的に見れば、まだまだ主婦層の愚痴で済むレベルである。
より深刻なのは、生産者サイドである。
特に、輸入飼料に頼る「畜産(肉)」関係にとっては、もはや死活問題。ここに放射能まで絡んでくるのだから、たまったものではない。
牛などは「穀物」を食べさせたほうが、より大きくなるのだが、その穀物が高すぎるので、仕方なく「草」の量を増やさざるを得ない。
輸入穀物は高いからと、日本でも家畜のエサ用に「コメ」を作ろうということで、政府がコメ農家に補助金を出すほどである。
畜産だけではない。あらゆる農家は、農薬や化学肥料など、「輸入物」に大きく依存している。
ただでさえ、利益の薄い産業にとって、その打撃は小さくない。
今まで「減・農薬」「減・化学肥料」は、志高き人々のステータスであったが、これからは、経済的な問題から取り組んでいかなければならない切実な課題となるのかもしれない。
世界の食糧高騰の波を緩和してくれているのが、現在、歴史的に高い水準にある「円」である。
輸出企業は、「円高」はダメだと叫ぶが、日本しか買い物をしない一般人にとって、「円高」はある意味ありがたい。
それは、日本の食料自給率が低く、輸入品を食する機会が大変多いためである。円高であるほど、輸入品は安くなる。
円高が緩衝材の役割を果たすとはいえ、世界の食糧価格の高騰は異常である。
日本の大手商社などでは、食料輸入から国内生産に切り替える動きも出てきている。
先に例にひいた「大豆」などを、北海道で栽培したりして、今後の食料価格高騰に備え始めている。
食料は日本で作ると「割高」だということで、今までは「輸入食品」に押されっぱなしだったわけだが、時代の流れは、ついに逆転しつつあるのかもしれない。
冷静に考えれば、日本ほど食料生産に適した国も珍しい。
何より「水」が豊富である。アメリカの多くの農地は、機械で水を撒かないと何も作れないが、日本の農地の多くは、「雨」や「川の水」だけでも十分に生産が可能である。
アメリカ、オーストラリア、ロシアなどは、よく「大干魃」で大打撃を受けているが、日本の凶作はそれほどに深刻ではない。
日本の農業が下火になってきたのは、工業偏重・経済偏重の結果であろう。
農家をやっているよりも、一介のサラリーマンになったほうが賢かったのである。
しかし、この経済偏重の思考は、食料価格高騰により、逆の流れとなって農家を後押しする可能性が出てきた。
食料が「お金を出しても買えない時代」になるのかもしれない。
去年、ロシアやウクライナは、小麦の凶作により、輸出を停止した。そして、その余波は、中東・北アフリカを襲い、歴史的な政変へとつながった。
日本の大震災においても、「お金さえあれば、何でも買える」という常識が覆(くつがえ)った。
どんなに現金があっても、パン一つが手に入らなかった。どんなに現金があっても、ガソリン10Lが手に入らなかった。
去年、世界は「通貨安戦争」という奇妙な競争を始めた。
各国が、「負けよう負けよう」とする戦争である。20世紀の「勝とう勝とう」とする戦争から、「負けるが勝ち」へと価値観が180°変わってしまった。
それほどに、各国の「貨幣の価値」が落ちてしまったのである。その煽りは「金」を史上最高値への水準へと持ち上げ、いまだ天井知らずである。
そもそも「貨幣」とは、人間が作り出したものゆえに、その信用とは「人間(国家)」への信用の証である。
その「人間への信用」が揺らぎ、貸した金が返ってこなくなるのではないかという疑念が、世界中で起こった。
その顕著な例が、ギリシャを筆頭とする「ヨーロッパ金融危機」である。
人間に対する疑念は、世界最大の経済国・アメリカへの信用をも怪しいものにしており、アメリカの借金問題は、揉めにもめている。
もし、政治的な妥結が図れなければ、来月にも、新たな歴史が刻まれることとなるかもしれない。
食料、マネー、信用。
前世紀の常識は、すっかり覆(くつがえ)ってしまったようにも思える。
世界は、今、ダイナミックに変動している。
生物は、「強い」から生き残るのではない。「変化に適応できる」から生き残るのである。
常識や思い込みは、最大の敵である。
自分の目で見て、自分の耳で聞くことでしか、正しい判断はできない。
国の政策を批判しているヒマがあったら、自分の手で「種」をまいたほうが、よっぽど手っ取り早い。
出典:クローズアップ現代
「迫る“食料高騰”時代」

