2011年06月28日

大震災の一週間前、地震おさえの鹿島神宮で起こった怪事とは? 因縁の神々の奇妙な邂逅。




それは、あの大震災の一週間前の出来事だったという。

「鹿島灘に、52頭ものクジラが打ち上げられた」

その海岸は、地震おさえの神である「鹿島神宮」にほど近い浜であった。



そして、その怪事から一週間後の3月11日、鹿島神宮は震度6弱の激震に見舞われる。

日本一の石鳥居は、無残にも崩落。鹿島神宮の被害は甚大であった。しかし、それでも奇跡的に「国宝」や「重要文化財」の損傷はまぬがれた。

土地の人は、こう思った。もし、大地震が二日前の大祭の最中に起きていたら‥、地震がお祭りの後だったのは、御神慮だと。



なぜ、鹿島神宮は「地震おさえ」の神とされるのか?

それは、境内にある「要石(かなめいし)」が、地震を起こす「大なまず」の頭とシッポを押さえつけているためだと信じられている。

その「要石」、かつて水戸黄門が、7日7晩かけて石の周りを掘らせてみたが、ついに根元には届かなかったと伝わるほどに、地中部分が巨大なのだという。



「ゆるげども、よもや抜けじの要石、鹿島の神のあらん限りは」

中世から江戸にかけて流行った歌に、鹿島神宮の「地震除け」の霊験が示されている。

神無月(10月)になると、鹿島の神は「出雲」へと向かうため、その月に大地震が起こりやすいとも言われている。



鹿島神宮の神とは?

タケミカズチ(建御雷神・武甕雷男神)という神で、芦原中国の平定において、荒ぶる神々を制圧したという、勇ましい神の一人である。

その最後の戦いは、タケミナカタ(建御名方神)とによるもので、その戦いは「相撲」の起源ともされている。鹿島の神・タケミカズチに敗れたタケミナカタは、諏訪の地へと落ちのび、「諏訪神社」の神となる。



大地震の一ヵ月後、鹿島神宮に一枚の「大きな御札(おふだ)」が届けられる。

1m以上もある、その大きな御札は、近くの浜に打ち上げられたものだという。調べてみれば、その御札は岩手県陸前高田市の「諏訪神社」のものだった。

「鹿島神宮」と「諏訪神社」。この2社は、上記の通り、国つくりの最後の戦いを演じ、2つに分かれた神々である。その因縁の2神が、大震災という奇縁を通じて、奇妙な再会を果たしたことになる。



我々にその神慮を慮(おもんぱか)ることはできない。

しかし、何かが心に残ることだけは確かである。


posted by 四代目 at 08:01| Comment(2) | 地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
神慮ではなく、ただの偶然ですね。
そんなものがあるなら日本は先の戦争に勝っているはず。
国家神道はGHQに解体されて、その威厳も神力も
失ってしまっているんだし。伝統と迷信を混同しない方が良いですよ。バカみたい。
Posted by はと at 2013年01月01日 20:27
さみしい、小さい人でね。↑
Posted by at 2014年02月01日 19:41
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