インターネット上には、「発言する人」と「読むだけの人」がいる。
「発言する人」を、「ラム(RAM)」、「読むだけの人」を、「ロム(ROM)」と言うのだそうな。
RAM = Radical Access Member, ROM = Read Only Member
「発言する人(ラム)」は、全体の1割程度。
全体のほとんど(9割)は、「読むだけの人(ロム)」である。
つまり、発言する人は10人に1人しかいない。ネット世論というのは、10人に1人の意見に過ぎないことになる。
こんな話がある。
ある寿司屋に行ったら、すごく美味しかった。
ところが、「食べログ」のクチコミを見ると、その店が「ボロカス」に書かれていた。
ひょっとしたら、10人に1人(ラム)が、悪い印象を持っただけかもしれない。
それでも、悪いクチコミを読んでしまうと、それを読んだ人(ロム)みんなが、その店に足を運ばなくなるかもしれない。
良かれ悪しかれ、ネットでの風評は多大な影響力を持つ。
しかし、その影響力に比すれば、発言者の数は相対的に少ない。
とはいえ、ネットが一般的でなかった時代には、新聞や雑誌、テレビなど、大手メディアが唯一の発言者だった。
その時代に比べれば、一般人が発言力を持つようになったのは、大変な進化である。
しかし、ネットの匿名性は、時として、他者を貶(けな)したり、攻撃したりすることを容易にもした。
大手メディアは、その公共性ゆえに、過激な報道はなかなかできないが、匿名のネット上では、少数の発言者が力を持つことは大変危険である。
昨今、ツイッター、そしてフェイスブックの「いいね!」は、ネットでの発言を、ますます簡単にした。
発言する人が多ければ多いほど、論は一般化される。こうなってきて初めて、ネット上の意見と、一般的な意見のミゾが小さくなってゆく。
フェイスブックには、ネットの諸刃の剣とされた「匿名性」すら排除されている。
資本主義が作り上げた、大手メディアという中央集権体制は、今、大きな見直しを迫られている。
ネットにおいては、SNSなどに代表される「ソーシャル」という概念が大きな力を持っている。
ソーシャルとは、双方向のコミュニケーションを意味するわけだが、日本語にすれば「社会」ということになる。
今、隆盛を極めるネット上の「社会」主義は、利権集約型の資本主義を脅かしはじめている。
資本主義のもとでは、大きな力を持つ者は、少数に限定されるが、より社会性の強いネット上では、より多くの者が力を持つことができる。
当然、力を持つ者が多いほうが、利益は分散され、「格差」は生じにくい。
現在のネット社会は、ネット企業という大きな組織が力を持つものの、ネットのスピード感は、「既得権益」の上にアグラをかくことを難しくしている。
現今の世界は、富の集中による「格差」と、特定の物質(石油など)に利益が集中する「既得権益」が、時代の進化の足カセとなっている。
ネットの世界には、現今の世界の泣き所を、何とかできるのではないかという期待感がある。
「ソーシャル」という概念は、有力な打開策だ。
しかし、インターネット世界の問題は、それを使う人と、使えない人の「格差」を生むことである。
それでも、アップルのiPadなどの新しい端末は、従来よりも直感的に操作が可能であり、インターネットに入る壁を一段と低くしてくれた。
インターネットが起爆剤となったネット環境は、近年、ようやく役者が揃い始めていると言えるのかもしれない。
2011年07月21日
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