2011年06月07日

福島の放射能事故は「人災」か? 問われる初動の致命的ミス。

福島原発の放射能事故は、「人災だ」という人がいる。

事故直後の初動対応がキチンとしていれば、最悪の事態である「爆発」は防げたと主張するのである。

大きな初動の遅れは2つ。

「緊急事態宣言」と「ベント作業」である。



日本政府が「緊急事態宣言」を出したのは、福島第一原発の「全電源喪失(15:42)」から3時間以上経った「19:03」。

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東京電力による通報の遅れから始まり、首相が原発事故よりも党首会談を優先させたりで、遅れに遅れたのである。



「緊急事態宣言」と受けて最優先されたのが、失われた電源の確保であった。至急「電源車」が手配され、現地に急行。

ところが、混乱にまみれた現場は、初歩的なミスを繰り返す。

「ケーブルが届かない」「プラグが合わない」などなど。

ようやく電源がつながるも、ポンプ自体が壊れていたため、これら一連の作業は、全て空振りに終わる。

最も重要な最初の一手は、時間を浪費したのみであった。



これは一大事だと、次の一手。「ベント作業」である。

「ベント作業」とは、格納容器にたまった水蒸気を抜く作業である。水蒸気がたまりすぎると、原子炉が「圧力鍋」のようになり、爆発する危険があるのである。

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この作業は、「緊急事態宣言」に輪をかけて遅れる。

決断から作業完了まで、なんと14時間以上を要した。



遅れの原因は大きく2つ。

「原発関係者の躊躇」と「作業の不手際」である。

原発関係者にとって「ベント作業」は「禁じ手」のひとつ。水蒸気を放出するということは、放射性物質を空気中に撒き散らすことだからである。

関係者は語る。「ベント作業と聞いて、信じられなかった。本当にやるのか?やるならこの会社は終わりだな。」

作業にとりかかっても、遅々として進まない。

マニュアルには、電源を用いたベント作業しか記載されておらず、手動での作業が難航したのだ。



ようやく水蒸気が立ち上り、ベント作業は確認された。

安心もつかの間、その確認から、たった1時間後である。

最悪の爆発が起きたのは。

福島第一原発一号機、爆発(3月12日、15:36)。

世界が震撼した、歴史に残る瞬間であった。



付近の住民の耳には、その爆発音が間近に響いた。

「原発が爆発したっ!逃げろっ!」

避難は北西方向。ハンカチで口をおさえろとの指示。

道路は大渋滞。たった数10分の距離を移動するのに、数時間を要した。

悲しいかな、彼らが避難した方向は、放射性物質が流れ行く方角と、不幸にも一致していた。

彼らは放射性物質を追うように、逃げていた。

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彼らが避難を始めた時点で、日本政府は放射性物質が北西方向へ流れることを把握していた。しかし、伝えなかった。不幸は作られたのだ。



原発事故が「人災」との主張は無視できない。

原発の「安全神話」は、危機への備えをおろそかにし、危機にあっては、右往左往、喧々諤々。

明らかな危機対応の「判断ミス」と「訓練不足」の連続。

一刻を争う、最初の24時間は無駄に流れ去った。

「安全神話」に「もたれかかっていた」と思ったら、肝心の「背もたれ」は存在せず、したたかに後頭部を強打した。



最新の解析では、核燃料がドロドロに溶け落ちる「メルトダウン」は、事故の5時間後には起きていたという。

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事故の5時間後というと、いまだ電源車すら到着していない。事実上、何もしていない状態である。

すなわち、事故数時間が勝負だったのである。原発事故において初動が重視されるのは、このためである。

この貴重な初動の時間は、緊急事態を発令するか否かに費やされた。「動く」より「考える」ことが優先された。

人災と罵られても、いたしかたない。



出典:NHKスペシャル
シリーズ 原発危機 第1回「事故はなぜ深刻化したのか」
posted by 四代目 at 06:48| Comment(0) | 福島原発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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