2011年07月22日

支配層の都合により民族は分断され、「20世紀最大の大虐殺」は引き起こされた。美しき国「ルワンダ」。

「千の丘の国」とも呼ばれる、アフリカ中部の「ルワンダ」。

「緑の山々と、湧き出る泉がどこまでも続く豊かな国」と評されながら、この国には悲しい歴史がある。



1994年、ルワンダ大統領を乗せた飛行機が、ミサイルにより「撃墜」される。

この一事を嚆矢として、20世紀最大のジェノサイド(大量虐殺)が始まり、100日間で100万人の命が失われたのである(10秒に一人以上、しかも24時間休まず殺害を継続しなければ、これほどの数字は出てこない)。

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対立した勢力は、「ツチ」と「フツ」である。

「ツチ」と「フツ」とは?

両者とも、古くからルワンダに住む「原住民族」である。

両者を厳密に区別することは難しい。ルワンダ人に「ツチとフツを区別できるか?」と訊ねると、「もちろん。でも、3回に1回は間違えるけどね。」という答えが返ってくる。

両者は、もともと同じ宗教、そして同じ言語を話す民族で、その境界は曖昧なものである。長い共存の歴史の中で、その血はお互いに混ざり合っていた。



「ツチ」と「フツ」の違いが便宜的に明確化され始めるのは、今から150年ほど前、1860年から始まる「ルワブギリ王」の治世においてである。

王国の支配力を強めるために、「ツチ」は支配層、「フツ」は奴隷という区分がなされるようになった。

しかし、それでも両者の区別はまだまだ「流動的」で、ツチからフツになったり、逆にフツからツチになったりできた。王の支配が及ばない地域では、従来通り、ツチとフツは違いを意識することもなく、生活を続けていた。



両者の違いを決定づけるのは、ルワンダに「ヨーロッパ」が関与し始めてからである。

悪名高き「植民地」時代が始まり、100年後の「大虐殺」の火種が撒かれ始めるのである。



1930年代、ルワンダを支配する「ベルギー」は、「人種IDカード」を発行する。これが決定打となる。

そのIDカードには、「ツチ」か「フツ」かがハッキリと明記され、ここに両者の区別は、完全に「固定化」されることとなった。

大虐殺において、このIDカードに記載された人種(ツチ・フツ)が、生死を別けることになるとは、当時の人々の慮外であったに違いない。

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ルワンダ人自身もが首をかしげる両者の違いを、「ベルギー人」はどうやって区分したのか?

それは、あまりにも単純で適当なものであった。

「ノッポで鼻が高い」人々を「ツチ」、「ズングリと背が低い」人々を「フツ」とした。

ツチとフツには、何となくそんな雰囲気(ステレオタイプ)があり、両者の区別がつかないベルギー人は、その曖昧な雰囲気を基準として、両者を厳密に二分したのである。



白人(ヨーロッパ人)の「黒人観」は、日本人には信じられないほどに歪んでいる。

まず、黒人は「劣った民族」であるという大前提がある。

黒人は「劣った民族」なのだから、優れた民族である白人が、何かと教育しなければならない。

「ツチとフツ」を二分した以上にタチの悪い「二元論」が、「植民地化」、そして「奴隷化」を正当化することになるのである。



しかし、白人にとって都合の悪いことがあった。

エジプトなどを始めとして、アフリカにはヨーロッパ以上に優れた文明もあるのである。

「劣った民族」である黒人が、ヨーロッパ(白人)以上の文明を築くのは、まことに都合が悪い。



そこで、良い「詭弁」を思いついた。

黒人の中には、「白人由来の優れた黒人もいる」としたのである。

その詭弁を裏付けるのに利用されたのが、旧約聖書の「ハム」、そして「カナン」である。



「ハム」は、「ノア」の裸体を覗き見た罪で、息子の「カナン」が呪いをかけられる。

その呪われた「カナン」の末裔がアフリカに逃れ、「黒人」となる。

これが「ハム仮説」であり、奴隷制を正当化する論拠である。黒人は呪われているゆえに、「不幸な状態(奴隷)」にあるのである。

しかし、呪われた黒人の中には、元は「ハム」につらなる民族もいる。

その民族に限っては、「ハム」に無縁の黒人たちよりは優れていて当然だということになる。



ルワンダに話を戻せば、その優れた黒人が「ツチ」であり、劣った黒人が「フツ」ということになる。

優れた黒人は、当然、「白人に似た所」があって然るべきである。そこで、「背が高い」「鼻が高い」「肌の色が薄い」などの特徴をもつ人々を、「ツチ」として認定したのである。

日本に例えれば、彫りの深い「ソース顏」と、平坦な「しょうゆ顔」に民族を二分し、「ソース顔」の方が「優れた日本人」だと決めつけたようなものである。

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白人が考え出した「ハム仮説」は、カトリック教会の熱心さもあり、徐々にルワンダ人の間にも浸透していく。

そして、いつの間にか、「ツチ」は「外部から侵入した民族だ」となった。なぜなら、「カナン」の末裔は、呪われた結果、アフリカに来たことになっているからだ。

当然、そんなことはない。ツチ・フツともに原住の民族である。DNAまで調べなければ、その差異は判別できないほどに、近縁の民族である。

しかし、それでも、「ツチ=(イコール)外部の侵入者」という図式は力を持った。「よそ者」のツチは虐殺されて然るべき存在となったのである。



こうして、ルワンダ固有の2つの民族、「ツチ」と「フツ」は、完全に二分された。

「旧約聖書の神話」の拡大解釈が、半ば同一の民族を2つに裂き、「ベルギーの人種IDカード」が、両者の違いを決定化した。そして、力をもった「カトリック教会」が、その分断を完全に固定化してしまった。



大虐殺の後、カトリック教会の司祭ら数人は、告発され有罪判決を受けている。

元々は優れた黒人である「ツチ」に肩入れしていたはずのカトリック教会は、権力者の推移とともに、いつの間にか「ツチの虐殺は、神の意思に沿うものである」として、「ツチ虐殺」に加担したのである。

それ以来、ルワンダではカトリック教会の権威は地に落ちた。

キリスト教にかわって、「イスラム教」の信者がルワンダでは急増する結果となった。イスラム教は虐殺に加担せず、避難民を保護したために、そのイメージが非常に良い。

ローマ法王は、当然のように、大虐殺への責任を全否定している。



最悪の大虐殺を終結に導いたのは、反政府勢力とされた「ルワンダ愛国戦線」である。

その司令官・カガメ氏は、現在、ルワンダの大統領となっている。

2003年、正式に大統領に就任するや、悪名高き「人種IDカード」を廃止した。



現在のルワンダは、「年率7%を超える急速な経済発展を遂げている」。

大虐殺の歴史を知らない世代は、「ツチ」でも「フツ」でもなく、「ルワンダ人」であることに誇りを持っている。

緑豊かな大地は、これから大きく繁栄してゆこうとしている。

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出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ 
飽くなき真実の追求 「ルワンダ 仕組まれた大虐殺〜フランスは知っていた」


posted by 四代目 at 11:41| Comment(0) | 戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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