「9.11テロ」に端を発するこの戦争は、2001年の開始から、今年で早くも10周年を迎えようとしている。
この戦争は民間人の犠牲の多さでも知られる。去年、3,000人近い民間人と、1,000人近い国際部隊が犠牲となった。これは過去10年間の戦闘において、「最悪」の結果である。
中国・三国志時代の故事に、「鶏肋(けいろく・鶏のアバラ骨)」というのがある。
時の権力者・曹操が「鶏肋」とつぶやき、時の賢者・楊修(ようしゅう)は、それをこう解釈した。
「鶏肋はこれを食するに味無かれども、これを棄つるには惜しむべし。今、進むに勝つあたわず、退くに人の笑うを恐る。ここに在りても無益にして、早く帰るにしかず。」
(食べるのには肉が少ない鶏肋だが、味は抜群で、捨てるには惜しい。今の戦は、まさにその鶏肋。勝つことはできないが、退却すれば、世間から笑われる。それでも、ここは思い切って退却したほうが良い。戦を続けることは無益なことだ。)
早速、撤退準備をはじめる楊修に、曹操は激怒。そして処刑。
あまりにも本心を見透かされたことに、曹操は腹を立てたのだという。結局、この戦は曹操の惨敗に終わり、撤退を余儀なくされる。
散々な退却戦の中、曹操は臍(ほぞ)を噛む。「あの時、撤退していれば‥‥」。賢者・楊修の顔が曹操の脳裏をよぎる。
アメリカにとってのアフガニスタン戦は、当初はアメリカ国民を一致団結させたものであったが、あまりの長期化に、いまや国を揺るがす「益のない戦争」と成り果てていた。
今月、アメリカのオバマ大統領は、アフガニスタンからの「撤退」を表明。
3万3千人の増派部隊を、来年(2012年)9月までに撤収させる方針だ。
この撤退の大儀となったのは、「ビンラディン氏」の殺害であろう。
この戦争自体、もとはビンラディン氏の「アルカイダ(9.11テロの主犯とされる)」を殲滅する目的で始められてたものだ。その親玉をやっつければ、目的は達成ということにできる。
ところが、この戦争、実際はアルカイダを匿(かくま)うとされる「タリバン」との戦争になってしまっている。
タリバンとの戦闘の長期化が、この戦争をドロ沼に引き込んだのである。
「あっちを叩けば、こっちが出てくる」という具合に、ゲリラ的なテロは「モグラ叩き」のごとく、アメリカ軍を愚弄し続けた。
アフガニスタンのテロ活動は、ビンラディン氏の殺害後、収まるどころか激しさを増している。
このように、事態が何ら好転していない、いやむしろ悪化している中での、アメリカ軍撤退の表明である。
「裏がある」と勘繰る人々は多い。
オバマ大統領には、来年、大統領選挙が控えている。再選のためには、アフガニスタン戦争の一定の成果を、アメリカ国民に示したいところである。
そのためには、テロの首謀とされたビンラディン氏の殺害が、最も効果が高い。そして、実際に殺害した。次は、軍の撤退だとなれば、大統領の鼻も高い。
ビンラディン氏の殺害に関しては、異論・憶測が飛び交い、「すでに死んでいた」だの、「まだ生きている」だの、喧々諤々である。それも、アメリカ政府によるビンラディン氏殺害の発表が、二転三転したり、肝心な部分が曖昧だったためである。
様々な疑惑を「力技」で押し切ったビンラディン氏の殺害であるが、パキスタンとの関係悪化は、避けられない事態となった。
アメリカが標的とする「タリバン」も、実はパキスタンに多数潜伏している。さらに、パキスタンは核保有国でもある。
アメリカとパキスタンの関係悪化は、戦局を著しく不利な方向へと導くことになりかねない。
ビンラディン氏殺害によって、アメリカが払った代償は大きい。得られた大儀以上に大きい。
政治的な決断である「アフガニスタン撤退」も、戦略的には怪しい部分も多い。
まず、アメリカ軍なきあと、乱れに乱れたアフガニスタンの治安は、誰が守るのか?
当然、アフガニスタンの治安部隊となるが、その訓練の成果は芳(かんば)しくないようだ。
アメリカ軍の訓練の甲斐なく、治安部隊の3割は軍を去り、なかには敵であるタリバンに身を投じる者もいる始末だ。アメリカ軍は味方を養成しているつもりで、同時に敵を育てていることにもなる。
9.11テロは、その犯行をアルカイダであると、アメリカは即断し、その潜伏先であるアフガニスタンを攻撃。アルカイダを庇(かば)うタリバンをも巻き込みながら、戦闘は多極化・長期化していった。
アフガニスタン、タリバンともに、「とばっちり感」がなきにしもあらず。
その結果、戦場となったアフガニスタン国内は、麻布のごとく乱れ、治安は極端に悪化、政治は腐敗を極めている。
多数の民間人を犠牲にしながら、国は一向に治まる気配を見せない。
テロは、依然国土を跋扈(ばっこ)し続けている。
そんな中、アメリカは、アフガニスタンをカキ混ぜるだけカキ混ぜて、はいサヨウナラ。問題解決どころか、強引な結論を出して、問題を悪化させただけだった。
後(あと)に残されたのは、「大国の都合」に翻弄され続けた「悲しき小国」の姿のみである。
「国破れて、山河あり」、「夏草やつわものどもが夢のあと」
戦禍を被った跡地には、日々の糧にも事欠き、死を恐れる毎日を過ごす住民たちが、今も細々と暮らしている。
出典:時論公論
「アフガニスタン 米軍撤退とテロとの戦い」

