2011年05月14日

月への見果てぬ夢を実現した、天才フォン・ブラウンの超弩級ロケットエンジン。

「人類、月へ行く」という偉業は、成功から半世紀がたとうとする今もなお、人々を魅了してやまない。

この偉業を支え、成功へと押し進める原動力となったのは、常識をはるかに超えた「超弩級ロケットエンジンF-1」であった。このエンジンのケタ外れの馬力なくして、38万キロかなたの月まで探査機を運ぶことは、とうてい叶わなかったであろう。

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月への偉業は一朝一夕には成しえない。その陰には、あまり知られることのない長い歴史があった。時は1942年、第二次世界大戦までさかのぼる。

1942年当時、天才科学者「フォン・ブラウン」はドイツにあって、「V-2」と呼ばれる画期的なロケットの打ち上げに成功する。この「V-2ロケット」は、その飛行距離の長さ、正確さ、どれをとっても、かつてないほどの頭抜けた性能を有していた。

しかし、悲しいかな、このロケットはロンドン、パリなどを正確に爆撃し、1万人以上の民間人を死に至らしめる。

心を痛めたロケット開発者・天才「フォン・ブラウン」は、ドイツに愛想をつかし、アメリカへの亡命を決意する。ロケット本体をも持ち出すという、大胆な亡命であった。

この亡命により、ドイツの有していたロケット技術は、そっくりアメリカへと渡る。また、ドイツ国内に残された「V-2ロケット」の製造基地は、ソ連が占拠。

のちに熾烈な宇宙競争を繰り広げる米ソ両国であるが、その技術開発の第一歩は、この「V-2ロケット」の技術を2分したところから始まったのである。

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米ソ宇宙競争の先手は、ソ連が打った。1957年世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功である。

腰を抜かさんばかりにタマげたアメリカ。2ヵ月後にあわてて人工衛星を打ち上げるも、わずか10秒であえなく墜落。大国の威信も失墜する大失態であった。

そこで白羽の矢が立ったのは、天才科学者「フォン・ブラウン」であった。亡命以来、不遇をかこっていた彼は、ここぞとばかりに勇み立ち、あっという間に人工衛星の打ち上げに成功する。「エクスプローラー1号」である。わずか3ヶ月という開発期間であった。

ところが、ソ連の猛攻は止まらない。1961年世界初の有人宇宙飛行を成功させる。宇宙飛行士ガガーリンの言葉「地球は青かった」を聞いて、アメリカは真っ青になる。

負けじと、アメリカのケネディ大統領は「月へ行く」と宣言。しかし、この時点で月へ行く勝算はまったくなかった。

このアメリカの無茶ブリを実現したのが、またもや天才科学者「フォン・ブラウン」その人であった。

月まで行くには、地球の重力を振り切らなければならない。そのためには空前のパワーをもったエンジンが必要だ。人工衛星は時速2万8,000キロで地球を周回していたが、地球の重力を振り切り、さらに38万キロ離れた月の軌道に乗るには、時速4万キロが必要だった。

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そのスピードをえるための「超弩級ロケットエンジンF-1」の開発は、困難を極めた。幾多の困難を一つずつ乗り越えてゆくも、最終的に大きな壁となったのは、エンジン燃焼の不安定さだった。強力すぎるエンジンは、暴れ馬のように制御が難しかった。

ここで解決の道を示したのが、かつて天才フォン・ブラウンが戦時中に開発した「V-2ロケット」の発想であった。巨大な燃料噴射口(インジェクター)を、バッフルと呼ばれるカベで複数に仕切ることで、出力を安定させた。「V-2ロケット」のエンジンが複数の噴射口をもっていたことがヒントとなったのだ。

いよいよ「超弩級ロケットエンジンF-1」を搭載した「サターンX」の打ち上げ。天才フォン・ブラウンは叫ぶ「Go! Baby Go!!!!」。見事な成功であった。

これにはソ連も焦った。あわてたソ連は「N-1」を打ち上げる。しかし失敗。アメリカのような巨大エンジンを造る技術がなかったため、小さいエンジンをたくさん寄せ集めて出力を上げたことが、失敗の原因だった。

はじめてソ連をしのいだアメリカ。満を持して「アポロ11号」の登場である。

1969年7月16日、「超弩級ロケットエンジンF-1」点火。数キロ先の家のガラスを割るほどの振動とともに、地面を離れるアポロ11号。

「F-1エンジン」は150秒間燃焼し、高度68km、時速1万キロへとアポロ11号を押し上げる。第一エンジン「F-1」は期待通りの役目を達成し、無事切り離される。あとをついだ第2・第3エンジンにて、目標の時速4万キロまで加速。目前に月が迫る。

月面を目前にして、予想外の展開。予定地の地形がデコボコで着陸不可。アポロ11号のアームストロング船長は、冷静に新たな着陸地を探す。

エンジンの燃焼可能時間は残り2分。この時間を越えれば、宇宙船は自動的に着陸をあきらめ、再浮上してしまう。そうなれば、月面着陸は夢と消える。

残り1分。まだ見つからない。30秒、20秒‥‥。このとき、アポロ11号のエンジンが停止。着陸したのだ。残り17秒であった。

偉業は成された。人類は月を踏んだのだ。

一時は軍事利用され、殺人兵器と化した「V-2ロケット」は、月への足がかりとなった「F-1エンジン」の開発を支えた。天才フォン・ブラウンの平和への思いは、ようやく成就したのである。

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アメリカは2030年までに火星を目指す。オバマ大統領はそう宣言した。これまた突拍子もないことである。

しかし、天才フォン・ブラウンは、とっくの昔に火星への計画をたて、雑誌にも発表済であった。世の天才たちの想像は、はるかかなたを自由に飛びまわる。現実世界はといえば、重い身体を引きずりながら、やっとやっと追いつこうと必死である。




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出典:コズミックフロント〜発見!驚異の大宇宙〜
「月への翼を手に入れろ!〜史上最大のエンジンはこうして作られた」


posted by 四代目 at 07:51| Comment(0) | 宇宙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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