現在5%の消費税を、2倍の10%に「増税」しようという話である。
「消費税」の使い道は、明確に定められている。
「高齢者3経費」に使われるのである。
高齢者3経費とは、「年金」「医療」「介護」である。
要するに「社会保障」の費用である。
「高齢者3経費」は、社会保障費の「約6割」を占める主役級存在。
日本の税金は、半分以上が社会保障に使われている。
現在の消費税による税収は「6.8兆円」。
この収入額は10年前とほとんど変わらず、ずっと7兆円前後で推移している。
この先の10年も、過去10年と同じ「横ばい」が続くと見られている。
ところが、「高齢者3経費」は、10年前に比べ右肩上がりに「ほぼ倍増」。
この先の10年では、さらに現在の1.5倍の規模に膨れ上がると見られている。
日本の高度成長期のGDP顔負けの「急成長」である。
実は、高齢者3経費に充てられる「消費税」は、最初から足りていなかった。
10年前の不足分は「5,000億円」。現在の不足額は「9.8兆円(10年前の約20倍)。
今後10年に見込まれる不足額は「16.3兆円(現在の約1.6倍)」
まったく危機的な状況であり、ほおっておけば悪化の一途である。
最初から足りていなかった「消費税」構想。
小さな問題が、いまや20倍に猛拡大。問題の「先送り」が招いた結果である。
千里の堤も「アリの一穴」から崩れるということを忘れてはならない。
高齢者のために使われる消費税。
その理解を得るためには、「儒教」的思想が必要である。
「儒教」とは、古代中国において「孔子」が説いた教えであり、現代の「道徳」にあたる。
「孔子」の言行を弟子達が記した書物が、「論語(子曰く〜)」である。
「儒教」の説く人間関係は5つ。
父子・夫婦・兄弟姉妹・友人間・統治者と民衆間
この内、とりわけ重視されるのは、「父子」関係。具体的には、「年上の人を敬(うやま)う」ということである。
儒教世界において、一番偉いのは「老人」ということになり、若者が稼いだお金を「老人」のために使うというのは、「尊い行為」となる。
これは、まさに消費税の論理と軌を一にする。
現在、儒教の祖「孔子」の「論語」を、子供たちに読み聞かせることが流行っているという。
儒教思想は、老人を助ける。子供たちに儒教を教えるということは、のちのち老人となる自分たちのためにもなる。
「論語ブーム」は、少子高齢化社会における、無意識の防衛反応なのかもしれない。
しかし、ここで強調しておくのは、儒教は「徳治」政治が基になっているということである。
「君主は道徳的に卓越していなければならない」
ペテンとも思える、先頃の国家元首の言動はどうか?小学生並みに「言った、言わない」をワーワーやりあっている。
これは、「政治の倫理」を説く儒教が、強く否定するところである。
「徳なくば、人従わず」。まず自己の完成があり、次に他者の完成。そしてようやく社会の完成がある。
国家元首の範なくして、儒教的思想は唱えることはできない。
データをならべて説得しようとする試みは、じつにアメリカ的である。
アメリカ的思想は、個人の責任に根ざすもので、その帰結は「低福祉国家」であり、老人を敬うという儒教的思想の対極をなすものである。
つまり、徳のない人物(政党)が、がんばって数字を掲げても、消費税増税の大儀はえられない。
むしろ、数字を力説すればするほど、消費税の大儀からは遠ざかってゆくこととなる。
この美しき矛盾があるかぎり、消費税増税の論議は、空を舞うのみである。
出典・参考:儒教(Confucianism)
時論公論 「“消費税10%提言”の課題」

