気温が40℃を超える日が連日続き、大地は極度に乾燥。高齢者は暑さに耐え切れず、30人が死亡。1908年以来の猛暑である。
そんな猛暑の話題が紙面を騒がせていた一週間後であった。
「暗黒の土曜日」
オーストラリア史上、最悪の山火事が発生した。
のちの調査で、切れた送電線が原因の一つとされ、電力会社は裁判を起こされている。また、放火の疑いにより、数名が逮捕された。
その日のメルボルンの気温は46.4℃、湿度10%。自然発火の例も多数報告されるほど、山火事が起こりやすい状況にあった。
火の手が上がるや、猛火は旋風を巻き起こし、燃え広がるなどという生優しさではなく、紅蓮の炎は弾丸のように、一瞬で森一帯を包み込んだ。
猛烈な火柱は、林立するビル群のごとく立ち昇り、森の動物のみならず、地域の住民たちも死を覚悟した。
森は休むことなく燃え続け、その勢いが収まるまでは3週間も待たねばならなかった。人為の及ぶところではなく、待つより他にはなかったのである。
この山火事による死者は173名、焼失面積は40万ヘクタールにものぼった。
オーストラリアの森は、70年に一度、山火事に見舞われるという。
そして、その度に森は、奇跡の復活を成し遂げる。
史上最悪といわれた2009年の業火ですら、森を死滅させることはできなかった。
森は山火事を「防ぐ術(すべ)」を一切持たないものの、再び「立ち上がる術(すべ)」は、無数に隠し持っている。
まだ地面がホカホカと燻る中、さっそくキノコが顔を出す。
次に出てくるのは、コケだ。ここ数十年、見たこともなかったような種類のコケが、倒木を覆い尽くす。ずっとずっと地中で出番を待っていたのだ。

草花も咲き誇る。やはり普段は見られない種類だ。森が巨木に覆われているうちは、光が地面まで届かないため発芽できないが、山火事で焼け野原となり、発芽のチャンスを掴んだのだ。

焼けた森は、こうして進化の過程を再び繰り返す。
黒コゲになった巨木も全滅したわけではなかった。
火傷の軽い木は、枝先から新芽を伸ばす。かなり焼けた木でも、幹から新芽を出す。もうダメだろうと思う木でも、根っこが無事なら、地際から新芽が出る。
本当に焼け死んだ木々ですら、森にとっては有益な存在だ。その枯れ木に鳥が住み、小動物が隠れ住む。
枯れ木たちは、優秀な仮設住宅となり、森の復興を加速させるのだ。
山火事のあとに、枯れ木を「伐採」してしまうケースが多く見られるが、そうした行為は、森の再生を100年遅らせると、森の賢者は嘆く。
人のおせっかいは森の再生を遅らせる。
木々の種は、熱による刺激をうけて、発芽を促されるものも多い。
ユーカリ、マウンテンアッシュなどの木々がそうだ。

こうした木々は、山火事のたびに世代を一新させ、災害を学習した若い世代が新たに台頭する。
彼らは、山火事のたびに学び、強さを増してゆくのである。
動物たちも次第に集まってくる。
木々が焼失し、地面が野ざらしになっているので、鷹やハヤブサなどの捕食動物は、獲物を見つけやすい。
小動物も、柔らかい新芽を求めて集まってくる。
森の生態系は、もう一度、平原の生態系から再スタートである。
山火事は一瞬で全てを奪い去るが、森の再生には200年かかるという。
再生が完了する前に、再び焼失することすらある。
それでも、森は立ち上がる。
燃やされるたびに、その再生力は強さを増す。

燃えた森は、弱者にチャンスを与え、多様性を増す。
燃えた森ほど、再生の土壌は確かなものとなってゆく。
逆に、安定した森ほど、強者が占有してしまい、生態系は限定的となる。それは強さでもあり、弱さでもある。
森の山火事には、旧弊を打破し、時代を一新させる一面もあるのである。
この山火事から一年後、焼けた山に12年ぶりのまとまった雨がもたらされた。
森は一気に息を吹き返したが、反面、雨により貴重な森の土が流されてしまった。
しかし、この流された森の土は、河口地域の土壌を豊かにする。
自然のもつダイナミズムは、局所的にみれば悲劇でも、大局的にみれば丸く収まっているものである。
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出典:BS世界のドキュメンタリー シリーズ
森に生きる 「焼け跡に芽吹く〜山火事の森 1年の記録」