「華岡青洲(はなおか・せいしゅう)」である。
彼の偉業は、世界で前例のなかった「全身麻酔」によって、「乳ガン手術」を成功させたことである。
麻酔の歴史には、中国・三国時代の医師「華佗(かだ)」や、インカ帝国の「コカ」の麻酔手術が伝わるが、いずれも伝承の域を出ない。
「華岡青洲」は33歳のとき、妹・於勝を乳ガンに亡くす。
医者でありながら、身内の病(やまい)を癒せなかった青洲の無念。
「乳ガンなる病(やまい)を、治療する術(すべ)はないものか?」
青洲の執念は、西洋の文献から治療法を見つけ出す。
ところが、その治療法は、現代の外科手術であり、当時は最新の西洋医術ですら「全身麻酔」は実現していなかった。
「全身麻酔」として、青洲が着目したのは「薬草」。
苦心の末、曼陀羅華(チョウセンアサガオ)、草烏頭(トリカブト)などの「毒」をもつ薬草に狙いを絞る。
犬による実験は成功。今度は人間だ。
自分で飲んでは、試行錯誤を繰り返す。
無理がたたり、神経をおかしくする青洲。それを見かねた「妻・加恵」は、自分の身を実験台にして欲しいと懇願する。
妻・加恵の献身もあり、「全身麻酔薬(通仙散)」は遂に完成する。
しかし、その成功の陰には、副作用による「妻の失明」という大きな代償があった。
華岡青洲、一世一代の「全身麻酔薬」。
最初の乳ガン患者は、65歳の老婆・勘であった。
「老い先短い」自分の身を使って欲しいとの申し出であった。
麻酔を効かせ、腫瘍を摘出。
腫瘍は大人のコブシほどもあったという。
問題はここからであった。麻酔から醒めるかどうか?
無限に感じられた10時間ののち、老婆・勘は静かに目を覚ます。
ここに、世界初の「全身麻酔」による「乳ガン手術」は成功を収める。
この快挙は、西洋(アメリカ)に先んじること40年。
西洋人に見下されていた日本人による、見事な一矢であった。
以後、青洲は143名の乳ガン患者を手術したと伝わる。
現在の「日本麻酔科学会」のシンボルマークは、世界初の全身麻酔に使われた薬草「曼陀羅華(チョウセンアサガオ)」。
華岡青洲の功績を讃えてのことである。
1835年、青洲は76年の生涯を閉じる。
生まれ故郷、和歌山の地に葬られる。
今に伝わる青洲の墓、その隣りには、妻・加恵の墓が、こじんまりと身を寄せている。
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出典:歴史秘話ヒストリア
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